コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
四人で仲良く協力したおかげで、昼食は無事に完成した。
出来上がった料理をルシンダが皿に盛り付けていると、レイが期待に満ちた表情でやって来た。
「おっ、今年も美味そうだな」
「あ、レイ先生。よかったらどうぞ」
ルシンダが味見をすすめると、レイは遠慮することなく口いっぱいに頬張る。
「うん、美味い! これのおかわりは……」
「レイ先生、そんなに食べては生徒たちの分がなくなってしまいますよ」
いつの間にかサイラスもやって来て、レイに釘を刺してくれた。
「おっと、つい食べすぎるところだった。……アーロン、そんな怖い笑顔で見なくても、もう食べないから安心しろ」
食べ終えた皿を置いて、レイが苦笑混じりに言う。
ルシンダは新しい皿に料理を盛り付けて、サイラスに手渡した。
「あの、サイラス先生もよかったら召し上がってください」
「いいのですか? では、お言葉に甘えて」
サイラスが山盛りになったフリットを一つ取って口に入れる。
「なるほど、これは本当に美味しいですね」
「ありがとうございます。エリアス殿下が釣ってくださったお魚なんですけど、揚げ物にすると美味しいんです」
「そうですか、エリアスくんが。頑張りましたね」
「いえ……」
エリアスは照れているのか、反応がぎこちない。
それをアーロンが可笑しそうに眺め、からかうような目線に気づいたエリアスが睨み返す。そしてそんな二人をレイがなだめて……。
微笑ましい様子に、ルシンダは思わず顔を綻ばせる。
「みんな、テーブルに並べ終わりましたから、一緒に食べましょう!」
ルシンダが呼びかけると、今まで軽口を言い合っていたアーロンとエリアスが、パッと同時に振り返った。
「今、行きます!」
「すぐに行く!」
返事のタイミングまで同じなのが可笑しくて笑ってしまう。
(今年の臨海学校も楽しいな)
みんなで一つの食卓を囲みながら、ルシンダはこれから待っているだろう楽しい出来事への期待を膨らませるのだった。
◇◇◇
昼食の後は、近くの浜辺でビーチバレーやスイカ割りのイベントが行われた。
本気で勝負する男子たちと、きゃあきゃあ言いながら緩く楽しむ女子たちの対比が面白かったし、身体を動かした後に食べる冷えたスイカは格別に美味しかった。
イベントが終わった帰り道、ミアのお喋り──「アーロンが意外と鍛えてる」だとか「エリアスも意外に運動神経がいい」だとか、一歩間違えれば不敬罪に問われそうな話に適当に相槌をうっていると、風に乗ってマリンとキャシーの会話が聞こえてきた。
「去年までは水泳の練習があったらしいんだけど、今年になっていきなりなくなったらしいよ」
「え〜、なんでだろうね。私は水着になるのが恥ずかしいからなくなって良かったけど」
「そうね。でもレイ先生とサイラス先生の水着姿見たかったなぁ」
「もう、マリンったら!」
ちらりと二人に視線を向け、あちらも女子トークを楽しんでいるなぁなどと思っていると、ミアがこっそり耳打ちしてきた。
「水泳がなくなったのって、ユージーンのせいらしいわよ」
声に若干の刺々しさを感じる。ルシンダは水泳のカリキュラムがなくなってくれて嬉しかったが、どうやらミアはご立腹らしい。
「あなたの水着姿を男共に見られるのは許しがたいからって、カリキュラム変更についての稟議書をまとめて、それが学院の会議で通っちゃったんだって」
「えっ、そうなの!?」
「そうよ、あのシスコン……。せっかく原作で見られなかったみんなの水着姿を目に焼きつけておこうと思ってたのに……」
ミアが恨めしそうに呟く。
(あ、これ絶対「自家製スチル」とか言って、あることないことスケッチブックに描いちゃうやつだ……)
そう直感したルシンダは、水泳がなくなったことに、そしてユージーンの妹第一主義の暴走に、ひたすら感謝した。
◇◇◇
そして夜になり、生徒たちは花火を観るためにまた海へとやって来た。
浜辺に並べられた打ち上げ花火が、夜空に向かって次々と花開いていく。色とりどりの光が揺れる水面に映ってとても幻想的だ。
ミアと一緒に花火に見惚れていると、サイラスが声を掛けてきた。
「花火、綺麗ですね」
「サイラス先生。こんなに本格的な花火だとは思いませんでした」
「よくお祭りで上がる花火より綺麗な気がします」
「ああ、お祭りでは火薬の花火を使うのが一般的ですが、今日の花火は火の魔術を使っているんです。造形も発色も繊細で美しいですよね」
「そうだったんですか。さすが魔術学院なだけありますね」
感嘆の溜め息を漏らすルシンダに、サイラスが「ところで」と切り出す。
「お二人とも、臨海学校はいかがですか? 楽しんでいますか?」
