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室内は静かなのに、周りがガヤガヤと騒がしい。
時折爆音が聞こえて、どこか落ち着かない。
「そりゃまぁ、個室の方が良いんじゃないか?とは言ったが…。」
食後、そのままファミレスで手紙読む勢いだったので、「どこか個室とかでゆっくり読んだ方がいいんじゃないか?」とは言った。
確かに言った。
だからって…。
「普通カラオケボックスに来るかぁ…?」
「えー、いいじゃん。帰るにはまだ早いし。」
「俺はどこでも…。」
カラオケボックスなんて何年ぶりだろうか。
俺の時は曲を探す本があったんだが、部屋のどこにも見当たらない。
フードメニューも思いの外充実していて、時代の流れを感じる。
歌うわけでもないし、と俺はバッグからレターケースを取り出して、中身を坂城くんに渡した。
ほんの少し、緊張した面持ちで手紙を受け取ると、ゆっくりと便箋を取り出す。
『龍へ
あなたが生まれてきたときの事、今でも覚えています。
夜泣きが多くて、よく熱を出して、体の弱い子に産んでしまったかと心配になりました。
年を取るにつれて段々丈夫になって、野球を始めたときは別人かと思ったくらいです。
反抗期に入って、会話は少し減ってしまったけれど、
お母さんもうまく対応できなくてごめんね。
龍がお母さんにひどい事言うと、ついこっちもカッとなって、大人げなかったね。
でもね、言った本人が傷ついた顔をするもんだから、
お母さんは優しい子に育ってるんだな、と少し誇らしくもあります。
病気の事も、言わなくてごめんね。
受験が終わったら言おうと思ってたんだけど、痛みもなかったし、平気だと思っていたのが駄目だったね。
龍、お母さんはこれからも、毎日、「行ってらっしゃい」、「おかえり」って言うからね。』
「………母ちゃんじゃ、ないのになぁ…。」
静かに読んでいた坂城くんが、ぽつりと呟く。
「ノート、見ました。息子なのに、…俺はあんまり、母ちゃんを知らなかったみたいっすね。
……ああ、クソ…ッ!なんだよ、これ…!」
顔を上げた坂城くんの目から、ボロボロと涙がこぼれる。
手紙を濡らさないように服の袖で涙を拭っても、なかなか止まらない。
和織がスクールバッグから、タオルを取り出して坂城くんに渡した。
「…っ、字、…和織だろ。…お前、人の字似せるの、…上手かったもんな…っ。」
「…うん。」
「……はは、偽物だって、…わかってんのに…。なんでかなぁ…、っ…。」
坂城くんの後悔は、少しは涙と一緒に流れてくれただろうか。
母の愛情に、触れてもらえただろうか。
顔を埋めたタオルから漏れる声は、周りの音でほとんど聞こえなかった。
きっと、家だったら聞こえていただろう。
…わかってて、この場所を選んだのだろうか。
それとも、ただの偶然か…?
