テラーノベル
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ふたりと別れてから、駅までの道を一人で歩いた。夜の風はまだ少し冷たくて、制服の裾がふわりと揺れた。
空を見上げると、薄く雲がかかっていて、星は見えない。
まるで今の僕みたいだなって、思った。
最近、よく一人になりたくなる。
誰かと一緒にいると、笑うのが少しだけ苦しくなるから。
それでも、ふたりと過ごす時間はやっぱり好きで、嬉しくて。
矛盾だらけの心を、どこに置けばいいのか分からなかった。
家に帰ると、部屋の明かりもつけずにベッドに倒れ込んだ。
カーテンの隙間から漏れる街灯の光が、ぼんやり天井に影を描いている。
こうして何もしない時間が、最近は一番楽だった。
考えたくないのに、考えてしまう。
忘れたいのに、忘れられない。
そんな夜が、いくつも積もっていく。
涼ちゃんは、僕にとって特別な存在だった。
友達として一緒に過ごすだけで、嬉しかった。
でも、いつからかそれだけじゃ足りなくなって。
気づいたときには、もう引き返せなかった。
「涼ちゃん……」
名前を呼んでみる。
静かな部屋に、僕の声が沈んでいく。
この想いが届かないことも、伝えてはいけないことも、もう何度もわかってるのに。
どうしても、あきらめられなかった。
あのとき、音楽室で若井に声をかけられたとき、心臓が飛び跳ねるほど驚いた。
僕の気持ちがばれたんじゃないかって、不安で仕方なかった。
でも若井は何も言わなかった。
あの沈黙の優しさに、僕はますます何も言えなくなった。
若井はきっと、僕の変化に気づいてる。
それでも何も聞かないのは、信じてくれているからか、気づかないふりをしてくれているからか。
どちらにせよ、それが優しさだとわかってる。
だからこそ、胸が痛む。
そして涼ちゃんも、きっとどこかで気づいてる。
僕の視線や、会話の間、ふとした沈黙。
全部、隠せてるつもりで、きっと隠せてない。
それでも、涼ちゃんは何も言わない。
いつも通りに笑って、優しくしてくれる。
その優しさが、嬉しくて、苦しくて。
どうしてこんなふうに好きになってしまったんだろうって、何度も自分を責めた。
枕に顔を埋める。
吐く息がこもって、少しだけ涙が出た。
こんな気持ち、なかったことにできたらいいのに。
初めから、気づかずにいられたらよかったのに。
けれど、涼ちゃんが笑うと、僕の心は勝手に反応する。
楽しそうに話す声、真剣に鍵盤に向かう横顔、僕の声に耳を傾けるときのあの眼差し。
全部が、僕を好きにさせた。
「好きだよ、涼ちゃん……」
その言葉をまた、誰もいない部屋に落とす。
言うたびに、何かがこぼれていく気がする。
言わないままでいると、何かが壊れてしまいそうな気がする。
この気持ちをどうしたらいいのか、答えはどこにもない。
ただ、時間が過ぎていくのを待つことしかできない。
この想いが、いずれ優しい思い出に変わる日が来るのかもしれない。
でも、それはまだずっと先の話で。
今の僕には、その未来が遠すぎた。
ふと、携帯が震えた。
画面には、涼ちゃんの名前が表示されていた。
胸がぎゅっと締めつけられる。
開くのが怖くて、けど開かないわけにもいかなくて、指が震えた。
『今日の練習、楽しかったね。元貴の歌、やっぱり好きだな』
短いメッセージなのに、胸がいっぱいになる。
返事を書こうとして、でも何を書いたらいいかわからなくなって、何度も消しては打ち直した。
『ありがとう。僕も楽しかったよ』
結局、当たり障りのない言葉しか送れなかった。
でも、涼ちゃんからの「うん、また明日ね」って返信が届いて、少しだけ心が温かくなった。
今はまだ、これでいい。
僕はただの友達で、そばにいるだけでいい。
涼ちゃんの笑顔を守れるなら、それだけで――いいんだと思いたい。
布団に潜り込んで、目を閉じる。
明日もまた、ふたりに会える。
それが嬉しくて、でもどこか切なくて。
夢の中くらい、素直になれるといいのに。
そんなことを思いながら、僕は静かに眠りに落ちた。
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