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#茜
💎星乃葵@ペア画中.ᐟ💎
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りおりんご🍎
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今中希美
28
舜太が黒の都から戻ったのは、日が暮れてからだった。
その報せを、柔太朗は、政庁の灯を落とす間際に聞いた。
出迎えに出るべきかを迷い、結局、机の上の帳面に視線を戻した。
話は明日で足りる。そう自分に言い聞かせたけれど、その夜は、筆が思うように進まなかった。
翌朝の政庁には、薄い光が差していた。
舜太は、すでに机に向かっていた。
柔太朗が入っても、すぐには顔を上げず、書状に目を落としたまま短く言った。
「納付は予定どおりや。派兵は、春の雪解けまでに三千。補給は黒が半分持つ」
「そう。お疲れさま」
柔太朗は卓の向かいに腰を下ろし、舜太の顔をそっと窺った。
目の下に、薄く影が落ちている。
出立の朝に見たときよりも、頬の線がわずかに鋭くなったように思えた。
「後継の話は、出なかった?」
何気なく尋ねた。第二王子は、会うたびにその話題に触れてくる。そう聞いていたからだ。
筆を持つ舜太の指が、一瞬止まった。
「……まだ決めへん、言うといた」
「そう」
それ以上は、聞かなかった。
嘘ではないと思った。ただ、すべてでもない。
舜太が、そこで顔を上げて笑ったからだ。
少し疲れた、けれど、相手を安心させるための笑みだった。
柔太朗は、その笑みに見覚えがあった。
父を失ったと声を震わせた少年が、それでも、忘れるわけないやろと笑ってみせた顔。
あれは、大丈夫ではないときの笑い方だった。
評定は、その日の午後、王宮の大広間で開かれた。
長い卓の両側に、赤と白と黄、三つの国の代表が、二十人ほど居並んでいる。
赤の商人たち。黄の旧臣たち。白の職人組合の長老たち。
それぞれの席の間には、目に見えない距離があった。
柔太朗は、舜太の隣に座り、卓の上の書類に目を通した。
議題は、度量衡の共通化だった。
「三つの国には、三つの尺と、五つの升がある」
舜太は、立ち上がって説明を始めた。声に迷いはなかった。
「商人が国境を越えるたびに、換算表を引き、秤を打ち直す。その手間と揉め事の数を、考えてほしい。最後に損をするんは、毎回、民や。せやから、赤の升と秤を公の基準にする。十を単位にした計算は、徴税にも糧秣の手配にも都合がええ」
赤の商人たちが、頷いた。黄の旧臣の一人が、苦い顔で卓の端を握った。
最初に口を開いたのは、白の職人組合の長だった。
老いた銀髪の男で、卓の上に置いた手には、細工の傷が幾筋も刻まれている。
「お言葉ですが、陛下。我らの尺は、月尺と申します」
その声は、静かで、よく通った。
「神殿の月の暦に合わせて刻まれた尺で、代々の銘と型の寸法は、すべてこれで決まっております。尺を変えれば、先祖の型が使えなくなる」
「換算表を作ればええ」
「換算表で、銘の細工は再現できません」
黄の旧臣も続いた。収穫の祭りで数える樽の大きさが、そのまま祭礼の作法に結びついている。
升を替えれば、祭りの数え方が崩れる、と。
舜太は数字を挙げて、一つずつ反論した。
換算の手間が、年にどれだけの損失になるか。公の基準があれば、不正をどれだけ防げるか。
その論理は、隙がなかった。
「統一したほうが合理的だ」
舜太は、最後にそう言い切った。
柔太朗は、少しの間、黙っていた。それから、静かに口を開いた。
「合理的であることと、人々が受け入れられることは違う」
広間が、しんと静まった。
「舜太の言うことは正しい。換算の手間は、確かに民の負担だ。……でも、月尺を捨てろと言われた職人は、損得の前に自分の手が否定されたと感じる。樽の大きさを変えろと言われた農夫は、先祖の祭りを取り上げられたと感じる。それは、数字では埋められない」
「分かっとる」
舜太は、柔太朗を見た。
その目は、一瞬揺れたように見えた。けれど、すぐに硬く引き締まった。
「せやけど、いつまでも手間を抱えとったら、国が持たへん。冬の前に決めなあかん」
「なぜ、冬の前に?」
柔太朗が尋ねると、舜太は、わずかに言葉を選んだ。
「黒の商人が、白と黄の市場に入り始めとる。向こうは、自分らの升と秤を、持ち込もうとしとる。こっちが先に基準を決めへんかったら、黒の升が事実上の標準になる」
柔太朗は、その言葉の背後にあるものをはっきりと感じた。
舜太は、昨日、黒の都から戻ったばかりなのだ。
急ぐ理由は、制度の効率だけではない。
誰かに、期限を切られている。
その誰かの名前を、舜太は口にしなかった。
評定は、結論が出ないまま休憩に入った。
廊下に出ると、窓から、秋の光が斜めに差し込んでいた。
柔太朗は、窓辺に立つ組合長の姿を見つけた。
老人は、卓から持ってきた小さな珍しい細工の見本を、手の中でしきりに回していた。
節くれだった指に、古い彫刻刀の傷が白く残っている。
その横を、舜太が通りかかった。
書状の束を抱え、太智と短い言葉を交わしながら、歩いていく。老人の手元には、目を留めなかった。
柔太朗は、胸の奥が小さく軋むのを感じた。
