二次会が終わり、タクシーで家に帰った。
雅史はお酒のせいかとてもご機嫌で、いつになく酔っ払っていた。
礼服のままソファに倒れ込んだ雅史を置いて、先にシャワーを浴びた。
《圭太ちゃんは寝てしまったから、明日にでも迎えにきて》
と実家の母からのLINEを確認して、ホッとしてのんびりした気分になる。
_____圭太がいないのは少し寂しいけれど、久々にゆっくり寝れそう
髪を乾かし、ソファで寝ていた雅史に毛布を掛けた。
「風邪、ひかないでね」
それだけ言って寝室に行こうとした時、グイッと左手首を掴まれ思い切り引っ張られた。
「きゃっ!」
ソファに倒れ込んだところを、上から雅史が覆い被さる。
「え、やだ、ちょっと、やめて!」
「いいだろ?今夜は圭太もいないんだし。久しぶりに濃厚なやつ、しようよ、ほら」
酔ってるせいか、たどたどしくネクタイを緩めシャツのボタンをはずしている雅史。
「イヤだってば!やめて」
「なんでだよ、こんなチャンス滅多にないんだぞ?ほら、早く!」
濃厚なやつと言いながら、服を脱ぐのでさえせかしている雅史は、自分の欲のためだけに動いているとしか思えない。
「お願いだから、やめて」
「なんでだよ、いいだろ?それともアレか?」
「は?」
「アレならアレで、口でやってくれよ」
生理のことを言っているのだろう。
ほら!とズボンを下げて下着姿になる。
私が動かないでいると、クイッと顎をつかまれ、唇を重ねてきた。
タバコとお酒と何か食べ物と……口臭までが酷く感じて、吐き気がして雅史を押しのけた。
「なっ、なんだよ、なんでそんなに嫌がるんだよ?さてはお前、浮気でもしているのか?」
_____は?!浮気?私が?
遠藤みたいな男とだったら、ある意味清廉で満足のいくセックスになるだろうなんて想像したことはあったけど。
返事に少しの間が空いてしまい、慌てて返す。
「なんでそうなるの?いつも私の気持ちなんか考えずに自分勝手にするからでしょ?せめてシャワーを浴びて酔いをさましてからにして」
_____それでも、したくないけれど
中途半端な服装のまま立ち上がった雅史は、一瞬、キッと強く私を睨む。
そしてそのまままた私に被さり、押さえつけた。
「イヤだって!」
「よく言うよ、こういう強引なのが好きだってこの前言ってたじゃないか。嫌がるフリなんだろ?」
_____え?
雅史のセリフに、思考が停止した。
抵抗を止めた私に、雅史の動きも止まった。
「……この前って?」
低い声で問う。
「は?!え?俺なんか言った?」
自分が吐いたセリフに、慌てている。
浮気相手のセリフだろうと簡単に予想がつく。
「強引なのがいいって、誰が言ったの?」
「いやいやいやいや、誰だろ?ん?夢?あ、そうだ夢だな、俺、めっちゃ酔ってるし」
両手で派手にパンパンと自分の頬を叩いている。
「誰が言ったの?」
「だからあ!酔っ払ってるから夢と現実がごちゃ混ぜになったんだってば!」
「………」
どう答えようか、なんて問い詰めようか頭の中でぐるぐる回る。
「んなことはどうでもいい!とにかく!ほら、ベッドに行こう」
腕を掴まれて強引に寝室に連れ込まれた。
ぼんやりと浮気してるんだろうなと考えていたことがいきなり現実味を帯びたことで、思ったより動揺している私がいた。
そんな私にお構いなく、雅史は1人息を荒げて上り詰めていく。
私は冷めてしまって、されるがままだ。
無理矢理されるくらいなら外で誰かとしてくれた方がいい、そう思っていたのに、いざそれが事実だと知らされると、やはり苦しいものがある。
_____こんなふうに、独りよがりのセックスをしているのだろうか?私が知らない女と
愛する人との大切な行為だったはずなのに、今は雅史のことを自分のことしか考えない発情したオスとしてしか見られない。
_____変わってしまったのは私?
濃厚な……と言いながら、いつもよりあっさり自分だけ満足して寝てしまった雅史を、まったく知らない他人のように見てしまう。
自業自得なのは私なのだろうか。
雅史の要求にちゃんと応えられない私が悪いのだろうか。
すっかり寝てしまった雅史を置いたまま、もう一度シャワーを浴びた。
熱めのお湯で頭のてっぺんからザーッと流す。
ひどく惨めで、感情がぐちゃぐちゃで、シャワーの音に紛れて声をあげて泣いた。
何が悲しいのだろう?
雅史が他の女を抱いたから?
私と誰かを間違えたから?
違う。
雅史のことを圭太の父親としてしか見られなくなってしまって、雅史の要求にうまく応えられない自分が、やりきれなくなった。
_____浮気されても仕方ない
浮気を責める資格がないと、思った。
眠れないまま、時間だけが過ぎていく。
ぐしゃぐしゃの感情を、雅史に気づかれないようにずっと背中を向けていた。
ブーンと雅史のスマホが震えて、何かを受信したようだ。
暗がりの中に小さく灯りが点滅している。
_____浮気相手?こっそり見ようか?でも
生々しいやり取りを見ることになったら、今の私では気持ちが保てないだろう。
そのままにして寝たフリをする。
朝方。
雅史が起き出してシャワーを浴びているようだ。
私がこんな気持ちでいることは、想像もしていないらしい。
ベッドに戻りスマホを確認している気配がする。
「は…?」
小さくつぶやく雅史。
なにか返事をするのだろうかと思っていたけど、そのまま閉じたようだ。
いつのまにか朝になり、アラームより先に起き出して家事を始めた。
複雑な心境は変わらないけれど、主婦である以上やるべきことはやらないとと自分を奮い立たせる。
いつも通りに過ごすことで、なんとか気持ちの整理をしようと試みた。
「……おはよ」
まだ寝ぼけた顔で雅史が起きてきた。
昨夜のセリフは誰のものか、今ここでハッキリさせようかと思い切って訊くことにした。
「おはよう、あ、あのさ、昨夜の……」
「あ、悪い!昨夜のことは謝るよ、酔っ払っていてあんまり憶えてないけど、なんか、自分勝手にしちゃってごめん。まあ、新婚さんにあてられて変に興奮したのかなあ?」
「あ……、あの、ホントに憶えてないの?」
「ごめん、夢と現実がごっちゃになってたみたいで、もう記憶がわやくちゃだわ。それより、コーヒーお願い」
私と目を合わせない、ということは憶えているということなのにとぼけている。
はぁ……。
隠そうとしているということは、家庭を台無しにするつもりはないということだろう。
それでもずっとモヤモヤしている。
体より心の方が、痛みを感じている。