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スタンリーは学校の門を勢いよく出て、舌打ちをもう一度繰り返した。
「お前、まつ毛なげぇし女みたいな顔してんな!ビッチめ!!」
あの言葉がまだ耳にこびりついている。殴りたかった。拳が震えた。でも、殴ったら終わりだ。退学だ。それに、相手はただの嫉妬でしかない。自分に勝てないから、汚い言葉でしか攻撃できない哀れな奴。
だから我慢した。
それが余計に腹立たしかった。
いつも通りの帰り道を歩きながら、ふと脇道に入った。気分転換のつもりだった。歩いているうちに、気づけば見知らぬ路地に立っていた。スマホの電波も弱く、地図が読み込めない。
「くそ……今日は最悪だ」
苛立ちを吐き出しながら、さらに進む。
やがて、目の前に少し傾いた古い建物が現れた。コンクリートはひび割れ、窓ガラスは半分曇り、表札も看板もない。明らかに長年使われていない様子だった。
でも、扉が少し開いている。
好奇心が勝った。
スタンリーはそっと中へ滑り込んだ。
中は——予想外だった。
広い。とても広い。
天井が高く、無数の本棚が規則正しく並んでいる。埃が舞い、窓から差し込む西陽が斜めに光の筋を作っていた。床には古い絨毯が敷かれている
図書館だ。
もう使われていない、忘れられた図書館。
スタンリーはゆっくりと奥へ進んだ。中央に小さなカウンターがあり、その前に背の低い回転椅子が一つだけ残っていた。彼はそこに腰を下ろし、頬杖をついてぼんやりと今日の出来事を反芻した。
——女みたいな顔、か。
確かにまつ毛は長い。母親譲りだと言われたことがある。でも、それがそんなに悪いことか? 頭もいい、運動もできる。それが妬ましいなら、せめて自分を磨けばいいのに。
苛立ちと疲れが混じり、ため息が漏れる。
そのとき。
ギィ……。
背後の扉が、ゆっくりと音を立てて開いた。
スタンリーは反射的に振り返った。
そこに立っていたのは、白衣を羽織った少年だった。
年齢は自分と同じくらい。髪は柔らかそうな銀髪のポンパドール。瞳はすべてを飲み込んでしまいそうな漆黒。顔立ちは整っていて、どこか知的な美しさがあった。少し驚いたように目を丸くしている。
「おぉ……まさかここに人がいるとは……」
少年は小さく呟いた。
それから、カツ、カツ、と革靴の音を響かせて近づいてきた。
スタンリーは身構えた。鋭い眼差しで少年を見据える。
「あんた、誰だ」
少年は穏やかな笑みを浮かべたまま、スタンリーの隣の椅子を軽く引き、音を立てて座った。
「君もここが気に入ったかい?」
唐突な質問だった。
スタンリーは眉をひそめた。
「……ただ迷い込んだだけだ」
冷たく返す。
少年は「ああ」と小さく頷いた。
「なるほど。迷子か」
その言葉に、スタンリーはなぜか言い返せなかった。黙ったまま、視線を逸らす。
少年は少し身を乗り出し、窓から差し込む光の中に顔をさらした。
陽光が彼の横顔を柔らかく照らす。儚い、という言葉がぴったりくる笑顔だった。
「僕はゼノ。ゼノヒューストンウィングフィールド」
そう名乗ると、彼は静かにスタンリーを見つめた。
その瞳に、敵意も好奇心の強引さもなかった。ただ、穏やかで、どこか優しい光だけがあった。
スタンリーは、気づけば肩の力が抜けていた。
警戒心が、音もなく溶けていく。
「……俺はスタンリー」
少し間を置いて、彼は呟いた。
「スタンリースナイダー」
ゼノは小さく微笑んだ。
まるで、ずっと前から知っていた名前であるかのように。