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開けっ放しだった窓から朝の少しひんやりとした風が入ってきて、カーテンを揺らしている。そこから漏れてくる朝日が顔にあたり、俺はまだ重たいまぶたを開いた。腰の辺りには、愛おしい重みを感じそっとそちらを振り向いた。少しだけ動いた俺にも微動だにせず深い眠りの中にいる彼は、重たい前髪で顔のほとんどが覆われていて、切れ長の目は隠されていた。その瞼がまた動かないのを確認した俺は、そっと腰に乗っていた腕を下ろしてベッドから這い出した。
昨日の情事の名残で、少しだけ重たい腰を庇うようにして立ち上がると、ベッドの下に脱ぎ捨てていたシャツを羽織るとPCの前に置いてあったタバコを持ってベランダへと向かった。部屋の中で電子タバコを吸っても良かったが、起こしたら…と思うとそれが出来なかった。昨夜、俺の下で切ない声を上げていた彼は、疲れ切っているはずだから、少しでも長く寝かせてやりたかった。
ゆっくりと吸い込んだ紫煙を、肺にめぐらせてから少しづつ吐き出す。それが白んだ空に溶けていくのを見つめながら昨夜の彼を思い出した。仕事の話をしに来た彼と、酒を飲みながらしばらく打ち合わせをして、どちらからとも無く唇を合わせた。そこから、どんどん深くなっていく口付けに、若い性欲は猛烈に刺激されて暴走した。止めることの出来ない欲望に、抗うこともせずに彼の身体を貪った。受け入れるのは初めてだと言う彼を、きちんと気遣うことも出来ずに、夢中で奥の奥まで暴いて何度も何度も熱を吐き出した。
「はぁ……さすがにやり過ぎやな……」
心の中で留めておこうと思っていた想いを遂げてしまったという、罪悪感に似た感情に今苦しめられていた。彼を失うのが嫌で、もろく壊れやすい恋心など捨ててしまおうと思って接してきた。酒の勢いとはいえ、その激流のような感情に流され思うままに彼を暴いてしまった。目を閉じれば、頬を上気させ潤んだ瞳でこちらを見つめできていた表情。吐息混じりに吐き出された熱を帯びた嬌声。何度も締め付けて来て搾り取ろうとしてきた肉壁の感触も……全てがまざまざと思い出された。もうきっと元には戻れない。
「俺…アイツいないと死んでまいそうや……」
「仕事もやけど…それ以外も…存在がデカすぎる……」
ただでさえ、心の支えのようになっていた彼の存在が、温もりを覚えてしまったがためにより大きなものとなってしまっていた。仕事上ですらかなり支えられているのにこれではよくない……。
「少し……離れんといかんかもしれんな」
ベランダから少しだけ見えるベッドを振り返り、何度目かの紫煙を吐き出した。それが溶けて消える迄見つめると、膝から崩れるようにしゃがみこみ頭を抱えるようにうずくまった。このまま誰よりもそばにいられたら……そんな甘い考えを振り払うように唇を噛み締めた。メンバーの誰よりも大きく伸びている彼の足枷になってはいけない。俺は俺自身の力で、彼と並べるようにならなければ彼に依存してしまいそうで怖かった。俺は俺自身の足で立っていたい。そんなちっぽけプライドが、気持ちに素直になることを拒んでいた。そしてなにより、その時の俺はその選択が1番正しいのだと。彼自身のためにもなるのだと思い込んでいた。
タバコを吸い終えて部屋に戻ると、寝ていたはずの彼はベッドの上に座って電子タバコを咥えてスマホをいじっていた。そして俺の姿を見つけると、フワッと柔らかい微笑みで俺を出迎えてくれた。
「やっと戻ってきたw」
「おん……起きてたんやな。身体……大丈夫か?」
「んーあちこち痛いw でも大丈夫!」
「そっか……」
「んー……ねぇ、今日もここいていい?」
「なんでや?」
「ちょっと……歩けそうにないからさw」
「あ……無理させたな……」
「いいよw 休ませてくれてたらそれでいい」
あっけらかんと笑う彼の笑顔が眩しかった。今日が終わったら……。彼が帰ったらしばらく彼と会うのをやめよう。編集の時に彼のサーバーに入るのも極力避けよう。そう決心して、その日は過ごすことにした。これからしばらく会わないのなら、しっかりとその姿を脳裏に焼き付けよう。彼との時間を少しでも多く記憶に残して、会えない時間の支えにしよう。そう考えて、彼との優しい時間を楽しむことにした。