盗み見た和織の表情は、俺の知るどの感情にも当てはまらなくて、そっと視線を外した。
「俺、毎日「行ってきます」と、「ただいま」言います。
誰もいなくても。…母ちゃんが見てるだろうから。」
やっと涙が止まって、顔をあげた坂城くんの目は真っ赤だった。
「…それが良いと思うよ。」
「はいっ!」
どこかスッキリとした爽やかな笑顔に、こっちも安心する。
神も幽霊もいるのかは知らないけれど、なんとなく、彼の母親は見守ってくれている気がする。
そうであってほしい。
「和織も、ありがとう。俺、ちゃんと依頼料払うよ。」
「え、いいよ別に。」
「お前っ…、そういうとこドライだよなぁ。気持ちだろ!いいから!」
そう言って坂城くんは財布から千円を取り出すと、和織に手渡す。
そして、俺の方に来て、二千円を差し出した。
「…え。お、俺も…!?」
「え、って…、書いたの河目さんなんすよね?和織はあんな文書けないし。」
「龍っ!!」
馬鹿にされた!と、和織が席を立つが、坂城くんは気にも留めず、俺の手に二千円を握らせた。
「正直、今でもやっぱり偽物の手紙だと思ってます。
でも、母ちゃん言いそうなんすよね。あのノートと一緒に渡されてたら、多分、信じてました。」
自分の手に渡された二千円が、とてつもなく価値があるものに思える。
なんてことはない、二千円。
それなのに、どこか高級品のように思えてしまうのは何故だろう。
「なんで、先にノートを見せたんですか?」
問われて、考える。
別に、騙したいわけではない。
本物だとうたいたい訳じゃないのだ。
「本物に…、したくなかったから。」
考えがまとまるより先に、言葉が零れた。
そう、本物にはしたくない。
嘘はつきたくない。
ただ、想いを汲めばいいのだから。
「…?死んだ人からの手紙ですって言った方が、絶対人気でますよね?」
「…いいんだ。」
第三者が見るから、見える角度がある。
それに、本人からの手紙だなんて、もっと胡散臭いだろう。
「想いに触れて、伝える。それだけで、十分だ。」
「…よくわかんないけど…。2人がいいなら、それでいっか。」
俺は受け取ったお金を財布にしまって、お礼を言う。
学生からお金をもらうのは少し気が引けるが、気持ちを突き返すのも違うと思ったので、素直に受け取ることにした。
「よっし!じゃあ歌いますか!」
「え。」
「よっしゃ!俺も入れるか!」
「え?」
いつの間にか入れられていたらしい曲が再生され、室内に音楽が響き渡る。
そして構えていた和織がマイクを握り歌い始める。
その隣で、坂城くんはリモコンを操作し始めた。
…なんつーか、若者は切り替えが早いな。
結局、坂城くんのお父さんから連絡が来るまで、カラオケ大会は続いた。
翌日、俺たちは坂城くんの父親から電話をもらい、自宅に招かれていた。
初めてリビングに通され、どこか落ち着かない心地で椅子に座る。
「昨日は、息子がご迷惑をおかけしたようで、申し訳ない。」
「い、いえ、とんでもないです。」
「一緒にご飯行っただけですよ。」
目の前にコーヒーが置かれ、お礼を言う。
どういう風の吹き回しだろうか。
前まで煙たがられていたような気がするが、コーヒーまで出されると何やら違和感を感じる。
自分の分のマグカップを持って、父親が向かいに座った。
「……ノートを、見せたんです。」
机の端に置いてあった白いノートを目の前に差し出し、ページを開いた。
以前見せてもらった日記のページ。
そこには、見覚えのない文字が増えていた。
恐らく、坂城くんだろう。
母親の日記、ひとつひとつに返事が添えられていた。
『買い物に来ていて、今日が母の日だったと気づく。
旦那と龍で花を買ってきてくれたのは、何年前だったろう?』
→来年はカーネーション買って飾るよ。
『最近、龍と口喧嘩が増えた。』
→ごめん。
『大人なんだから、我慢しなきゃいけないのに、つい売り言葉に買い言葉。
言ったあと、龍も少し戸惑った顔してたのに。
明日こそ、言い返すのをやめよう。』
→俺も言い過ぎました。反省してます。
簡潔だけど丁寧に書かれた字は、まるで交換日記のようだった。
そして、新たに追加されていた行。
『友達と久々にカラオケに行った。
母ちゃんの好きな曲歌ってきた。』
このノートの余白がなくなるまで、きっと日記は続くのだろう。
どちらともなく、俺と和織は頬を緩めた。
それ以上、返事など書かれないはずなのに、薄っすらと母親からの返事が見える気がした。
「これじゃ、妻には悪いけど…捨てられやしない。」
ため息交じりの言葉なのに、どこか嬉しそうで。
その目は慈しむようにノートを見つめていた。
「それと、……これを。」
ノートの横、俺側に白い封筒が見せられる。
よくある、長3の縦長の封筒だ。
不思議に思いながら、視線を封筒から父親へ戻せば、父親の顔は伏せられていた。
「手紙、ありがとうございました。
こちらは御礼です。」
「…え、ま、待ってくださいっ!
