テラーノベル
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夏祭りまで、半月を切ったころ。占い師役の衣装作りは、柔太朗の手に委ねられていた。
「――う、うーん」
自室に閉じこもり、スケッチブックとにらめっこする柔太朗の周りには、何枚も破り捨てられたデザイン画が散らばっていた。
占いの雰囲気に合う、それらしい衣装。既製品でもよかったのに、考えるのは楽しい。もうそんなに時間が無いのに、完成できていない焦りもある。早く仕上げないといけない・なるだけ既製品の組み合わせでいけるようにと、頭では分かっているはずなのに、いざペンを持つと、なぜか決まって同じモチーフに指が向かってしまう。
自分の分には、三日月をあしらった、白と銀を基調にした衣装。
仁人の分には、鱗のような模様を裾に這わせた、黄と金を基調にした衣装。
「――なんでだろう、これじゃないと駄目な気がする」
色味とモチーフと。理由は自分でも分からなかった。ただ、他のどんな案を描いても、しっくりこない。
まるで、最初からこの形に決まっていたかのように、手が勝手にそのデザインへと戻っていく。
柔太朗は結局、その二着だけを何日もかけて仕上げていった。
衣装が完成したのは、学祭の前日の夜のことだった。結局こだわりを貫いて、誰にも相談することなく前日まで来てしまった。
周りからの反応がわからないという少しの不安を抱えて、まずは仁人だけに見せることにした。二人はそれぞれの部屋で袖を通した。
先に着替え終えたのは仁人だった。金糸で縁取られた裾が、動くたびに、鱗のようにさらさらと音を立てる。黄と金を基調にした装いは、いつもの仁人とは違う、どこか気品を纏った雰囲気を醸し出していた。
「うん、よかった――仁ちゃん、似合ってると思う」
出迎えた柔太朗が、そう呟いた声は、いつもより少し掠れていた。
続いて、柔太朗自身も、白と銀の衣装に袖を通す。裾にあしらわれた三日月の刺繍が、灯りを受けて、淡く光って見えた。
二人は、互いの姿を見た瞬間、どちらからともなく、言葉を失っていた。
(――知っている、この光景)
仁人の脳裏に、一瞬、まったく身に覚えのない光景が差し込んだ。全くこれと同じ服装ではなかったかもしれない。それでも、色合いと三日月と、記憶と感情の扉を叩くには十分だった。
深い悲しみの底にいた時、見知らぬはずの誰かが、ただ静かに寄り添ってくれたことがあった気がする。慰めの言葉すら不要なくらい、ただそこにいてくれるだけで、救われたことが。受け止められない現実がやってきたとき、隣にいてくれた。彼が届けてくれたものが、最期のときを孤独から救ってくれた。
(――伝えてくれた人が、いた)
柔太朗の中にも、同じように、輪郭のない記憶の欠片が浮かび上がっていた。
思いあってるのにすれ違ったままなんて許せなかった。愛して生きた証を確かに届けなければと思った。
とても大切な、けれど残酷な知らせを届けに行った日のこと。儚く今にも折れてしまいそうなその人の悲しみに、ただ寄り添うことしかできなかった、あの無力さと、それでも確かにあった繋がりの記憶。
「柔太朗」
「何」
「――ありがとう」
なぜ今その言葉が口をついたのか、言葉の意味を、仁人自身、正確には説明できなかった。ただ、そう言わずにはいられなかった。たとえ一人だったとしても、大切な人の愛と記憶とともに最期を迎えられたのは、きっと彼のおかげだったから。
柔太朗は、しばらく黙って仁人を見つめていたが、やがて小さく笑って、目元を軽く拭った。
言葉にできない感情は、無理に言葉にする必要はない。
「――どういたしまして。理由は、よく分からないけど」
「おーい、二人とも、準備できた――」
軽い調子でドアを開けた舜太が、その場の空気に気づいて、途中で言葉を止めた。
後ろから続いた太智と勇斗も、同じように、玄関先で足を止める。
「……なんか、すごい空気じゃんね」
太智が思わず小声で漏らすと、すぐ異変を察知した舜太が心配そうに、部屋の中の柔太朗へと駆け寄った。
「――柔、大丈夫か?」
「うん、大丈夫。ちょっと、感傷的になっただけ」
答える柔太朗の声は、いつもの調子に戻っていたが、目元にはまだ、涙の跡が残っていた。舜太はそれ以上何も聞かず、ただそっと、柔太朗の肩を抱き寄せた。
一方、仁人の方に目をやった勇斗は、何も言わないまま、しばらくその横顔を見つめていた。
理由は分からないが、いつもより儚く見えるその姿に、胸の奥がざわついて仕方がなかった。
あの夜と同じように、どこかに行ってしまわないように、腕の中に閉じ込めたかった。
「――何だよ」
視線に気づいた仁人が、いつもの調子で睨みつける。
「いや、別に。ただ、その格好、悪くないなと思って」
「らしくないこと言うなよ」
軽口を返しながらも、仁人の頬は、わずかに赤く染まっていた。
その夜、五人はしばらく、衣装のまま、静かに肩を並べていた。
理由の分からない切なさと、確かに感じる懐かしさが、部屋の中に静かに満ちていた。
明日には、この衣装に袖を通して、客の前に立つことになる。それがどんな一日になるのか、まだ誰にも分からなかったけれど、少なくとも今この瞬間だけは、五人の間に流れる時間が、いつもよりずっと、大切なものに感じられた。
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コメント
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この回、めっちゃ良かった……! 衣装に込められた三日月と鱗のモチーフ、二人の手が勝手にその形を選ぶ感じ、もう完全に前世の記憶のフラグじゃん。互いの姿を見た瞬間に蘇る輪郭のない記憶の欠片、「ありがとう」「どういたしまして」のやり取りに全部詰まってて胸が熱くなったわ。舜太たちの空気読む感じも好き。学祭本番がどうなるか、マジで気になる🔥