酒の勢いで彼の体を重ね、翌日に幸せで優しい時間を共にしてから1ヶ月が経とうとしていた。あれから、案件が立て込んだりアパレルの企画や会議が続いたり、リアルでも何かと予定が入ることも多く、意図せずとも彼と距離を置くことができていた。彼の温もりを覚えてしまった身体は、彼以外では満足できなくなってしまったから、他で発散することも出来ず悶々としていた。あとは、夜になると彼を思い出してしまい、睡眠が浅くなりほとんど寝れない日々が続いていた。
「ふぅ……はよ帰って休も」
その日の予定を終えて、軽く伸びをしながらタクシーを降りた。今日も眠れなさそうなら走ってくるかなぁ…などと思いながら部屋へと向かうと、部屋の前にはそこにいるはずの無い人物の姿があった。
「なっ……お前なんでここに?」
「……ぁっ……外いたんだ……」
「あ……あぁ……」
「居留守でも使われてんのかと思った……」
そう呟くように言った彼は、俯いていたのでわ表情は分からないが、声が少し震えていた。もしかしたら泣いていたのかもしれない。でも、下を向いてしまっているので、俺にはハッキリとは分からなかった。
「とりあえず……中はいるか?なんか用があるんやろ?」
そのまま玄関の前で話し続けることもはばかられたので、俺は彼を部屋の中へと導いた。彼は静かなまま中へ入ってくると、玄関の扉を閉めてその前で立ち止まっていた。どうしたのかと振り返ってみると、体の横に下げていた手で、ギュッと関節が白くなるほど洋服を掴んでいた。
「俺……なんかしたか?」
「なんのことや?」
「……避けてるでしょ?」
「は?避けてへんで?」
これはホントだった。意図的に避けてるわけではなかったから。外に出る仕事の方が多くて、ほぼ家にいなかったし、いても仕事関係の連絡が多くてdiscordサーバーに入る余裕すらなかった。結果的に、彼から距離をとる形となり今に至る。それを説明しようと口を開いたところで、彼はバっと顔を上げて俺を睨むように見てきた。その目には堪えきれなかったらしい涙が光り、男らしく端正な顔は泣くのを我慢しているせいか歪んでいた。
「嘘だ!俺のサーバーに来られないほど忙しいなんて…」
「ほんまやって…ほとんど家におらんかったんや」
思わず少し荒くなってしまう口調に、彼はビクッと身体を震わせて俺を見ていた目を逸らした。そして、静かに瞼を閉じて小さくため息をついた。そして少し心を落ち着かせたのか、今度はしっかりと俺を見据えるような目で見つめてきた。
「……男だから? やっぱり女の方が良かった?」
「なんのことや?」
「だから…酒の勢いで抱いたはいいけど、やっぱ……」
そこまで言って、彼は口を噤んだ。固く握りしめている手が小さく震えているので、涙を堪えているのかもしれない。そんなに強く握りしめたら、手のひらが傷ついてしまうのに……と心の中で少し見当違いな心配をしていた。
「それならそうと言ってくれたらいいのに……」
「え?」
「やっぱり違った、間違いだったって言えばいいのに」
「いや……そうやなくて……」
「そのまま何も言わず……っていうのは最低だよ……」
「っ……ニキ!!」
吐き捨てるように言う彼が、そのまま帰ってしまいそうな気がして俺は、強く腕を引いて俺の腕の中へと閉じ込めた。腕の中では手を突っ張って逃げようと動いている彼が、弱々しい抵抗をしている。本気で逃げようとしていないことは明白で、俺の胸に置かれた腕にはあまり力が入っていなかった。
「スマン……ホンマにそんなにつもりは無かったんよ」
「っ……嘘だ。抱いたあとから急に連絡くれなくなったくせに……」
「ホンマやって。ちょお、こっち来てみい」
そう言って彼を部屋の中まで連れていった。そして俺がスケジュール管理のために使っているホワイトボードの前に彼を連れていくと、それを見るように促した。そして、それを見た彼は、最初の訝しんだような表情を徐々に戸惑いの表情へと移行させた。そして俺の方へ視線を戻すと目に涙を溜めて何か言いたげに見つめてきた。
「な?ほんまやろ?この1ヶ月、結構忙しかったんよ」
