テラーノベル
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前回の続きです。恐らくいつもより長いので気長に見てくだされば嬉しいです。
ではどうぞ。
第16話【大切なもの】
伝送符が眩い光りを放たれ、瞬時に大風が巻き起こり、辺りが見えなくなる。そしてようやく風が落ち着いてきた時には既に今までいた食堂の景色とは一変し、あの薄暗く、重苦しい空気の結界の元へと辿り着く。
結界の方を見てみれば外からでも結界の中の瘴気や怨気の毒々しさと陰鬱さが伝わる程に結界の壁は薄まっていた。結界の術が弱まっているのは一目瞭然だ。だが、これだけ弱くなっていれば流石の門派の人達も気付くはずだ。なのに何故ここまで放置されているのだろうか?この結界が壊れて好都合な事など何一つありはしないというのに。
このまま放置しておくのも不安だった烨霖は顔を顰めながら恐る恐る結界に己の手を重ね、術を施す。
すると結界全体から眩い光が煌めき、そのせいか先程まで冷たかった結界の表面の温度が向上し、そのあまりの熱さに火傷をした時のように勢いよく手を引っ込める。
阿和はすかさず烨霖の手を掴み、入念に角度を変えて怪我がないかを確認する。
阿和に手を握られると不思議と気恥ずかしくなってしまった烨霖はなるべく顔を逸らして小さく、震えた声を吐き出す。
「あ、阿和、、、その、離してくれ、、、私は大丈夫だから、、、」
「、、、痛い所は?」
「な、ない、ないから、」
何度もうわ言のように「ない」と言い続ければ阿和はようやくゆっくりと手を離し、何か言いたげに瞳に影を落とし、結界の方を見据える。
「、、、結界が、弱すぎる」
「やはりそう思うか、、、?」
「これだけ弱ければ1ヶ月に1度、変える羽目になるだろう。」
それだけ管理が大変になる弱い結界をわざわざ面倒事を最も嫌う門派達が貼るわけがない。それに、外部から結界を弱めようにも結界の強弱は発動させた術者達、またはその血を引く者にしか出来ない。つまり、考えられる可能性としては1つ。
結界の関係者の中の誰かが、故意に結界の手当を怠り、結界を弱めている。
その可能性が頭に浮かんだ途端、恐怖から身を震わせる。もし本当に結界を形成した関係者の中に自分をなりすましている者が居るのだとしたら、もしかしたら、悪事を自由に働くために己の名を使っているわけではないのかもしれない。
何故なら、もし結界の関係者が己になりすましている者なら態々なりすます必要なんてなく、気付かれない程度に徐々に結界を弱まらせ、勝手に壊れるのを待てばいいだけだからだ。
では、何故態々なりすまし、烨霖の陣法を書いてまで結界を壊したのだろうか?1年前、その日に絶対に壊さなければいけない理由があったのだろうか。それとも、、、自分を誘き出す為、、、?
烨霖は慌てて自分の馬鹿な考えを振り払う。
「、、、阿和、少しこの結界を見ててくれ、もしかしたら何者かの手が掛かっているかもしれない」
「分かった。」
阿和に結界を任せた後、烨霖は先日見逃した文字が刻まれた岩の方に足を運ぶ。
岩には邪気が強く込められており、それは岩自体になんらかの邪術が掛けられている証拠だった。そしてこれは自分のなりすましを見つけるための大きな手掛かりになる事を悟った烨霖は迷わず岩に触れ、岩に霊力を少し込め、岩にかけられた邪術を発動させて持ち主の邪気を辿ろうと試みる。しかし、 特に邪気は感じず、期待外れだと落胆してため息を零した烨霖は岩から手を引っ込めようとする。だが、まるで自分の身体ではないかのように手は微塵も動かない。烨霖はその感覚にどこか覚えがあり、思わず眉間に皺を寄せながら何度も手を動かそうとするが全くもって意味をなさない。
諦めて阿和を呼ぼうと口を開けると何者かによって口を塞がる。そして瞬きをする間に突然周りは真っ暗な漆黒に包まれ、思わず目を見開く。
「お前は全てを忘れたのか、、、?いや、忘れているのは幼少期とあの小僧だけか、、、酷いじゃないか?」
