大事を取って今日は王宮に泊まることになった。お母様にめちゃくちゃに怒られるのを覚悟していたのだけど、セドリックさんが上手く取りなしてくれたらしい。レオン殿下にも、元はといえば自分のせいだから気にせずゆっくり休むようにと言われてしまった。
お言葉に甘えて大きくてふかふかなベッドの上にごろりと寝転がる。こんなに立派なベッドに寝ていると、まるでお姫様にでもなったみたいだ。
「フィオナ姉様はこういうの好きそうだなぁ」
姉様はレースとか宝石とかキラキラふわふわした可愛い物が好きだ。実際にいま本人が使用してるベッドだって天蓋付きでキラふわしている。
ぼんやりと天蓋を眺めていると、コンコンと部屋の扉をノックする音がした。時刻は夜の8時になろうとしているが誰だろう。
「どうぞ?」
扉がゆっくりと開き、そこにいた人物に驚愕した。
「こんな時間にごめんなさいね。少しだけお話ししても良いかしら?」
「王妃様……!?」
そこにいらっしゃったのは王妃殿下こと、ベルナデット様だった。
部屋に備え付けのソファに移動し、王妃様と向かい合わせで座る。何なんでしょう……この状況は。
「起き上がって大丈夫なの? 無理しないでベッドに横になったままで良いのよ」
「はいっ! 休んだらもうすっかり良くなりましたので。あっ、あの……そのっ、申し訳ありませんでした!! お茶会を途中で抜け出した上に、体調を崩して皆様にご迷惑をおかけしてしまって……」
「そんなの全然気にしなくていいのよ。セドリックから話を聞いたんだけど、息子があなたを随分振り回したそうじゃない? もうっ、あの子ったら……クレハちゃんは女の子で自分より年下だってこと分かってるのかしら」
王妃様はなんて事ないと笑った後、小さく溜息をついた。セドリックさん……どんな風に説明したんだろう。
「でも、安心したわ。あなたが思ったより元気そうで」
私を心配して様子を見に来て下さったんだ……。優しい心遣いに胸が温かくなる。
「ありがとうございます。王妃様」
「あら、可愛い」
「へっ?」
「そうやって自然に笑った顔、初めて見たわ。仕方のない事かもしれないけど、私の前ではいつも緊張して強張った表情ばかりだったから……」
「すっ、すみませんっ!!」
「謝らないの。でも、これからは私にも徐々に慣れてくれると嬉しいわ」
コンコン。
再び扉をノックする音が部屋に響き渡った。また誰か来たようだ。私は王妃様へ目配せをしてお伺いを立てる。すると王妃様は小さく頷き、私に訪問者への対応を促した。
「どうぞ」
「クレハ、ちょっといいか……げっ……」
「母に向かって『げっ』とは何ですか。『げっ』とは」
2人目のお客様は殿下でした。
「母上……どうしてここに?」
「将来娘になる大切なお嬢様を心配するのはおかしい? それとも、母がここにいると何か不都合でもあるのかしら」
「……そういうわけではありませんが」
「殿下、あの……私に何か御用があっていらしたのでは?」
「えっ? いやその……寝る前に話がしたいなと思っただけなんだけど」
王妃様が殿下の方をじっと眺めている。なんだか妙な空気だ。
「……母上、もういいでしょう。クレハは俺が見てますから、お部屋にお戻り下さい。いないとまたアベルが泣き出しますよ」
殿下は王妃様の背中を押し、扉の方へ誘導していく。そういえば、殿下の弟君のアベル様はまだ3歳くらいだったっけ。
「嫌だわぁ……この子ったら、親を邪魔者扱いして。私だってもう少しお話したいのに」
「はいはい。それはまた機会を改めてお願いします」
王妃様は最後まで文句を言っておられたけれど、殿下によって退室させられてしまった。嘘でしょ……殿下ったら、ほんとに王妃様追い出しちゃったんだけど。
「あの……よろしかったんですか?」