「はい、とっても楽しいです」
「海なんて滅多に来ないものね」
ルシンダもミアも笑顔で答える。
本当に、久しぶりの海は感動するほど広く碧く美しくて、心から楽しんでいた。
「それは何よりです。特にルシンダさんは授業態度が非常に真面目で、とても素晴らしいと思いますが、学生生活で大切なのは勉強ばかりではないですからね」
「……そうですね。友情ももっと深められるよう頑張りたいなと思ってます」
「いいですね。勉強と友情──」
サイラスがじっとルシンダの目を見つめ、意味深に微笑む。
「あとは恋があれば完璧ですね」
「こ、恋……ですか?」
サイラスの口から発せられた思いがけない単語に、ルシンダは目をぱちぱちと瞬かせる。
「はい、恋も学生生活には欠かせない、大切なものですよ。心を豊かにしてくれて、きっとルシンダさんの魔力にも好影響を与えてくれるはずです」
「えっ、恋にそんな力が……?」
恋をすると魔力が上がるなんて、いかにも乙女ゲームらしいが、たしかに魔術を使う際は精神状態が大きく影響するから、サイラスの言葉には納得できる。
「恋……してみたいかも?」
何気なくそう呟くと、サイラスはくすりと笑みを漏らした。
「恋をしたいなら、まずは身近な人に目を向けることをお勧めしますよ」
そう言って見つめた先では、アーロンとエリアスがムッとしたり笑ったりしながら、何か話しているようだった。
「身近な人……」
「──では、私は打ち上げ花火の片付けがあるので、そろそろ行きますね」
サイラスは整った笑顔を浮かべ、そのまま岩場のほうへと消えていった。
「……なんか意外だったわね。サイラス先生が恋について語り始めるだなんて」
「そうだね。ビックリしちゃった」
「しかも身近な人がお勧めだなんて、なかなか分かってるじゃない」
ミアがにやりと笑う。
「ところで、あなたも恋してみたいだなんて、本気?」
「えっと、魔力が上がるのが本当なら、ちょっとしてみたいかもって思ったり……」
「はぁ、やっぱりそういう動機なのね……。まぁでも、どういう理由にせよ、興味が出てきたのはいいことかもね」
「でも、恋ってどうやったらできるんだろう? ミアは分かる? 私、前世も含めて今まで恋なんてしたことなくて……」
ミアは前世では大人の女性だったのだ。だからきっと恋愛に詳しくて、恋をする方法も教えてくれるはず。
そう思って尋ねたルシンダだったが、ミアは優しくかぶりを振った。
「ルシンダ、恋がどうやったらできるかなんて、誰にも分からないのよ」
「えっ、そうなの……!?」
「ええ。だって、恋は気づいたときには落ちているものだから」
「……!」
「まあ、強いて言えば、好みのタイプに当てはまる人に恋しやすいっていうのはあるかもしれないけど。あなたはそういうのないの?」
逆にミアに尋ねられ、ルシンダはなんとなく夜空を見上げて考える。
去年の林間学校で夜中に女子トークをしたときに、「火力のある戦士タイプが好き」と答えたけれど、聞かれているのはそういうことじゃないと今なら分かる。
好みのタイプ。好ましい性格。心惹かれる人。もっと知りたいと願ってしまう人。
それは自分にとって、どういう人なんだろうか。
ゲームでは物理的に強いキャラクターを求めがちだったけれど、現実世界でとなると、あまり気にするようなポイントではない気がする。
自分が一緒にいて幸せだと思えるのは……。
「──たぶん、温かい人がタイプだと思う。……あと、ちゃんと旅に行かせてくれる人」
「ふふっ、旅って……あなたらしいわね」
ミアがおかしそうに笑う。
「でも、温かい人だなんて、意外とまともな答えが返ってきて安心したわ」
どうやら今回は呆れられずに済んだようだ。ほっとすると同時に、ミアはどんな人が好みなんだろうと気になる。
「ねえ、ミアはどういう人がタイプなの? ミアは大人だから、レイ先生とかサイラス先生みたいな人?」
とりあえず知っている大人の人を挙げてみたけれど、ミアの表情は微妙そうだ。
「うーん、たしかに二人ともイケメンだけど、恋人となるとちょっと違うかしら。レイ先生みたいに男らしいのは合わない気がするし、サイラス先生は落ち着きすぎてるし……」
顎に手を添えながら真剣に考え込むミアは、しばらく熟考した後、おもむろに口を開いた。
「かわいげだわ」
「え?」
「わたしが恋人に求めるのは、可愛げだってこと」
自分でも納得の答えだったのか、何度も大きくうなずいている。
「ふふっ、お互いにいい恋ができるといいわね」
「うん、そうだね。魔力アップのためにも」
「またあなたはそんなこと言って……」
呆れるミアにおでこをツンツンされながら、こんな自分でも、いつか恋ができたらいいなと心の中でそっと願った。