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遠くて近い距離
#ひなの七夕祭り🎋
꒰ 注意 ꒱
太中
*
気付いたら夜空に向かって手を伸ばしていた。
指先に赤い色が被さって、光が見えなくなった。
届いているように見えるのに、手をずらすと直ぐそこにいるのに、僕と君の距離は明白でこちらの声は届かない。
当然気付かれることが無いのだから君がこちらを振り返る事はない。
天の川を背景に浮かぶ君が、とても遠かった。
*
「太宰さん、今日探偵社の皆さんとお祭り一緒に行きませんか?」
そう誘われたのはある日の夕方の事だった。もう日は陰ってきているのに探偵社の中は蒸し暑く気温は下がったように感じられない。窓の開いた所から生ぬるい風が入ってくる。そろそろエアコンに仕事をして貰った方が良いのではないか、と私は思うのだが、国木田くん曰く電気代が勿体ないらしい。我慢出来る所までは我慢しろと言われてしまった。私は上半身を預けていた机から顔を上げて、敦くんが立つ右側に視線を向けた。敦くんが持つチラシにはでかでかと”七夕祭り”と書いてあった。
「お祭り、?」
「はい!一緒にどうかなって、、、普段の労いも兼ねてと言いますか……」
どうですかね?と伺うように問いかけられる。最初で最後にお祭りに行ったのはポートマフィアに居た時の事だから確か6年か7年前だったと思う。あの時は森さんに無理やり連れて行かれてとても面倒だった。人は沢山居るし、暑いし、歩くの疲れるし。1番最悪なのは森さんの連れだと見られる事だ。誰が好き好んで幼女を溺愛する人の連れになりたいのだろう。まぁ中也は首領が直々に声を掛けて下さったんだから、とか何とか言って割と乗り気だった気がする。組織愛もここまでくるとどうなんだろう、と思った記憶がある。それからというもの、この季節になると森さんが夏祭りに誘ってくるようになった。私は色々な理屈を並べてその役目は中也に押し付けたけれど、中也は毎回着いて行っていた。今年も行くのだろうか。
「んー、まぁ行ってもいいけど」
「え、本当ですか!?」
「うん」
「ありがとうございます!!」
やったぁ!と言いそうな顔で敦くんはお礼を言う。周りには音符が浮かんでいるようだ。
その時、ガチャと音がして今まで外に出ていたメンバーが戻ってきた。
「ただいま戻りました〜」
先頭で入ってきた谷崎くんが挨拶する。後ろからナオミさん、鏡花ちゃん、与謝野さん、国木田くん、乱歩さん、そして最後に社長がぞろぞろと列をなして入ってきた。社長を除いて皆何かの袋を持っていた。谷崎くんだけ何故か3つの袋を持っている。
「はい、敦くん。後太宰さんも」
何だろうと思っていると谷崎くんから袋を渡される。思っていたより軽い。
「……?」
広げて見ると麻の葉の柄が入ったベージュの着物だった。
「太宰も行くだろうと思ってね!僕が直々に選んであげたんだよ!」
乱歩さんが谷崎くんの後ろから誇らしげに声を上げる。
「へぇ、ありがとうございます」
「わぁ!似合ってますわよ!敦さん、鏡花ちゃん!」
後ろに目を向けるといつの間に着替えたのか敦くんと、鏡花ちゃんが写真を撮られていた。敦くんは白色の着物で左側に水墨画で描かれているような虎のイラストが入っていた。鏡花ちゃんは何時もの赤色の着物ではなく、黄色の花柄の着物だった。2人とも良く似合っていると思う。
「な、ナオミさん!そんなに写真撮らないでください!」
「敦、」
「そして何で鏡花ちゃんは乗り気なの!?」
延々と写真を取られる恥ずかしさに耐えられなかったのか敦くんが顔を赤くして声を上げる。対して鏡花ちゃんはリクエストに答えてポーズを次々と決めていた。2人の温度差が面白い。
「よし!じゃあ他の皆も着替えたら夏祭りに出発だ!」
オレンジ色に染まった室内に乱歩さんの声が響いた。
*
会場に着くと、もう沢山の人で溢れていた。屋台の前には大勢人が並び、客を呼び込む声が飛び交っている。鉄板で焼く音が聞こえ、食べ物のいい匂いがした。至る所に設置されたスピーカーからは太鼓の音楽が流れている。
私は皆が歩く1番後ろを歩いていた。乱歩さんと社長は前の方にいて、早速綿あめやらりんご飴やらを買っている。その次にはナオミさん、谷崎くん、与謝野さん。そして敦くん、鏡花ちゃんと続いている。人が多すぎて歩くのがやっとだ。右を向いても左を向いても人ばかり。これは見つけるのが難しそうだと思うのも束の間聞き覚えのある声が聞こえた。
「⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ここで大丈夫ですか、エリス嬢」
見ると私が探していた青年は短冊を笹に付けているところだった。カーキ色の立涌柄の着物に身を包んでいる。傍に金色の髪をもつ女の子の姿があった。思ったよりも早く会えて口元が綻んだ。
「ええ、大丈夫よ!チュウヤありがとう!」
「いえ、これぐらいお易い御用ですよ」
「ちゅーやっ!久しぶり!」
目線を合わせるのにしゃがんでいた、何時もより更に小さい背中に飛びついた。驚いた顔がこちらに向けられる。
「ダザイ!久しぶりね!」
「お久しぶりです」
にこにことエリス嬢と笑顔を交換する。と1泊置いてやっと言葉が返ってきた。
「……っテメェ!行成飛び付いてくんじゃねぇッ!!」
ぽかんとした顔からぎゅっと眉が吊り上がり怒った顔になる。だが、最初から怖いとは思っていなかったのに加えて、もう見慣れたものになっているので全然効果はない。むしろ可愛いと思ってしまっている。
「え〜…いいじゃない」
もっと体重を掛けて顔を近付けると、中也は段々目線を逸らして言葉を詰まらせた。少し頬が赤くなっているのが可愛らしい。
「おや太宰君ではないかね」
「森さん」
立って後ろを振り向くと森さんが2つの袋を片手に歩いてきているところだった。紙袋の中央に透明なビニールで中身が見えるようになっていた。フリフリポテトだ。中也も立ち上がり帽子を元の位置に戻す。先程の雰囲気は何処へやらすっかり仕事モードに戻ってしまった。全く面白くない。
「リンタロウっ!遅かったじゃない!もう短冊書き終わっちゃったわよ!」
「ごめんねぇ、思ったより列が長くてね……」
「もう!」
ぷりぷりと怒りながらエリス嬢は袋を受け取る。1つ目の袋を開けて二三本のポテトを取り口に入れる。美味しい!それは良かったよぉと親子さながらの会話が繰り広げられた。その間に中也は森さんの方に行き、この後どうしますか?と声を掛けていた。本当に面白くない。私より森さんを選ぶところが特に。だから⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯、
「森さん、今日の間中也を借りてもいいですか?」
「はぁッ!?手前、何言って」
仕事の方に行くならば行けないようにしてしまえばいい。今日は七夕。織姫と彦星が一年に1度唯一会える日だ。
だからそれくらい、許されたっていいでしょう?
「別に構わないよ」
「え、!?」
今日の間だけ君に手を伸ばす事くらい。
「偶には休息も大事だよ、中也君」
「だってさ、中也。行こ!」
「え、あ、え、おう?」
中也の手を握って屋台のある人混みの方に歩いた。振りほどかれなかった事に安心する。混乱してるだけかもしれないけれど。
「さぁ、先ずは何処に行く?」
「え、あー……綿あめ食べたい」
一瞬思考が止まった。
*
それからは中也と色んな屋台を回った。
「太宰、りんご飴1口いるか?」
「……良いなら貰うけど」
「おう。はい、あーん」
「!?え、」
「どうした?」
「…………甘」
「?そりゃあ、飴だからな」
希望通り綿あめを始めとして、りんご飴、フランクフルト、焼きそば、じゃがバター、フルーツ飴……。食べてる姿が一々小動物みたいで可愛くて心臓が可笑しくなるかと思った程だ。他にも輪投げや金魚すくい、射的をやった。相変わらず射的は下手で全然当たらないのが面白かった。
「これで現幹部って大丈夫なの?」
「うるせぇッもう1回やれば当たる!!」
「とか言ってもう3回目なんだけど?」
「……次で当てる!!」
「え〜…もう行こうよ〜……」
ムキになっちゃって中々止めなかったのはめんどくさかったけど。
「楽しかったぁ……」
「だな」
人混みから外れて、坂を登った後ひっそりと設置されていたベンチに2人並んで座る。ここは花火が見える穴場スポットらしい、と乱歩さんに教えて貰ったのだ。きっとあと10分くらいで夜空に花が咲くだろう。
「俺そこの自販機で飲み物買ってくる」
「うん」
