テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「ん……ぁ…っ」
ただの、唇を重ねるだけの行為なのに。
身体中の力が抜け、心臓の音だけが耳元でうるさいほど鳴り響く。
あまりの快感と、彼に愛されているという暴力的なまでの幸福感に
私の意識は蕩けそうになり、気づけば彼の腕の中で弱々しく甘い声を漏らしていた。
アイン様の呼吸が目に見えて荒くなり、その瞳の奥に潜む、飢えた獣のような光が強く燃え上がる。
けれど、彼は必死に理性を繋ぎ止めるように、私の肩に顔を埋めて何度も深く深呼吸を繰り返した。
「…また今度にしよう。そんなに急がなくても、俺たちはずっと一緒にいるんだ。時間はたっぷりあるだろ?」
その言葉に、私は心のどこかで安堵の吐息を漏らした。
アイン様は、どこまでも私を大切に思い
私が壊れないように、傷つかないように守ってくれている。
唇が離れるその瞬間まで、彼の唇の熱さが鮮明に残っていた。
呼吸が乱れ、喉の奥が熱で震える。
私は無防備に開いたままの唇を閉じることさえ忘れ
ただ彼の広い肩にしがみついたまま、その余韻に浸っていた。
「……大丈夫か?」
低く掠れた、鼓膜を震わせる囁きが耳元をくすぐる。
「……」
こくんと小さく頷くのが精一杯だった。
全身の骨が抜けてしまったみたいに、アイン様の厚い胸板の中に深く沈んでいく。
濡れた私の唇を愛おしそうに拭うように、彼の親指がゆっくりと輪郭をなぞった。
それだけでびくりと肩が跳ね上がるのに
彼は咎めもせず、聖母のような慈愛に満ちた笑みを浮かべている。
「怖がらなくていい。少しずつ、君のペースでいい。こうして君を抱きしめているだけで、俺は十分幸せだからな」
ふわりと髪を撫でられる。
大きな掌が旋毛から項へ、慈しむように滑る。
まるで、世界にたった一つしかない壊れ物を扱うような、慎重で優しい手つき。
私は安心して、子猫のように小さく彼の胸に頬をすり寄せた。
「…ふふ、アイン様…相変わらず優しいですよね。…そう言ってもらえると、安心します」
絞り出した返事が、安堵でわずかに嗚咽混じりになる。
嬉しくて、照れ臭くて、それでいて何より……
この腕の中が世界中で一番安心できる、私だけの聖域だと思えたのだ。
「私も……こうしていると、アイン様の匂いに包まれていて…すごく幸せです」
アイン様の胸元が、ほっと緩んだのが伝わった。
そのまま逞しい腕が私の細い背中に回され、隙間なくぴったりと抱き寄せられる。
彼のドクン、ドクンという力強い鼓動が、薄い寝間着越しに直接響いてくる。
少し速い鼓動。
それが私の言葉のせいだとしたら、あまりに愛おしい。
「それはよかった…おやすみ、シンデレラ」
耳朶に落とされたその声は、最高級の蜂蜜のように濃厚で、どこまでも甘かった。
瞼がじんわりと重くなり始める。
鼻腔いっぱいにアイン様の清涼な香りが満ちていく。
彼の体温で包まれたこの空間は
まるでお伽話に出てくる揺り籠のようで、すべての緊張が溶け去っていった。
(夢……じゃないんだ)
霞んでいく思考の端っこで
最後に思い浮かべるのは、この温もりを決して失いたくないという切実な願い。
そして、彼がくれた、あの甘く熱い唇の感触…
───ああ……本当に、幸せ。
深い愛情に心地よく酔うように、私は彼の胸板にそっと頬を預け直した。
(明日こそ……アイン様のためにも、自分のためにも……もっと勇気を出して、応えたい…)
柔らかな睡魔に身を委ねて目を閉じると同時に
唇に再び、羽根が触れるような優しい口付けを感じた気がした。
それが夢なのか、現実の愛の証明なのか区別がつかないまま
私は最も愛しい人の腕の中で、心地良い微睡みの海へと、完全に飲み込まれていった。