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#溺愛
高瀬船
934
#女性向け
常陸之介寛浩
840
黒猫ている
2,077
#ハッピーエンド
黒猫ている
502
継母が私の名をヘルマと省略して呼ぶのは、決まって我が儘をいう時だ。それは決して愛称ではない。私の名に、兵士の意味を持つヘルマーをかけてつけた、質の悪いあだ名だ。
でも、幼い頃の私は「ヘルマ」を愛称だと思おうと努力すらした。
お姉様は私をミーナと呼んでくださる。セドリックもミーナ姉様と。亡きお母様もそうだったし、お父様はヴェルと呼んでくださった。だから、初めて継母に「ヘルマ」と呼ばれた時は、自分のことだと思いもせず、返事ができなかった。
そのことに対して、お父様は私を「お前と仲良くなろうと努力をするケリーアデルの気持ちが分からないのか!」と散々叱りつけたのよ。今思えば、その時に愛称だと刷り込まれたのかもしれない。
幼かったのよ。お継母様が愛称で呼んでくれたのだと必死に受け止めようとした。「ごめんなさい、許してください」って、泣いて頼んだわ。
お母様を亡くして、愛されたい一心だったのよ。
勿論、それは昔の話。今は、あの人に愛されたいなんて欠片も思っていない。
「ヘルマ」と呼びつける意味を知ってしまったし、そこに愛情なんて欠片もないと分かっている。あの人にとって私はただの駒、使い勝手のいい駒にすぎないってね。
姿勢を正した私は、継母の登場に身構えた。
さぁ、今回はどんなワガママを突きつけるのかしら。もう、幼い私とは違うのよ。涙一粒、見せるものですか。
勢いよく扉が開かれた。
姿を現した継母は、金糸の刺繍でごてごてと彩られた真っ赤なドレスの裾を、これ見よがしに翻した。
「ヘルマ! どういうこと!?」
厚化粧の継母は、足を鳴らして執務机の前に立った。
「どうされましたか?」
「どうもこうもないわ! ペンロド公爵夫人のお茶会に呼ばれていると言ったでしょ。なのに、新しいドレスが出来上がっていないのは、どういうこと!?」
継母は扇子をパチンと閉じると、その先端を私の頭に叩きつけた。
衝撃に奥歯を噛みしめ、机に突っ伏しなかった自分を心の中で褒めたたえ、わずかに崩れた姿勢を正した。
「毎回、同じドレスでは失礼だと思わないの?」
「我が家の財力では、お茶会の度にドレスを新調するのは無理です」
「宝石だって、もう何回も使いまわしているのよ!」
「では、不要な宝石をお売りになってください」
「何故、私の宝石を売らなくてはならないのですか!?」
「しがない地方領主では限界があります。聡明なペンロド公爵夫人でしたら、ご理解くださるでしょう」
「お黙りなさい! 知った口をきいて。生意気な!」
再び振り上げられた扇子の先端が、私の頬を強かに打ちつけた。口の中に広がる血の味を呑み込み、ぐっと堪えた。
「お前が無能だから、母親の私がこんな惨めな思いをするのですよ!」
「……申し訳ありません」
着飾って贅沢三昧をすることしか能のない継母に歯向かうことはできない。だけどこれ以上、顔を殴られたら屋敷の皆に心配をかけてしまう。
ままならない思いに首を垂れ、瞳を伏せた。そうして、継母から見えないところで拳を握りしめ、歯を食いしばった時だ。
「ケリーアデル様、先週、ヘイゼル伯爵夫人とのお茶会で身につけられたブローチは、まだ公爵夫人へお見せになっていないと思います」
「ブローチ?……そうね。あのガーネットなら見栄えも良いわね」
「それと、先日お求めになったステラ・シュタインのショールを合わされるのは、いかがでしょうか」
淡々と告げるダリアに、不愉快そうな顔をしていた継母だったが、ステラ・シュタインの名を聞いた途端に、ぱっと表情を輝かせた。
ステラ・シュタインとは、近年、王都で大人気の服職人の名前だ。当然、地方にいてはリボン一つを手に入れるのも苦労するし、ショールともなれば貴夫人たちの羨望を一身に受けるようになる。
手に入れるのに、ものすごく苦労したのよね。私の努力に感謝ひとつせず、継母は当然のように身につけて、会う人たちに見せびらかしている。感謝されたくて手に入れたわけではないが、本当にままならないことばかりだ。
ふんっと鼻を鳴らした継母は、私に蔑んだ瞳を向けた。
「誰のおかげで、公爵夫人を始め多くの貴族と繋がりを持てているのか、よく考えなさい!」
それは、先祖代々が守ってきた領民の作る魔法繊維のおかげです。と言う訳にもいかず、静かに「お継母様のおかげです」と返せば、音を立てて扇子が広げられた。
「お前は金勘定をするくらいしか出来ないのだから、この母に惨めな思いをさせるんじゃありませんよ。分かったら、新しいドレスの注文を急ぎなさい、ヘルマ!」
身勝手な言葉を並べ立てた継母は、高笑いをしながら執務室を出ていった。
コメント
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えっと…また胸がぎゅってなったよ。 「ヘルマ」が決して愛称じゃないって、幼い頃に泣きながら謝ったミーナの過去が切なすぎるし、今だって扇子で叩かれて血の味を飲み込んで耐えてるのに、継母は全然気づかないどころか高笑いしながら去っていくんだもんね。 それでもダリアにステラ・シュタインのショールの話をさせて、継母をうまくあしらうミーナの立ち回りは本当に巧いなって思った。 ままならない日々だけど、この感情の重さ、僕はちゃんと受け止めたよ。