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#茜
💎星乃葵@ペア画中.ᐟ💎
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りおりんご🍎
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今中希美
28
黒の第二王子からの召喚状が届いたのは、古都の陥落から、ひと月ほど過ぎた朝のことだった。
封蝋に押された太陽の紋を、舜太は、執務机の前でしばらく見つめていた。
文面は短かった。
納付の確認と、軍の件で話がある。ついては、天幕まで来られたし。それだけだった。
断る余地のある招きではない。
王宮の一角を、舜太は、政庁として使っていた。
窓の外には、まだ修復の足場が残る回廊が見える。
その向こうの静けさの間では、今朝も、灯が絶えていないはずだった。
「第二王子から?」
背後から、声がした。柔太朗が、扉の傍らに立っていた。
朝の光の中で、白い衣の裾が、淡く揺れている。
「ああ。納付の確認と、軍の話や。長うはかからへん。すぐ戻る」
「そう」
柔太朗は、それ以上、何も尋ねなかった。
ただ、舜太の手元の書状から、舜太の顔へとゆっくりと視線を移した。
その視線の長さに、舜太は気づかないふりをした。
「気をつけて」
「おう」
詳しい話をしなかったのは、隠すためではなかった。話すほどのことではない、と思っただけだ。
派兵の話も、納付の話も、これまで何度も繰り返してきた類のものだった。
柔太朗に余計な心配をさせる必要は、どこにもない。
そう自分に言い聞かせながら、舜太は、胸元に下げた銀の月のペンダントに、衣の上から、そっと触れた。冷たい感触が、指先に伝わった。
中庭に出ると、太智が、すでに馬の支度を終えて待っていた。舜太は、鞍に跨り、手綱を取った。
門へ向かう道すがら、背中に、視線を感じた。窓辺に立つ柔太朗が、見送っているのだろう。
振り返らなかった。
振り返れば、何かが鈍る。あの白色の国の夜明け前に、嫌というほど思い知ったことだった。
舜太は、前だけを見て、馬の腹を軽く蹴った。
黒色の国へ入ってから、七日目の昼のことだった。
視界が、突然、開けた。
丘という丘が途切れ、空と大地だけが、どこまでも広がっていた。
風が、膝丈の草を、波のように撫でていく。地平線の彼方まで、遮るものが何一つない。
その中を、数え切れないほどの馬の群れが、土煙を上げて、駆けていた。
舜太は、思わず手綱を引いた。
「……これが」
草原の民の国。
勇斗が、初めて黄色の国へ向かう途中、赤色の国の都で、何度も語ってくれた景色だった。
満天の星の下で眠る夜のことも、風の匂いのことも、馬が一番速く走れる朝のことも。
あの頃の舜太は、どんな景色なのか、想像もできなかった。
「ええ眺めやなあ」
隣で、太智が呟いた。
「勇斗様は、ここで育ちはったんですね」
「ああ」
舜太は、短く答えた。それ以上、言葉が続かなかった。
あいつは、ここへ、二度と戻れない。
自分が、そうした。黒色の国に、勇斗の死を信じさせることで。
その夜の宿は、草原の外れの小さな集落だった。
羊の乳の匂いがする天幕の中で、舜太と太智は、遅い夕餉を取っていた。
隣の天幕から、酒を酌み交わす男たちの声が、聞こえてきた。
「聞いたか。第四の王子様が、古都で亡くなったって」
「ああ。赤と黒の国の主に、手を下されたって話だ」
「あの若造が?王子を殺すほどの男には見えなかったがな」
「分からんぞ。何せ、国を取り戻した男だ」
舜太は、匙を持つ手を、止めなかった。表情も、動かさなかった。
太智が、静かに、声を落とした。
「……舜太様」
「聞こえとる」
「あの噂。ほんまに、舜太様が、流さはったんですか」
「流した」
舜太は、淡々と答えた。
「黒の宮廷には、公には古都での殉死いうことになっとる。せやけど、裏で、俺が手を下したと思わせとく。そのほうが、ええから」
「なんで、そこまで」
「勇斗が、生きてるかもしれへんと、黒の連中に思わせたらだめや。あいつを担ごうとする奴らが、探し始める。そうなったら、どこに隠れとっても、いつかは見つかる」
舜太は、匙を置いた。
「死んだと信じ込ませるには、誰かが、手を下した理由があったほうが、都合がええ。それが、俺。……それにこの先、黒の国とは………、いや、それだけの話や」
太智は、何も言わなかった。ただ、舜太の手に、視線を落とした。
「手え、冷たいですやん」
「ん?」
「さっきから、匙持つ指が白いです。夜も、ちゃんと寝れてないでしょう」
「……大丈夫」
「大丈夫、て顔やないですわ」
