「今週末合宿行ってくるね」
夕食の準備をしていた秋斗は背後からそう言われ、一瞬何のことかとポカンとした。
チン、とオーブンの音が鳴った時、雪乃が補足するように口を開いた。
「勉強合宿。土日で一泊。行ってきていい?」
あぁ。と秋斗は納得する。
「何のことかと思った。全然いいよ」
二つ返事で快諾する秋斗。
「ありがとう」と雪乃はキッチンから出ていく。
リビングで寛ぐ春翔が視界に入る。
そのまま自分の部屋まで行こうとしたが、ソファーで春翔の膝の上にいたイワンコが、雪乃に気付き駆け寄ってくる。
足元で何かを訴えるようにこちらを見上げて「ワン」と鳴くイワンコ。
春翔はイワンコを追うように視線をこちらに向けた。
自然と絡み合う視線。
「……何」
目が合って不機嫌そうに表情を歪める雪乃。
「いや。合宿は別にいいけど、あんま騒ぎ起こすんじゃねーぞ」
視線を逸らしながらそう言う春翔に、プツンと血管が切れそうになる。
「起こすわけないでしょ。そもそも、どっかの誰かさんが勉強教えてくれれば合宿だって行かずに済んだのに」
「言っただろ。俺に頼りすぎるなって」
雪乃は口を開こうとして押し黙る。
これでは先日と同じ事の繰り返しだ。
「…風紀辞めたら春翔のせいだから」
雪乃は聞こえないくらい小さな声で呟き、階段を駆け上っていく。
イワンコが寂しそうにその背中を見つめていた。
「………」
秋斗はその様子を、心配そうに見守っていた。
自室に帰りベッドに勢いよく横になる。
ベッドのそばで寛いでいたエーフィが静かに雪乃の側に寄る。
「…エーフィ」
きっとエーフィには何もかも筒抜けなのだろう。
このごちゃごちゃの感情も。
幼い頃からずっと一緒にいて、何も言わずともお互いの考えている事が手に取るようにわかる。
「どうしてこうなっちゃうんだろうね」
切なそうに顔を歪めながら、エーフィに手を伸ばせば、優しく顔を擦り寄らせる。
先日、春翔と喧嘩した。
いつものように勉強を教えてもらおうとしたら、「俺はもう教えない」と言われた。
何故かと聞いたら、「今後もし俺がいなくなった時困るだろ」と。
いなくなった時?
何それ。
「いなくなる予定でもあるの?」
「ねーよ」
「じゃあ何でそんな事言うの」
「分かんねーだろ何があるか」
「そんな不確定な未来の話しないで」
「もしもの話をしてんだよ」
「だから、もしもの話をしないでって言ってるの」
怖くなった。
不安になった。
『いなくなる』なんて言うから。
「春翔はいなくならない。だからずっと私に勉強教えてくれてればいいじゃん…!」
ずっと一緒にいるんだから。
私が守るから。
そんな話、しないでよ。
泣きそうになりながらそう言えば、「とにかく1人で勉強する癖つけろ」と言われた。
「…春翔のばか」
そう1人呟いて、目を閉じた。