血のようにねっとりとした声が耳に絡みつき、身の毛がよだち、滝のように汗が流れ出す。後ろに、何かが居る。暗く何も見えない中であるというのにそれが分かる程の威圧感と重圧感が背中に重りのように伸し掛り、震える。
そのあまりにも惨めな様子に声の主は気分を良くしたのか笑い声をあげる。
「ははっ、そうか、ちゃんと魂は覚えているものだな、」
声の主の手だろうか、何かが顎に触れ、横の筋に沿って喉仏、鎖骨、と手が降りてゆき、心臓を鷲掴みにされる感覚が走る。
「もう身体は別人だなぁ、、寂しい物だ」
慈愛のある優しい声、だがその中に物陰で獲物を狙う蛇のように潜んでいる何処か恐怖を覚えさせるその声が酷く耳障りで息が段々と苦しくなる。まるで首を締め付けられているかのようだ。本能的に烨霖は悟った。もしこの声の主に捕まれば、、、己は二度と日の下を歩けなくなると。
「前はあの小僧に邪魔をされたが、、、私は学ぶ魔物でな、、、 」
己に触れる手が離れ、心臓の鼓動が少しばかり落ち着く。
「待っていろ、また会いに来てやる」
身体にまとわりつくねっとりとした感覚が徐々に消え、安堵したのも束の間、声の主の言葉に電撃でも受けたかのように心臓が再び高鳴る。
「これは久しぶりに会った置き土産だ、、、お前の記憶を呼び起こしてやろう、、、」
「我が息子よ」
◇
寝起きの重い瞼を持ち上げ、目を開ければ、万華鏡のような美しい彫刻が掘られた天井が目に入る。齢12歳の陳烨霖は起きた時、この天井を眺めるこの瞬間が好きだった。
いつも通り烨霖はその天井の彫刻の跡を目で追ってみたり、指でなぞったりなどしていると部屋の扉が開かれ、まるで踊るような足音がこちらに近付いてくる。
その足音の主はこちらが身を起こす前に勢いよく手を引き寄せ、寝台から引っ張り出す。烨霖はぶつけた腰を軽く擦りながら顔をあげるとそこには向日葵のように明るい満面の笑みを浮かべた妹の明林が居た。目の前の向日葵は無邪気さが滲んだ愛らしい声を出す。
「兄さん!!早く起きてください!もう起きる時間です!!」
「君が朝起きるのが早いんだ!私はいつも通りに起きているだろう」
烨霖は床からゆっくりと立ち上がりながらそう返す。
「私は兄さんと違って早く寝てるんですもの、当たり前じゃない!」
胸を張ってそう言う明林の様子が愛らしく、思わず笑みを零しながらその頭を撫でる。だがすぐに振り払われてしまう。
「すぐに頭を触るのをやめてください!髪が崩れてしまいます!」
振り払われた事に不満を抱いた烨霖は眉間を寄せ、頬を膨らませる。
「髪はそんなに大事なのか?」
「当たり前です、髪は女性の命ですもの」
誇らしげに自分の髪を撫でながらそう言う明林はとても幸せそうだった。明林にとって、己の髪の毛はどんな物よりも変え難い宝物の1つだった。
「確かに、林林の髪はどんな宝石にも負けないくらい綺麗だ!」
「そうでしょう?」
そう話していると扉の奥の方から食欲を唆る濃い香りが漂ってくる。その香りはすぐにこちらまで届き、鼻を掠める。すると突然お腹に潜んでいた獣が鳴き声をあげ、烨霖は慌てて自分のお腹を抑える。
「兄さんって、すぐお腹を鳴らすわよね! 」
くすくすと笑いながらそう言う明林の腹から烨霖と同じような音が鳴り、一瞬で顔を真っ赤に染める。
「ははは!!それは林林も 一緒じゃないか!!」
「兄さん、、私が悪かったですから、、、もう笑わないで、、!!」
「はは、すまない、、、」
「ほら、父上も待ってる、食堂に行こう」
烨霖は明林の手を取り、廊下に広がる香りを辿りながら食堂の方へと向かう。
入口に掛かっている薄い赤色の簾を巡れば、そこには匂いからの想像通りの美味しそうな朝餉が卓の上に並べられていた。その香りの正体は焼餅と香辛料を多く使った鮮血のように赤い豆腐の汁物に珊瑚珠のように煌めく山査子飴が置かれていた。
既に卓の椅子には父である雷才俊が座っており、こちらに微笑みかけていた。
「お前達2人はいつも元気だな」
「お父上!!この間山査子飴が食べたいと言っていたのを覚えててくださったの? 」
「嗚呼、もちろんだ」