舜太は、笑ってみせた。それから、立ち上がって、天幕の外へ出た。
空には、満天の星が、降るように瞬いていた。
あいつは、この空の下で、育ったのだ。
黒の第二王子の天幕は、草原の只中に張られた、巨大な陣営の中央にあった。
毛皮の敷物を幾重にも重ねた床。太陽を象った金の紋が、天井を覆う幕に、織り込まれている。
明かりは、油の灯が、四隅に置かれているだけだった。
その薄暗がりの奥に、第二王子は、悠然と座していた。
整った顔立ちに、油断のならない眼光。最後に会ったときから、変わっていない。
ただ、その傍らに積まれた書簡の量だけが、増えていた。
「来たか。赤と黒の国の主」
「お召しにより、参りました」
舜太は、敷物の手前で、一礼した。第二王子は、顎で、向かいの席を示した。
「座れ。まずは、数字の話からだ」
書記が、帳面を広げた。白と黄の通行税と関税。そこから、黒へ納められる取り分。
白色の国の職人たちが生み出した品々の、輸出の配分。
第二王子は、それらの数字を、ほとんど目を通さずに、そらで挙げていった。
「赤と、白と、黄。お前が束ねた三つの土地が、今期、俺が宮廷に上げる実績の大半を占める」
第二王子は、帳面から目を上げた。
「お前の国の数字は、そのまま、俺の勘定だ。それを忘れるな」
舜太は、静かに頷いた。この男が見ているのは、自分の忠誠ではない。
自分の名が、勘定の中でいくらの値をつけられているか、だった。
「王都の復興は、順調だと聞く。旧臣たちの反乱もない。民の不満も抑えている。……見事なものだ」
「恐れ入ります」
「では、次の話だ」
第二王子の声が、わずかに低くなった。
「北の部族が、動いている。放っておけば、第一王子の手に落ちる。お前の兵を、三千、貸せ」
舜太は、膝の上で、指を組んだ。
「三千、ですか」
「何か、不都合が?」
「王都の治安が、まだ安定しておりません。古都の周辺にも、旧王家に近い残党が、散らばっております。冬を前に、三千を北へ割くのは」
「春まで、待てと」
「できれば」
「待てば、北の部族は、兄の側につく」
第二王子は、静かに言った。
「そうなれば、お前に貸した後ろ盾の意味も、なくなる。違うか。お前の国が立っているのは、誰の庇護の下だ」
その問いは、穏やかな声で、突きつけられた。
舜太は、数拍、黙った。それから、顔を上げた。
「庇護には、感謝しております。兵は、出します。ただし、補給は、黒が負うていただきたい。それと、出兵は春の雪解けまで、とさせてください」
第二王子の口元が、わずかに動いた。
「冬の間は、動かさず、雪解けを待てと。そのうえ、補給まで求めるか」
「春まで、お待ちいただければ、三千を、確実にお貸しします。今、無理に割いて、王都が揺らげば、それこそ、あなたの利にならない」
「……いいだろう」
第二王子は、ふっと息を吐いた。
「補給の半分は、こちらで持つ。残りは、お前の負担だ」
半分。思うほどの譲歩ではなかった。それでも、舜太は、頭を下げた。
この男と対等に渡り合うには、一つずつ、噛みついていくしかない。
「もう一つ」
第二王子が、続けた。
「お前の後継のことだ。いまだに、決めていないそうだな」
「……はい」
「俺の従弟の子に、十五になる若者がいる。聡い子だ。お前の養子に、迎えろ。黒の血筋が、お前の国の継ぎ手になれば、互いに、都合がいい」
舜太は、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
後継の指名に、黒の血を入れる。
それは、赤と黒の国の内政を、将来にわたって、黒の手の内に置くことと同じだった。
「ありがたいお話ですが、すぐには、お答えできません」
「なぜだ」
「伴侶と、話し合うべきことですので」
舜太は、そう答えた。
第二王子は、一瞬、口を閉じた。それから、薄く笑った。
「伴侶と、話し合う、か」
その笑みの意味を、舜太はつかみかねた。
ただ、その言葉が、胸の奥の、どこかに小さな棘を刺した。
話し合う、と自分は言った。けれど、あの朝、自分は、柔太朗に何を話しただろう。
「さて」
第二王子が、盃を傾けた。
「勇斗のことだが」
空気が、変わった。
舜太は、表情を動かさなかった。それが、自分にできる、唯一のことだった。
「古都の炎の中で、王に殉じたと、触れが出ている。黒の宮廷では、そう扱われている」
「……はい」
「だが、別の話も流れている。お前が、手を下した、と」
第二王子は、舜太の顔をまっすぐに見た。
「どうなんだ」
天幕の中は、静かだった。
灯の芯が、小さく爆ぜる。
舜太は、答えるべき言葉を探した。真実を言うことは、できない。
否定すれば、第二王子は、疑うだろう。
肯定すれば、あの草原の下で、勇斗の名は、永遠に汚される。
「噂は、噂です」
