テラーノベル
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教室の窓から見える空は、どこか遠くて、やけに静かだった。僕の目には、そんな風に映っていた。
隣で涼ちゃんが笑ってる。前の席で若井が振り向いて何か言ってる。
僕はそれに笑顔で応えながら、心の奥にあるざわつきが消えないのを、ずっと感じていた。
ふたりが並んで歩く姿を見るたびに、胸の奥が少しだけ、苦しくなる。
そんな感情、抱いちゃいけないって分かってる。
それでも、気づいたときにはもう遅かった。
涼ちゃんの笑顔が、優しさが、声が、僕の中に居座って離れない。
だけど彼は、僕の友達であり、若井の大切な恋人でもある。
――それで、いいはずだった。
音楽室での放課後。
今日も三人で音を合わせた。
鍵盤の上を滑る涼ちゃんの指、穏やかなメロディ。
若井のギターがそれを包み、僕の声が重なる。
ずっとこうしていられたら、それだけでいい。
そう思いたかった。
けど、涼ちゃんのふとした視線や、若井の何気ない仕草が、僕の心を揺らしていく。
「元貴、大丈夫?」
涼ちゃんがそう言って僕を見た。
ああ、僕は今、表情に出てしまってたんだなと思う。
「うん、なんでもないよ」
笑ってごまかしたけど、涼ちゃんの目は優しくて、僕の奥まで見透かしてくる気がした。
本当は、なんでもなくなんかない。
本当は、誰にも言えない気持ちを、ずっと抱えてる。
帰り道、僕は少しだけふたりと距離を取って歩いた。
前を歩く涼ちゃんと若井が、さりげなく手をつなぐのが見えた。
その光景が、きらきらしていて、まぶしかった。
同時に、どうしようもなく苦しかった。
好きになってはいけない人を、好きになってしまった。
それがこんなに辛いことだなんて、知らなかった。
でも、涼ちゃんを避けるなんてできない。
彼の優しさに触れてしまったから。
彼の真っ直ぐさに救われてきたから。
もし、涼ちゃんが僕の気持ちに気づいたら、どんな顔をするんだろう。
きっと、優しく微笑んで、でもそっと距離を置くんだと思う。
それが怖かった。
僕はただの友達でいい。
この関係を壊したくない。
そう思って、ずっと黙ってきた。
だけど、黙ってることで、逆に何かが崩れていくような気がしていた。
週末、僕は一人で音楽室にいた。
誰もいない空間に、ピアノの音が静かに響く。
涼ちゃんがよく弾くフレーズを思い出しながら、指で鍵盤をなぞった。
「……好きだよ、涼ちゃん」
ぽつりと、誰にも聞こえない声で呟いた。
それは、誰にも届かない想い。
伝えることも、届くこともない。
だけど、言葉にすることで、少しだけ胸が軽くなった気がした。
そのとき、背後で扉が開く音がして、僕は思わず振り返った。
そこには、若井が立っていた。
「……元貴?」
「わ、若井……」
「ごめん。邪魔するつもりはなかったんだけど……なんか、心配になって」
僕は目を逸らした。
まさか、聞かれてた?
胸の奥がざわついて、言葉が出なかった。
「最近さ……お前、ちょっと変だったから」
若井の声はいつもと変わらず優しかった。
だけど、その優しさが今は少しだけ、苦しかった。
「……僕、なんでもないよ」
嘘だ。そんなの、すぐに分かってるはずだ。
若井は、僕の嘘に気づいてる顔をしていた。
「元貴。もし……なんか悩んでることあるなら、俺にも言ってほしい」
そう言われた瞬間、涙が出そうになった。
でも、僕はそれをぐっと堪えて、笑った。
「大丈夫。ほんとに」
若井は、それ以上何も言わなかった。
ただ、静かに僕の隣に座って、しばらく黙っていた。
そうしてると、少しだけ安心した。
この関係が、まだ続いていくんだって、思えたから。
でも、心のどこかでは分かっていた。
このままじゃ、いつか限界がくるって。
涼ちゃんの笑顔が、僕の中に降るように浮かぶ。
――お願い。
どうか、僕の気持ちに気づかないで。
そしてどうか、ずっと、そばにいさせて。
そんな、わがままな祈りを、誰にも届かない夜空に放った。