「何か言われた?」
「え?」
「母上に……あの人、何か余計なこと君に吹き込んでない?」
「余計なこと……と言われましても、王妃様は私の体調を気遣って下さっただけでそれ以外は特に……」
「そう……ならいい。そっちに行っても良い?」
「は、はい。どうぞ」
殿下はソファに座っている私の左隣に腰を下ろした。いや……2人掛けソファだし、子供だから充分余裕のあるスペースだけれども。てっきり王妃様と同じように向かい側のソファに座られるのだと思っていた。
「あの、殿下……」
「それ」
「はい?」
「その『殿下』呼び、やめてくれないかな。俺の名前はレオン。名前で呼んで」
「えーと……レオン様?」
「『様』もいらない」
「そんなっ! 殿下を呼び捨てるなっ、ん……」
その直後、彼はいきなり私の顎を片手で掴みとり、自身の顔を近づける。ちっ、近い……
「『レオン』はい、呼んで」
「レ、レオン……」
「うん」
私が名前を呼ぶと彼は顎を掴んでいた手を離す。そのあと頬を軽く撫で、そのまま髪で隠れている耳に触れた。敏感な場所を突然触られて体がピクリと反応する。その様子を見て、彼は微かに目を細めた。紫色の瞳は相変わらず澄んでいて美しい。
「ピアス……ちゃんと付けてくれて嬉しい。それに使われている石は少し特殊な物で、万が一の時にきっと役に立つ。服装との兼ね合いで外す事もあるだろうけど、絶対に手元からは離さないで」
レオンはやはりこの石がコンティドロップスだと分かっているようだ。石に込められた力も彼の物なんだろう。セドリックさんの服を焦がした事や、彼の瞳の色からしてもまず間違いない。
「レオンは……魔法が使えるんですよね?」
私は彼の紫色の瞳を覗き込みながら確認した。
「うん、多少はね。クレハもそうなんじゃないの?」
「はい」
「クレハは知っていたんだね、この瞳の色が意味する事を……。王家に近い人間でも意外と知らない人多いんだよ。なんせ実際に力が使えるのってほんの僅かだから」
たとえ力があっても、それが使えないままで終わる人もいるってルーイ様も言っていた。現に私も彼に指摘されなければそうなっていただろうし。
「クレハは何の魔法が使えるの?」
「私は風です」
「風かぁ……ウチの血筋では珍しいね。ちなみに俺は水と雷」
ピアスの石に込められた力の属性と一緒だ……あの時、セドリックさんの服を焦がしたのは雷の魔法だったのか。
「やっぱり私もそういう武器になりそうな属性の方が良かったです。自分の身を守れるような……私、強くなりたいから」
「クレハは強くなりたいの?」
「はい! 魔法も練習中ですが、いずれは剣術や体術なども学びたいと思って体力作りもしているんですよ。毎朝ランニングと腹筋、腕立てやってます」
レオンは口元を手で覆い、目を逸らして俯いた。その肩は小刻みに震えている。もしかしなくてもこれは……
「レオン! 笑わないで下さい」
「いや、ごめん。だって……公爵家のお嬢様がランニングとか腕立て伏せとかやってるの想像したらおかしくて」
「ひどい。私は本気ですよ! いつかオーバンさんだってお姫様抱っこできるくらい逞くなってやるんですから!」
「オーバンさんって誰?」
「うちの屋敷の体格の良い料理長です」
レオンはもう我慢するのを諦めたのか普通に笑っている。
「レオン……楽しそうで良かったですね」
「ごめん、ごめんなさい! もう笑わない。そっか……でも、どうしてそんなに強くなりたいの?」
「『いざという時のため』です」
「なるほど。そうだなぁ……お姫様抱っこできるくらい鍛えるのはやめて欲しいけど、護身としてある程度闘う術を身に付けておくっていうのは賛成かな」
「レオン……?」
「クレハ、俺が教えてあげようか?」