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世羅 鈴🎨🎤
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芙月みひろ
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忘れられないメロディーがある。
歌詞も知らない、ネットで検索しても出てこない。
ただ、私のスマホから流れるだけの音楽。
こんなことなら、曲名の意味くらい聞いておけばよかった。
ぶわりと強い風が吹いて、地面に落ちた桜の花びらが舞い上がる。
風に舞う髪の毛を抑えようと右手を後頭部へ伸ばして、触れた毛先で、もう髪が短くなったのだと思い出す。
もう、あの人に会えない。
未練を断ち切るつもりで髪を切ったけれど、やっぱり切らなきゃよかった。
春だというのに、まだ冷たい風がうなじを撫でていった。
「あのさぁ、おじさん。僕、和織なんだけど。」
「…何を今更。」
開口一番、待ち合わせに現れた和織は不満をぶつけた。
とはいえ、その意図するところは全くわからない。
特に名前を間違えた覚えもないし、何を今更名乗っているのか。
「知ってるけど?」と気だるげに返せば、更に眉根を寄せて怒った。
「僕が出版社の息子って聞いてから、ちょっと距離とってるでしょ!」
「…いや。別にそんなことは…。」
ない、と言えば嘘になる。
社長の息子なんて、どう考えても気を遣うだろう。
敬語で話していないだけ、むしろ善処したと褒めてほしい。
「ある!絶対ある!!なんだよ、社長の息子がそんなに怖いかー!」
「いって!叩くなよ…!」
持っている紙束で、俺の肩をバシバシと叩く。
そりゃ、ある意味怖いだろう。
ただでさえ余所様の子供に何かあったら大変なのに、社長の息子だぞ?
なんならこの絵面すら誘拐に見えなくもない。
「…………やめてよ。
おじさんまで僕の事、そういう風に見るのは。」
手を止めて、和織が俯く。
少し震えた声に、俺も足を止めた。
…今まで色眼鏡でたくさん見られてきたのだろう。
それに関しては、少し同情する。
金持ちも貧乏も、子供にとっては本人の意思じゃない。
たまたま産まれた家がそうだっただけだ。
きっとこいつは、自分自身を見てほしいだけなんだろう。
「……わかったよ。今まで通り。な?」
「…うん。…嘘ついたらおじさんの書いてる小説、勝手に製本してバラまいてやるから。」
「やめろ。なんだそのよくわからん地味な嫌がらせは…!」
まるで「お前の黒歴史晒してやろうか」とでも言いたげな脅しに呆れ返る。
再び歩き始めて、横に見えていた長い塀がやっと途切れると、大きな敷地のそこは大学だった。
外壁工事をしたばかりなのか、綺麗な外観をしていて、少し古びた塀との組み合わせがアンバランスだった。
「おじさんって大卒?」
「…まぁ、一応。」
「小説はいつから書いてたの?」
意図があるのかないのかわからない和織の質問に、少し考える。
思えば子供の頃から、好きだった児童小説などを真似て、書いていた気がする。
「小学生くらいから…か?」
「え、すご。そんな子供の時から小説って書けるの?」
「書くのは下手でも出来るだろ。そりゃ今みたいな物語じゃないが…。」
そう、年齢が小さい時ほど、上手い下手にこだわらないで自由に書けた。
ただ自分の憧れの世界だったり、勇者が出てくるような空想の物語。
何かが興味を引いたようで、和織は楽しそうに書いた内容を聞いてきた。
「あー、その時好きだった本を真似してて…、少年が旅に出る話とか。」
「へぇー。それって……。」
交差点へと道を抜けたとこで、突如突風が巻き起こる。
和織の持っていたヘヴンズ・レターのチラシが数枚、舞い上がって大学の方へと飛んでいく。
「あーあ…。」
「…これなら広告費出さずして遠くに届くね?」
「いや、立派な不法投棄だろ。」
とはいえ、見知らぬ大学に入ってまで拾いには行く勇気はない。
俺は回収するのを早々に諦めて、視線を戻した。
「…もう飛ばされないようにな。」
「はーい。」
チラシを俺の家へと運び、夕飯を2人で適当に済ます。
和織が帰ってから、俺は自分の作品と向き合った。
何かの賞に選ばれたことはない。
けれど、過去に1回だけ。
編集者の人から感想をもらえたことがある。
『文章が丁寧で、とても上手でした。
惜しむ点は登場人物の薄さ、話のまとまりの綺麗さ。
もう少し、この話じゃなきゃいけない説得力が欲しいです。』
もしかしたら、気まぐれだったのかもしれない。
深い意味なんて、なかったのかもしれない。
けど、今まで何もなく、存在の認知すらされていないような状態だったのに、
リアクションが返ってきてしまった。
俺はこのメッセージで、余計に小説家への道を諦められなくなった。
俺の書く話は、全部、”都合よく整いすぎている”。
人間の、数えきれない感情を書ききれていない。
文字では表せられないような、何かを。
俺の文章でちゃんと伝えたい。
それ以降も、賞に応募したり、持ち込んだりもした。
何度報われることがなくても、書くことをやめられなかった。
夜中の0時になる5分前。
和織からメッセージが送られてきた。
『依頼きたよ!』
チラシ配りをしていて、受け取った人か。
はたまた斎場で遺族に配った方か。
俺は簡単にメッセージを返してから、またペンを取った。
「穂高 華波。大学3年生。」
あの風に舞ったチラシを見て、連絡をくれたらしい。
簡潔に自己紹介を述べた明るい茶髪のショートカットの女性。
ここ、駅前にあるお洒落な雰囲気の喫茶店に似合っているが、俺のような人間にはどうにも不釣り合いで、きょろきょろと周りを見渡した。
店内は若い子やビジネスマンようなスーツ姿の人がちらほらといて、あまり混んでいない。
店内に流れるBGMは、歌詞が聞き取れないから多分洋楽だろう。
「河目 桜太郎です。こっちは…筆記担当の者です。」
和織を紹介しようとして、”天砂”という名詞を使うことが躊躇われた。
かと言って下の名前だけ紹介するのもおかしな話だ。
結局役割だけを紹介することにして、早々に本題に入ろうとした。
「穂高さんのご依頼は…。」
「好きな人が、亡くなったんです。」
「恋人ですか。」
俺の相槌に、穂高さんは支えていたストローを不自然に揺らす。
視線が忙しなく動いて、何かを言いづらそうにしていた。
「片思いだったの?」
返事を待とうとしたところ、例のごとく和織が空気を切り裂く。
普通、聞けないだろ。というところを聞けるのがこいつだ。
あまりにも不躾な問いにどうフォローするべきか悩んでいたら、先に向こうが口を開いた。
「……これを、私に残していったんです。」
和織の問いには答えず、机の上に出されたのはスマートフォンだった。
画面には音楽や動画を再生する時のような、三角の画面が出されていた。
表示されている文字は『Reply.mp3』
「え、っと…、これは…?」
「曲です。」
曲を、残していった?