そう聞くと明林は嬉しさからまるで宝物でも見つけたかのような満面の笑みを浮かべ、すぐさま雷才俊の隣の席へと座る。
そして出遅れてしまった烨霖は苦笑いを浮かべながら明林の傍に座る。
「ほら、林林、ご飯が冷めるから早く食べよう。」
「それもそうだな、林林、早く食べるんだ」
「はい!」
父は自分達が襲われないように普段から、この宮廷の外にいる悪い妖怪達を倒しに出掛け、夜になっても帰ってこない時が多かった。それに加えて自分達には母と飛べる人物が居ないため、ひとりで明林の面倒を見ていて心安らぐ時間が少なかった烨霖にとって、家族で安らかに過ごせるこの朝の暖かい時間をとても大切にしていたのだ。この生活を壊したくない、ずっと続いて欲しいと、胸の中で常に願っていた。
明林が食べ始めたのをしばらく見た烨霖はその動作に問題がないことを確認すると自分も食事を取り始める。
箸を取り、目の前の赤色の豆腐の汁を見つめてその中にある柔らかい豆腐を摘む、豆腐は赤い豆乳の汁を全体に絡ませており、白に映える香辛料の赤い色が食欲を湧き立たせる。勢いよく それを口に含み、烨霖はそのまま豆腐の汁を半分程食べる。だが、それ以上は中々箸が進まなかった。食べれずにじっとしていると隣に居た明林が父上にバレないようにこっそり自分の空の茶碗と半分だけ残った茶碗を入れ替える。
「林林、、、」
「お兄さんは胃が弱いですもんね、」
悪戯っ子のような笑みを浮かべながらそう小声で言う明林に心の中で全力で感謝をする。
確かにこの安らかな時間は好きだ。だが、食の好みは全くの別問題であり、父上の料理はどうやら明林にとっては美味しいようだが、自分の舌にはどうも合わず、いつも言い表せぬ雑味を感じてはこうして半分残し、残りは明林に食べてもらっているのだ。
ちなみに、明林には自分の好き嫌いの問題ではなく、胃の問題だと伝えている。何処か、格好が悪いと感じてしまったからだ。
「お父上、今日も外へ?」
「嗚呼、お前達が安全に生活をするためだからな」
「そうなの、、、頑張ってきてくださいね!ですが、、こちらにももっと顔を出して欲しいです、、、」
寂しそうに瞳を揺らす明林に雷才俊は爽快な笑みを浮かべる。
「それもそうだな、落ち着いたら顔を出そう 」
「ええ!!」
「お前はどうだ、稽古を毎日しているか?」
突然こちらに話題を振られた烨霖は思わず腑抜けた声を出しながら答える。
「え?」
「あー勿論だよ!!私は稽古が好きだからな!」
「だが、やはり父上が居ないとあまり上達しないんだ、だからもっと顔をだして欲しいな、」
「ははっ、手ほどきは出来ないが見ることなら出来るだろう」
その返答に烨霖は嬉しさが込み上げ、急いで父上の傍にまで行き、小指を差し出す。これはこの宮廷内のとある書物に記されていた相手と自分の間で大切な約束事を結ぶために使われる物だった。
差し出された小さな小指に、雷才俊は己の小指を絡ませる。
「これでいいか?」
「うん!!これで約束だ!!」
色々な書物で多くの物語を読んだ。その中で烨霖は最もこれが印象深く、心に絡み付いていたのだ。
このただ小指と小指を絡ませるだけの動作。そしてその動作によって交わされる決して破る事の許されない大事な約束事。それはまるで二人の間に離れていても切れない繋がりがあるように感じる事が出来た。
そして家族は再び食事を再開させた。
第16話【完】
ここまで見て下さりありがとうございました。これからは陳烨霖の過去編へと移りますのでこれからもよろしくお願いします。
もし誤字脱字がありましたらすみません💦
ではまた次回!
コメント
1件
えっ、過去編始まった…!!冒頭の「我が息子よ」って声、めっちゃ怖かったし、烨霖の記憶を呼び起こすってあの邪気の主の執着やばいですね🥀 幼い兄妹の何気ない朝ごはんのやりとりが逆に切なくて、この穏やかな日々がいつ壊れるのか考えるだけで胸が締め付けられます。烨霖の「この生活を壊したくない」って願いがもう泣ける…枝豆さん、丁寧に世界観描いてて好きです。続きすごく気になります!