今回、お金は頂かないと言いましたし、昨日、龍くんからも頂きました…!!」
「ええ、聞いてます。これは私からの…心付みたいなものだと思ってください。」
「そ、そういうわけには…!」
俺が全力で否定していれば、和織が横から白い封筒を手に取った。
あろうことか、封を開けて中身の確認をしている。
(おいおいおい、流石に失礼だろ…!!!)
内心、冷や汗が出る。
俺の視線に気づいた和織は、父親の方へ向き直り、さも当然の様に言い放った。
「ありがとうございます!」
「待て待て待て!俺が今断ったの聞いてたか…!?」
「聞いてたよ?でも龍のお父さんがくれるって言ってるんでしょ?」
「おま…、なんでそう無遠慮なんだよ…。」
驚いた顔をして聞いていた父親が、笑い声を上げた。
…やっちまった。
人前でこんな失態を見せてしまうとは。
俺は封筒を奪い取り、和織の口を片手で塞いだ。
「す、すみません。あの、本当にお返ししますので…!!!」
「んんーー!!」
「ははは!和織くん、変わらないね。
それは本当に御礼だから、受け取ってください。
お詫びと思ってもらってもいい。」
そう言われたが、机の上に封筒を置いたまま受け取れない。
すると、「年上に恥をかかせるものではないよ」と優しく諭される。
俺は恐縮しながら、封筒をバッグにしまった。
父親に頑張ったことを褒められたような感覚に近い。
どこかむず痒くて、俺はそれを誤魔化すようにコーヒーを口に入れた。
「ところで、このことは和織くんのお父様は知っているのかな?」
“このこと”とは、恐らくヘブンズ・レターのことだろう。
前に、『天砂の名前は…、…使いたくないんだよ。』と言っていたし、やはりいいとこの子供なのだろう。
「………いえ、言ってません。」
「そうか…。初めて君が遊びに来た時はビックリしたよ。
小学1年生の時だったかな?
ある日の放課後、同じクラスで仲良くなったということで、龍が和織くんを連れてきた。
気が合うと言っていた割にはすぐ喧嘩するし、和織くんもなかなか奔放で、
家の中を自由に歩き回るし、一緒に来たお母様はずっと申し訳なさそうにしていたね。
夕飯前になっても帰りたがらなくて、結局大泣きした君をお母様が抱っこして連れて帰って。
そうしたら翌日、あのスカイデザート出版の社長・天砂社長が菓子折り持ってお詫びに来たんだから。」
「…そうでしたっけ?」
「す、スカイデザート出版…っ!??あの大手の…!??」
「…知らなかったのか?
天砂なんて苗字珍しいからね。この辺じゃ皆知ってるよ。」
驚きと呆れ半分で、坂城くんの父親は俺を見た。
スカイデザート出版から出ている雑誌や小説は勿論読んだことはあるし、CMだってよく見る。
週刊や月刊の漫画雑誌も複数出版している大手企業だ。
思わず和織を凝視する。
…和織の父親が、その社長…!?
社長の名前も顔も知りはしなかったが、天=スカイ、砂=デザートってことか…!
どっかの金持ちの息子だろうとは思っていたが、まさかあんな大手出版社の息子とは。
そこからの話はどこか朧気で、俺はこの後、和織にどう接したらいいのか余計な考えを巡らせていた。
コメント
1件
読了しました…このエピソード、胸がぎゅっとなりました。偽物と分かっていても、お母さんの言葉に触れた坂城くんの涙に、もらい泣きしそうでした。和織くんが「本物にしたくなかった」と言った理由、すごく沁みます。最後、ノートに返事を書き足す坂城くんの姿が愛おしくて…ああ、本当に良いお話でした。皐志さんの描く人の優しさが、じんわり伝わってきます🌷