そう返事をして中也の背中を見送る。1人になって静かな空気が流れる。夜の涼しい風が頬を撫で、ふわりと髪を浮かせた。花火の時間が近付いてくる。これが終わればもう今日は終わってしまう。永遠にその時が来なければいいのに、なんて、そんな事起こるはずないって分かっているけれど。思わず天の川に浮かぶ赤い星に手を伸ばしていた。空に向かって手を伸ばした、あの時を思い出す。
それは珍しくポートマフィアの仕事が長引き、森さんに報告書を上げて廊下を歩いている時だった。1面透明な窓が貼られた廊下で私の視界を赤い光が横切った。
「……中也」
天の川目掛けてぐんぐんと空を登っていく。帽子に手を掛けて、笑顔で。
とても綺麗だと思った。
光を纏う君は星の光を受けてキラキラと輝いていた。
だから、気付いたら夜空に向かって手を伸ばしていた。
指先に赤い色が被さって、光が見えなくなった。
届いているように見えるのに、手をずらすと直ぐそこにいるのに、僕と君の距離は明白でこちらの声は届かない。
当然気付かれることが無いのだから君がこちらを振り返る事はない。
天の川を背景に浮かぶ君が、
とても遠かった。
君に其方に行かれてしまったら、私にはもう君に追いつく事が出来ない。
「何やってんだよ?」
不思議そうな声色と共に星空の代わりに中也の姿が視界に映った。怪訝そうにひそめられる眉がはっきりと見える。手に冷たい温度が伝わった。私の分も買ってきてくれたらしい。
「…ありがとう」
お礼を言ってペットボトルを受け取る。すると中也は信じられない者を見たかのような反応をして少し後ずさった。
「なにさ」
「いや……手前がお礼を言うなんて明日槍でも降るかと思って」
「失礼過ぎない?私だってお礼ぐらい言うさ。……頻度が低いだけで」
再び中也が隣に座る。ぷしゅっと空気が抜ける音がして、中也の喉が動く。
「で、何やってたんだよ?」
水を飲み終わった後で中也が此方に視線を向けてきた。何時もより鋭い視線。真面目な視線が私の視線と交わった。
「……別に大した事じゃないよ」
その視線から逃れるように目線をずらす。落ちた緑色の葉っぱがかさかさと音を立てた。
「言えよ。辛気臭い面しといて大した事ねぇ訳ねぇだろ」
驚いて顔を上げる。多分今私はぽかんとした顔をしていると思う。中也に向かって相当腑抜けた顔を晒しているはずだ。
でも、それよりも、
辛気臭い面?
自分では顔に出していたつもりは全く無かったのに。中也に気付かれるまでとなると相当重症らしい。
「言えよ」
再び中也が、まるでカツアゲの時の金出せよみたいな言い方で催促してくる。本当にお人好しだ。私の事を殺したくて仕方ない癖に。
「……届かないなって思っただけ」
「何がだよ?」
そう、届かないのだ。一度私の手を離れてしまったらもう二度と。引き止めるに十分な理由を私は持っていないから。この場合は私から離れたのだけれど、その場合も同じだ。
君と私の住んでいる世界は違くて、肩書きがあったとしても、お互いを強固に繋ぐものではない。君は自由で何処にでも行ける。行ってしまう。私の手の届かない、空の果てまでも。
「よく分かんねぇけど、、、用は死にたいって事だろ?」
「はぁ?」
思っている事とは全然違う言葉が出てきて、やっぱりこんな蛞蝓に言っても伝わんないかと思っていると、中也は立ち上がって私の前に立った。そのまま此方に手を伸ばす。
「手前が何処まで離れた所に行こうが、ちゃんと迎えに行ってやるよ!」
笑顔で言い切られた言葉に息が詰まった。キラキラとした光が視界を横切る。
「手前が例え何処の川で入水しようとしようが何処で首吊ろうとしようが、俺が手前を殺すまで絶対死なせたりしねぇ」
ドヤ顔で自信満々に告げられる言葉に唖然として、あまりの馬鹿さ加減に段々笑いが込み上げてきた。だってそうだろう?
私が君に殺されるはずないのに。
「あはははははッ!!」
「な、何が可笑しいんだよ!」
「あ〜……ふふっ」
涙を拭って、抗議の視線を向けてくる中也の手を取った。
本当に馬鹿だ。
君も、
そして私も。
「頼んだよ、相棒。まぁ私が君に殺される訳ないから精々頑張りたまえ」
「はッ、言っとけ」
絶対殺してやる!という声と共に、色とりどりの花が夜空を彩った。
コメント
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え、あの、平和だけど切ないというか儚いというか…、要するに神ということですね()毎回思うけど表現好きすぎるんだけど!?語彙力が素晴らしすぎる…😭神作をありがとう!!!!