白色の国の工房で、初めて会った少年は、見知らぬ細工を見るたびに足を止めた。
こんな細かいの、どうやって彫るんと目を輝かせて、手元を覗き込んだ。
あの好奇心が、舜太をほかの誰とも違う存在にしていたのに。
今の舜太は有能だった。
論理は明快で、数字に強く、反対派を正面から説き伏せる。周囲は、それを成長と呼ぶだろう。
けれど、成長の陰で、何かが静かに削がれている。
近くにいた太智が、柔太朗の視線に気づいて目を伏せた。何か言いたげな表情だった。
その夕刻、柔太朗は、王宮の一角に設けた小さな工房に組合長を招いた。
棚には、持ち込んだ道具が並んでいる。
白色の国の工房の匂いが、ほんの少しだけここにも移っていた。老人は見慣れた道具の列を見て、わずかに表情を緩めた。
「殿下の手は、変わりませんな」
「ありがとう。……お願いが、あるんです」
柔太朗は、一枚の紙を卓に広げた。
「公の基準は、交易の契約と関税に限る。工房の中で使う月尺は、そのまま残す。銘も型も工房の自治も、手をつけない」
老人の眉が、わずかに動いた。
「その代わり、関税の検査を、組合の自己申告から官の立会いに切り替えさせてほしい」
「……自己申告は、我らの誇りです」
「分かっています。それでも」
「殿下」
老人の声が、低くなった。
「殿下も、結局は王子様ですな。舜太殿の側にお立ちになる」
その言葉は、柔太朗の胸に、まっすぐに刺さった。
柔太朗は、視線を逸らさなかった。
「銘と工房の自治は、誰にも渡しません。それは約束します。……でも、検査を受けなければ、黒の基準が入ってきたとき、月尺ごと守れなくなるかもしれない」
老人は、長い間黙っていた。やがて、細工の見本を卓の上に置いた。
「……期限を、切っていただけますか。三年。それ以上は飲めません」
「分かりました」
老人が去ったあと、入れ替わりに、若い職人が一人、訪ねてきた。組合長の弟子だという。
「殿下。検査官が少なすぎます。小さな工房は、立会いを待っているうちに仕入れの時期を逃します。大きな工房ばかりが得をします」
柔太朗は、言葉を失った。
見落としていた。大きな工房には検査の人手を割けても、数人で営む小さな工房にその余裕はない。
負担は、一番弱いところに偏る。
「……その通りだ。検査官を増やします。小さな工房には、巡回の日を決めて回らせる」
「お願いします」
若者が去ったあと、柔太朗は一人、工房に残った。
自分は、正しいことを言ったつもりだった。
合理的であることと、受け入れられることは違う、と。
けれど、受け入れさせるための妥協の中にも、誰かの痛みが混じっている。
舜太を責める資格は、自分にもない。
夜になっても、政庁の灯は消えなかった。
柔太朗は、自室の卓で帳簿を広げていた。
派兵の補給にかかる費用の、割り当て表だった。
黒が負担する半分の残りを、赤と黒の国が持つ。
その内訳の欄に、柔太朗は指を止めた。
白色の国の、関税収入の一部。
その項目が、確かに並んでいた。
柔太朗は、白の収入が補給に回されることを聞いていない。
決定は、昨日の交渉の席ですでに下されていたのだろう。
帳簿の上で、事後に整えられた数字だった。
責める気持ちは、不思議と湧かなかった。
ただ、静かな痛みだけが、胸の底に沈んだ。
扉が、控えめに叩かれた。
「柔太朗様。太智です。追加の帳面をお持ちしました」
太智は、帳面を卓に置き、そのまま立ち去ろうとして、足を止めた。
「……舜太様、最近、よう寝てはりません」
柔太朗は、顔を上げた。
「太智は、何か知っている?」
「俺の口からは、何も」
太智は、少し困ったような顔をした。
「ただ、舜太様は、柔太朗様に心配をかけたくないだけやと、思います。それだけはお伝えしときます」
太智が去ったあと、柔太朗は、しばらく動けなかった。
やがて、立ち上がり廊下へ出た。
舜太の部屋の前まで来ると、扉の隙間から、細い灯りが漏れていた。
中から、紙をめくる音がかすかに聞こえる。
声をかけようと、手を上げた。
その手が、扉に届く前に止まった。
何を、話せばいいのだろう。
補給のことか。黒の都のことか。それとも、あなたは大丈夫かと、聞くのか。
聞いたところで、舜太は、大丈夫やと笑うだろう。あの、大丈夫ではないときの笑い方で。
柔太朗は、胸元に下げた金の太陽に、そっと触れた。
話してくれるのを、待つ。
それは、優しさなのか。それとも、ただ、怖いだけなのか。
手を下ろし、扉に背を向けた。
廊下の端で、足が止まった。
柔太朗は、振り返った。
扉の隙間の灯りは、まだそこにあった。
それを、しばらく見つめていた。
灯りは、夜が更けても消えなかった。
コメント
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読ませていただきました……。 度量衡統一の場面、すごく好きです。合理的な正しさと、人々の誇りや習慣を守ることの間で揺れる、どちらの立場も分かるからこそ胸が苦しくなりました。「成長の陰で、何かが静かに削がれている」という柔太朗の気づきに、はっとさせられました。 そして最後、声をかけようとしてやめてしまう距離感が、あまりにも切なくて……。大丈夫じゃないときの笑顔、覚えてるからこそ踏み出せないもどかしさが、伝わってきました。 続きがとても気になります。