彼女にあてた歌なのだろうか?
「この曲を、私に残した意味が、何かあるのかなって…。
亡くなったのは花森 律。
趣味でシンガーソングライターをしてた、友人です。
彼女がどんな想いだったか、調べてもらえませんか?」
一癖ありそうな依頼に、嬉しそうな顔をする和織。
俺は内心ため息をついて、バッグから渋々ノートを取りだした。
「…後から知った話ですが、律が私と出会った時には、既に…彼女は余命宣告を受けていました。
私が彼女と出会ったのは…。」
大学2年生になったばかりの時。
たまたま路上ライブをやっている子を駅で見かけた。
自分と変わらないくらいの年齢の子。
ギターも歌も、すごくうまい訳じゃないのに、何故か惹かれた。
曲はオリジナルがほとんどで、立ち止まって聞いている人はほとんどいなかった。
そんな中で、端っことはいえ最後までいた私は目立っていたと思う。
律が話しかけてくれて、そこから大学が一緒なことがわかり、友達になった。
亡くなる2週間くらい前、律がある曲を聞かせてきた。
作った曲を聞かせてもらうのはよくあることだから、特に気にしていなかったのに、
それは律の作った最後の曲となった。
葬儀の日、律のお母さんから渡された最初で最後の律の手紙には、
『華波への想いを歌にしました。』と書かれていた。
「歌詞もついてないのに、どうやって受け取ればいいの?」
悲し気に笑う穂高さんの手から、さっき話に出てきた手紙が滑り落ちる。
手紙、というよりメモ帳に近いそれは、本当にその一言しか書かれていなかった。
メロディーだけで伝わると思ったのだろうか?
いや、まさか。
普通に考えるのなら、完成する前に亡くなってしまったのだろう。
そう思うが、情報が少なくて、どれも浅い憶測にしかならない。
「律さんの家に、作詞ノートみたいなものは残されていなかったんですか?」
「…そこまでは…。私も家までは行ったことがなくて…。」
「そうですか…。」
大学生なら1人暮らしかもしれないが、その場合はもう解約されているだろう。
病気の事もあるから、実家暮らしの可能性が高いかもしれない。
「…じゃあ、一緒に行ってくれませんか?」
「…え?」
「律のお母さんなら連絡とれますし、実家は近かったはずです。」
友人の穂高さんが訪問するのはわかるが、俺たちには無理だろう。
どう見ても見た目の情報が友人枠ではない。
いきなり高校生と中年のおっさんが「娘さんの部屋を見せてください」なんて、
通報されてもおかしくないだろうし、よくて門前払いだろう。
俺が父親なら、部屋に入れさせることは絶対にしないと思う。
「行きます!」
「って、おい…っ!」
後先考えず突っ走る和織が元気に了承をする。
すぐに止めに入ったが、既に了承を聞いた穂高さんは安堵の表情を浮かべていた。
立ち上がり、いつの間にか空になったグラスを持った彼女は朗らかな笑みを見せる。
「ありがとうございます!
よろしくお願いします。」
「え…、ちょ…。」
「はーい。」
困惑する俺を他所に、会釈をして颯爽と立ち去る穂高さん。
そして、隣でにこやかに手を振る高校生。
…どうするんだ、これ…。
考えている間にも、とんとん拍子に話が進んでいく感じ…。
新しい依頼者に、誰かに似た空気を感じる。
俺は能天気にアイスココアを飲んでる隣の奴を睨みながら、ノートをバッグにしまった。
今度は内心ではなく、堂々とため息をつきながら。
コメント
1件
ああ、今回の依頼、すごく切ないね…。 余命宣告を受けてたシンガーソングライターの律さんが、遺した『Reply.mp3』。 「華波への想いを歌にしました」って手紙と一緒に、歌詞すらないメロディーだけを遺すなんて。 完成させる前に亡くなっちゃったのかな、それとも言葉じゃなくて音だけで伝えたかったのかな…。 和織くんの「行きます!」に内心ため息つきながらも結局流されるおじさん、この凸凹コンビいいよね。穂高さんの悲しげな笑顔がすごく印象に残った🥀