酒に手がいかない。
「シヴァさん…どしたの?酒飲まないの?」
「アー…ウン」
うりの心配する声に気の抜けた返事をかえす。
なんだろう、目の前の酒に集中できず口をもつけないのは初めてである。
手には持つがその先は進まない。
「…」
今日は朝から色々あった。
目が覚めたらるなさんを抱きしめていたし、プール行ったら可愛いし。死ぬかと思った。
というか、半分脳も体も死んでいる。
明日もう別れるなんて早すぎる。
今頃るなさんはのあさんとえとさんと楽しく会話に花を咲かせているんだろう。
そこを俺が邪魔しちゃ悪い。
だけど、欲を言えばもう少し独占していたかったな。
思考をぐるぐると回してると、控えめなノック音が部屋に響いた。
なおきりさんがはいと答えると、えとさんが扉の向こう側から顔を出した。
俺ら三人をみて、次第に顔が曇った。
「あれ、ねぇ、るなは…?」
「るなさん?来てないけど」
「えっ、えっ?うそ、ほんとに??」
「何だよ、慌ててどうした」
えとさんが焦り始めた。
すぐに反応したうりが立ち上がってえとさんの側による。
「い、いない。るながいないの」
「いないってどういうこと?」
心配したなおきりさんの声も重なる。
えとさんもだんだんと涙声になっていった。
そこでようやく俺は体の向きを変えた。
「待った、いないって…」
「る、るなにね。のあさんも寝ちゃったしシヴァさんのとこ行っておいでって私が言ったの。それから部屋出て…自室にいなかったからてっきりにここにいると思って」
「るなの、るなの靴がないの」
背中に冷たいものが流れた。
外に出たのか。即座に上着をとって三人の横をすり抜けた。
「シヴァさんっ」
「探しに行く。この辺りは明るいけれど危ない。スマホは!?」
「るなスマホ、のあさんの部屋に置いてってて…」
「遠くに入ってないはずだ、たぶんコンビニか散歩だろ。なんかあったらすぐ連絡する」
えとさんはるなさんのスマホをぎゅっと持ったままだった。
目に涙が溜まってる。自分のせいだと思っているのだろうか。
「大丈夫だよ、たぶん10分くらいだろ、なら行けるところは限られてるから。」
あとはうりがフォローするだろう。
気をつけて、となおきりさんの声に片手だけあげて、全速力で玄関へ向かった。
(どこ行った…!?)
きっとコンビニとかだろう、散歩に行ってきます!とじゃぱぱさんとコンビニへ出掛けていくのを見たことがあった。
慣れた道なりを駆け足で過ぎる。
今夜は満月だった。月明かりで道は明るい。
まだマシかなとも思いつつ、人気のない通りは背筋が凍った。
何かあったら嫌だ。
シェアハウスから全速力ダッシュで2、3分、人影が見えた。
見間違えるはずのない後ろ姿を大声で呼び止めた。
「るなさんっっ!!」
「…シヴァさん?」
振り返ったるなさんは、ゆるい部屋着のままだった。ワンピースの上から薄いカーディガンを羽織って上を向きながらふらふらと歩いていた。
「どうし「あぶないよ!?」
つい大きな声を出してしまった。驚いたるなさんの肩が大きく揺れる。我に返った俺は声のトーンをできる限り落とした。
「あの…麦芽飲料買いに行こうと思って…」
「なら声をかけてくれたらよかったのに」
「迷惑、かなって」
「迷惑なんて思うはずないよ」
なぜそんな迷惑だなんて。
るなさんの言葉に愕然とした。
「あのう、シヴァさん無理してないですか?」
「無理って?」
「るなと、その、無理して…付き合ってませんか?」
なんだそれ、そんなこと一ミリも思ってないのに。脳天に衝撃を喰らった。
「シヴァさん私の話いっぱい聞いてくれるし、電話も出てくれてLINEも返してくれて…るなしつこくしてるかなって思ってて」
