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そんなわけでいつもの時間より少し早いのだが、それでも構わず瑠璃香へ電話を掛ける。
(ダメなら出ねぇよな)
心の中で言い訳をしながら呼び出し音を聞いていたら、すぐに繋がった。
『もしもし』
「お疲れ」
『お疲れさまです』
「今、大丈夫か?」
一応、時間が早かったことを考慮してそう尋ねると、ふふっと笑う声がして、『大丈夫ですよ』と返ってきた。
瑠璃香の笑い声を聞いた瞬間、張り詰めていたものがほどける。
「……会見、見たか?」
『はい。社内のモニターで中継されていたので』
「そっか」
『企画宣伝課のみんなも見てましたよ』
「……マジか」
『ふふ。晴永さん、すごく緊張してましたね』
「もしかして……バレバレだったか?」
『はい。私には』
その言い方からすると、他の人間には気付かれていなかったのだろうか?
だが、それ以上に、〝私には分かります〟と言い切れるほど自分のことを理解してくれている瑠璃香のその自信が、何となく嬉しかった。
「俺、変な顔してなかった?」
『してませんでしたよ』
「そっか」
『むしろかっこよかったです』
それは、意地悪な記者に対する受け答えで、晴永が〝瑠璃香をにじませた〟ことに対するご褒美に思えた。
『企画宣伝課のフロアも、晴永さんが意地悪な記者に毅然とした態度で言い返した時、小さく歓声が上がったんですよ?』
「そうか……」
改めて言われるとなんだか照れ臭い。瑠璃香はどう思ったか聞きたかったけれど……晴永はグッと我慢した。
それよりも、〝企画宣伝課〟の名が再度出たことを好機だと捉えて、人事異動の件を切り出す。
「……企画宣伝課、といえば……聞いたぞ?」
短く告げると、電話の向こうで瑠璃香が黙った。
『……え? 聞いたって何を?』
「とぼけるなよ」
『……』
「異動のこと」
『あ……』
分かりやすく声が小さくなる。
「お前、知ってて俺に黙ってたな?」
『すみません。正式に発表されるまでは言わないようにって言われてたので……』
「分かってる。責めてない。むしろ、そういうのを守れるのは凄く大事なことだ」
『はい』
「ただ、びっくりした」
『私も、打診された時はびっくりしました』
「だろうな」
晴永はベッドへ深く座り直す。
「それで?」
『はい?』
「俺の秘書になるの、嫌じゃない?」
『……嫌だったら、お受けしてません』
少しムッとしたような返事に、晴永は笑った。
「それもそうか」
『はい。むしろ……嬉しかったです』
それは言外に、職場で晴永に会えるようになったことを喜んでくれているように取れた。
「俺も嬉しかった。プライベートで会えない分、会社で瑠璃香を補充できる」
『補充……』
「ちゃんと、仕事上の距離は保つように努力する」
『……努力?』
「ああ……」
そこで少しだけ声を改める。
「そんなわけで……改めてよろしくお願いします。小笹秘書」
『……っ』
#極道
鷹槻れん

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月詠 涼
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電話の向こうで、瑠璃香が息を呑む。
『なんですか、それ』
「いや。言ってみたかっただけ」
『からかわないでください』
「からかってないって」
けれど、笑いは抑えられなかった。
瑠璃香もつられたように小さく笑う。
仕事では、これから今まで以上に近くなる。
けれどプライベートでは、まだ自由に会うことはできない。
それでも、一歩ずつ確実に前へ進んでいる。
「瑠璃香」
『はい』
「本当に、ここからだな」
少しの沈黙。
そして、穏やかな声が返ってくる。
『はい』
何かが終わった日。
そして、二人の未来が、静かに動き始めた日だった。
コメント
2件
いつも一緒にいられる! 異動が楽しみだね!
お疲れさまです、お迎えに上がりました! 読了しました……もう、この電話シーン全部が宝物みたいでした。 「俺、変な顔してなかった?」「してませんでしたよ」からの「むしろかっこよかったです」、ここで思わずにやけてしまいました。公の場でにじませた瑠璃香さんへの想い、それをちゃんと察して返してくれる距離感の絶妙さ……。 そして最後の「ここからだな」が本当に染みました。二人の未来が静かに動き始めた余韻、とても好きです。これから秘書として隣で働く日々、心から応援しています!