やがて、舜太は静かに言った。
「ただ、それを、俺の責任ではないと、言うつもりもありません」
第二王子の目が、細まった。
「責任、か」
「呼ばれるなら、呼ばれます。弟を殺した男と」
その声は、自分でも驚くほど、平らだった。
第二王子は、しばらく、舜太を見つめていた。それから、盃を置いた。
「責めるつもりは、ない。むしろ、評価している」
「……」
「弟は、実績を積み始めていた。黄色の国の内情を握り、兄にも俺にも属さない、第三の駒になり得た。あれを担ごうとする気配も、あった。……死んで、得をするのは、俺だ」
舜太は、その言葉を、黙って聞いていた。
第二王子は、続けた。
「お前が、弟を消した。結果として、俺は、継承争いの競争相手を、一人、減らせた。……俺はお前に、借りができたわけだ」
「あなたが得をしたことと、俺があなたの味方になったことは、別の話です」
舜太は、言い返した。声は、静かだった。
第二王子の口元が、ゆっくりと、笑みの形をとった。
「面白い。だが、その区別は、俺にとっては、意味がない」
彼は、前に身を乗り出した。灯の揺らめきが、その顔に深い陰影を刻んだ。
「俺には、子がいない。傍系から、後継を立てるしかない。だが、軍の支持がなければ、誰を立てても、兄に潰される。……お前の領土と軍、交易網が、俺の指名を支える柱だ」
その声には、冷たい合理だけでなく、わずかな焦りが滲んでいた。
「お前が、手を離れれば、柱が一本、消える。そうなれば、俺は、王になる前に兄の餌になる。……お前は、それを分かっているはずだ」
分かっていた。
だから、この男を、ただの敵とは思えなかった。
恐れているのだ。この男も。力を失うことを。自分の築いたものが、次の世代に残らないことを。
その恐れが、冷徹な合理の下に確かにある。それが、かえって、舜太を、揺さぶった。
「独立を、認めるおつもりは、ないということですか」
舜太は、あえてそう尋ねた。
「認める、認めない以前の話だ。お前の国は、誰の庇護で立っている」
「庇護には、感謝しております。ですが、感謝と従属は、違います」
それは、舜太が、この天幕で口にした、初めての本音だった。
第二王子は、何も言わなかった。ただ、盃に、ゆっくりと酒を注いだ。
「今日は、ここまでにしよう」
舜太は、立ち上がり一礼した。
天幕の入口へ向かう。
「舜太」
背中に、声がかかった。
足が、止まった。
「白の王子は、変わりないか」
振り返らずに、舜太は答えた。
「……はい」
「近いうちに、一度、話してみたいものだ」
「あれは、白の政に、忙しい身です」
「だから、話すのだ」
第二王子の声は、静かだった。
舜太は、天幕の幕を、持ち上げた。
外の風が、頬を打った。
草原を渡る帰路で、太智が馬を並べてきた。
「顔色、悪いですわ」
「大丈夫や」
「柔太朗様には、何て、話さはるんです」
舜太は、手綱を握る指に力を込めた。
「派兵と、関税の話。それで、いい」
「後継の話は」
「……まだ、いい」
「第二王子が、柔太朗様と話したい、て言うたことも」
「太智」
舜太は、短く遮った。
太智は、それ以上、言わなかった。
ただ、並んで馬を進めながら、舜太の横顔を、じっと見ていた。何か言いたげな目だった。
けれど、その言葉を、飲み込んでくれた。
日が、傾き始めていた。地平線が、橙色に染まっていく。
舜太は、胸元の鎖を引いて、衣の内から、銀の月のペンダントを取り出した。
月が、夕陽を受けて、鈍く光った。
柔太朗が、まだ持っていてと、返してくれた約束。
それを、強く、握りしめた。
いつか、この草原の都を、自分の足で堂々と出ていく。
誰の庇護も、借りずに。
誰の駒でもなく。
そのためなら、どんな汚名でも、引き受ける。
そう、思った。
背後には、黒の都の天幕が、遠く、小さくなっていく。
舜太は、一度も、振り返らなかった。
コメント
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会話の緊迫感とこの裏の駆け引きがリアルで好きです 背負った罪と声を失いながらも少しずつ歩き出す姿も、裏で暗躍する姿も本当に手に汗を握る思いです あの曲の新解釈にとてもうち震えてます まだ余韻に浸っています… このまま完結まで見守りつづけます…!
いやあ、今回も重厚だった……!第二王子とのやり取り、一見静かなんだけど一歩間違えたら瓦解する綱渡り感がたまらん。舜太が「感謝と従属は違う」って言い返したところ、心の中でガッツポーズしたわ。それでいて勇斗の死を偽って背負った汚名や、柔太朗にすら話せない後継の話……全部抱え込む覚悟がもう悲壮な美しさで。銀の月ペンダントを握る仕草に全部詰まってるよな。来週も楽しみにしてる🔥