るなさんは感情が抜け落ちたような喋り方をして
「シヴァさん、優しいから…」
何かを諦めるように笑った。
違うよ。
あぁ、ごめん。
何となくわかった。
俺が言葉たらずだったのかもしれない。
「合わせてくれてるだけなのかなって「好きだよ」
今ここでしっかり伝えなきゃ駄目になる。
「俺は大事で可愛くて離したくなくて嫌われたくない。本当に好きでどうしたらいいかわかんねぇ。全部出し切ったら引かれるんじゃないかって思ってたからっ」
恥ずかしいからとか、カッコ悪いからとか。
想いに蓋をしていた。
もっと好きな気持ちを全面に出してよかったんだ。結果るなさんを不安にさせてしまったから。
「言葉足らなかったね。ごめんるなさん…」
「…」
「るなさん?」
顔を伏せててこちらから表情がわからない。心配して顔を覗くと、るなさんはうっすらと目に涙を浮かべていた。
「すみません、大阪に来てくれた時にたくさん嬉しい言葉をいってくれたのに…もしかしたら今は違う気持ちかも、とか思っちゃって」
「俺が誤解されるような態度を取ってたのが悪いよ」
「そんなことないです。ほら今も、自分のせいにしてるでしょう?シヴァさんは優しいから
シヴァさんは…ほんとに優しいから…」
るなさんが手で目を拭うのを黙って見つめていた。
愛情表現、頭の中にこの文字が浮かぶ。
恋人同士になりたての俺たちは不安定だった。
しかも遠恋、繋ぎ止めるのは信じる心とラインと電話だけ。
なら会った時に強く愛情を表しておかないと、お互い寂しさで枯渇してしまうんじゃないだろうか。
るなさんが思っている以上に、俺は彼女が好きだ。
もっと強く心に刻むなら?
言葉は難しくてもどかしい。
ならばいっそ、と頭より体が動く。
小柄な身体をぎゅ、と強く抱きしめた。
今朝見た夢の続きのように。
「…あ」
「不安にさせてごめん」
抱きしめられたるなさんは一瞬だけ体が跳ねた。驚いてはいたがすぐに力を緩め俺の胸にほおをぴたりとくっつける。
心臓が早鐘を打つ。
恥ずかしさではなく、失いたくない焦りのが強かった。
「色々考えすぎたんだ。俺ちゃんと好きだから。大丈夫だから」
「…はい」
「いきなり抱きしめてごめん」
「いえ、嬉しいです」
腕の中で笑ってるのか小刻みに揺れた。
「私ね、一つ嘘ついちゃったんです」
「嘘?」
「朝のね、あの、転んじゃったってシヴァさんにしがみついちゃったって話」
腕を緩めるとるなさんが小さく笑って顔を上げた。
「シヴァさんのお顔見てたら腕を引かれてぎゅーってされちゃったの」
「…マジで!?」
「マ、ですよ」
夢だと思っていたのは現実だったのか。
「うわーそうだったのかぁ…ゴメンネ」
「嬉しかったからいいんです」
ふふふ、るなさんは幸せそうに顔を埋めた。
「私ね、シヴァさんと付き合う前ね、ぎゅってしてもらいたいなってよく思ってたの」
「え?妄想的なやつ?」
「そーです…恥ずかしいけど幸せだから白状しちゃった…」
細い腕がオレの背中に回った。
当たり前だがデカいので腕は苦しそうだ。
それでも全身を預けるように抱きしめ返してくれた。
困った。離したくない。
「…可愛すぎて大阪帰したくねぇよ」
「そんなふうに言ってくれて嬉しい」
「当たり前だろ」
愛おしさで溺れて死ねる。
腕は緩めるどころかさらに強く
ようやくお互い体を離したのは、しばらく経ってからだった。
コメント
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今回も最高でした!! 🍪🍫❄組はいつでも最高ですねぇ✨️🐸さんが❄ちゃんがいなくなったと聞いて探しに行くのめちゃめちゃ尊かったですっ💕
寒いのに夏の話はバグが…😅 お読みいただきありがとうございます。