「……ごめん」
「こっちも何も言わんと……すまんかった」
「ヤり逃げされたのかと……思った……」
そう言って悲しい顔で笑う彼を見て、俺は内心ギクリとしていた。結果として仕事が詰まっていたために距離を置いたということになってはいるが、そもそもあの後それが無くても距離を置いていただろうからだ。涙をこらえた悲しい笑顔。そんな顔をさせたいわけじゃなかった。彼の足枷になりたくなかっただけなのに…。結果として彼を悲しませ、苦しませることになった。自分の不甲斐なさに涙が出そうだった。
「ホビー?……泣いてる?」
「そんなわけないやろ……」
「……もう。ほら、こっちおいで」
そう言って手を広げる彼の腕の中に、無意識のうちに飛び込んでいた。フワッと鼻腔を擽る彼の優しくて甘い香りとタバコの苦味の混ざった香りに、我慢していたものが溢れて涙となって目から流れ始めた。声を抑えながら時折漏れる嗚咽に、俺自身驚いていた。こんなにも彼の存在が、俺にとって大きくなっていたのかと…。声を出して泣くほど、人を好きになれるのかと……。彼は、そんな情けない俺を優しく抱きしめながらゆっくりと頭を撫でてくれていた。身長は俺の方が少しだけ高いから、彼の肩に額を当てて抱きついている姿は、傍から見るときっと無様に映るだろう。でもそんなのは関係なかった。ただただ、彼の存在を感じて縋りたかった。
「ボビー……俺ね、あの日抱かれたの嬉しかったんだ」
「え?」
「やっと付き合えるって思えたんだ」
「え?ニキ……お前……」
突然、彼の口から語られた言葉に俺は驚きを隠せず、目を白黒させていた。そんな俺の顔を覗き込み、小さく笑って彼は言葉を紡いだ。
「ボビー……俺、お前のこと好きなんだ。付き合ってよ」
「ニキ……」
「嫌ならちゃんと言って……覚悟は出来てる」
そう言って、少し悲しい笑顔をうかべた彼に、俺は胸が締め付けられるような気持ちになった。そして今度は、俺が彼を抱きしめて耳元に口を寄せて声に気持ちを乗せることにした。
「ニキ……愛してる……誰よりも大切や」
「っ……ボビー」
「俺の恋人になってくれ。そばにおって欲しい」
「っ…………もちろん!!もちろんだよ!!」
彼は目に涙を浮かべながら笑顔で俺の唇に優しい口付けを落とした。会わなかった1ヶ月ほどを埋め合わせるように、共にできなかった時間を取り戻そうとするかのように、俺たちは何度も何度も口付けを交わした。唇が触れ合うだけの啄むようなキスを何度か繰り返したあと、息を整えるために少し唇を離して至近距離で見つめあった。そして互いに額を合わせて小さく笑った。
「必死すぎだね俺らw」
「ホンマやなww 童貞かよww」
「ほんとww」
「……ニキ…好きや……ずっと触れたかった」
「んっ……いっぱい触って……」
互いを見つめる目が熱を帯び、いつの間にやらピッタリと隙間なく抱き合っていた互いの下腹部は、硬度を増しはじめていた。ふと、ニキが薄く形のいい唇を少しだけ開いて舌先を突き出すようにして笑った。その誘うような色気を帯びた笑いに、俺は惹き込まれるように唇を合わせ、彼の舌を自分のそれを絡めて強く吸った。
「んっ……ぁ……」
それだけで甘い声を上げるニキに、誘われるがまま口内を貪るように蹂躙した。舌を吸う度にちいさく身体を震わせる様子がまた俺を興奮させた。縋るように俺の腕を掴まれると、愛おしさが込み上げてきてたまらなくなった。
「ね……はぁ……」
「ん?……どうした?」
甘くかすれ、少し上ずってしまう自分の声に苦笑いをしながら、荒い息を整えながらこちらを見るニキを見つめた。
「今日、とまっていい……?」
「もちろん……朝まで付き合ってもらうで?」
「うわぁ……俺、体持つかな?ww」
冗談めかして言いながら、2人で笑いあった。コイツといるとこういう空気感になるから心地よかった。俺がほんとは離れたかった理由なんて一生伝えることはないかもしれない。この気軽な感じで笑い合える。この感じを失わぬように、俺がこいつの横にたっても恥ずかしくないように踏ん張ればいいだけの事……。こいつの足枷にだけはならないようにと心に誓いながら、目の前の愛おしい人を強く強く抱きしめた。