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「エミリアさん！ ルーク！ 大丈夫！？」
思わず二人に声を掛けると、二人は気丈な感じで頷いた。
本当ならすぐにでも駆け寄りたいところだけど、私の前には王様がいる。
ただでさえややこしいところなのに、変に動いてさらにややこしくなるのは止めた方が良い。
ここは王様を中心に、話を進めていくしか無いだろう。
「……二人を、どうするおつもりですか？」
「なに、特に何もしないさ。
アイナさえ、私の望むように動いてくれればな」
「……研究室のことですか？
分かりました。二人の無事を保証して頂けるなら……、その話はお受けいたします」
王様が自ら人質を取るだなんて、何て姑息な真似を……。
しかし私のせいで、二人を危険に巻き込むわけにはいかない。
「いや、それはもう良いのだ」
「え？」
思わぬ王様の返事に、私は驚いた。
つい先ほどまでは執拗に求めていたのに、今は違うものを望んでいる……？
「こうなることは、最初から予想しておったよ。
研究室に興味が無いことも、ユニークスキルを認めないことも、私の意のままにならないことも」
「そ、それでは――」
「……しかし私とて、このような方法は取りたくなかった。
仮にも一国の王が、人質だとはな……。
だからこそ、最初はお前の意思に任せようと思ったのだ。素直に従っていれば良し、とな」
「……」
王様の言葉に、私は何も言うことが出来なかった。
これからどんな話になるのか分からず、恐らくはその不安に怯えていたのだろう。
そんな私を舐めるように見たあと、王様は両手を上げて、私の後ろに向かって大きく声を挙げた。
「――皆の者、集まるが良い！！」
私の後ろを振り返ってみれば、身なりの良い10人ほどが、近くに集まって来ていた。
そういえばすっかり忘れていたけど、謁見の間に入ったときから既にいたんだっけ……。
しばらくすると、私と王様、ルークとエミリアさんは遠巻きに見られるように囲まれた。
囲まれるとはいっても人数は多くないから、隙間はたくさんあるんだけど――
「この方たちは……？」
「私と志を共にする、王族の者たちだよ。
今日はアイナと謁見をするということでな、集まってもらっていたのだ」
「国王陛下の申し出を断るなんて愚かな……」
「ふふふ、もう終わりだな……」
「今日は貴重なものが見られそうだわ……」
――耳を澄ませるまでもなく、不穏な声が聞こえてくる。
何を望むのか、何が起こるのかは分からないけど、もはやここは素直に聞くしかないのか。
「国王陛下は、私に何をお望みなのでしょう。
私の仲間には、どうか手を出さないで頂きたいのですが――」
「アイナさん！？ わたしたちのことは気にしないで良いですから！」
「そうです、アイナ様！ まずはご自身のことをお考えください！」
私の言葉と、それに続いたエミリアさんとルークの言葉。
王様はすべてを聞き終わったあと、一息ついてから言い放った。
「反逆罪である！！
エミリア、ルークの両名を拘束せよ！！」
「は……？」
「きゃっ！？」
「ぐっ！？」
すぐさま周囲の騎士が、二人の身体に剣を押し当てる。
ルークは王様を睨み付けているし、エミリアさんは抜き身の剣に震えていた。
「な、何をなさるんですか！ おやめください！！」
私は王様を見たあと、とっさに周囲の王族たちを見まわした。
全員がにやにやと……気持ち悪い笑みを浮かべており、途端に不気味な感情に呑みこまれてしまう。
「――アイナよ、もう遅いのだ……」
そう言いながら、王様は自身の立派なマントから、一枚のカードを取り出した。
そしてそれは、私にも見覚えのあるものだった。
「それは――」
「……これは、プラチナカードという。王族など、高貴な立場の者に与えられるものだ。
アイナよ。お前も持っているのだろう？」
「え！？」
……確かに持っている。しかし、何で王様がそれを知っている？
最近は滅多に出していないし、そもそも出したことは数回だけ……。
王都に来てからで言えば、大司祭様に見せたときと、『循環の迷宮』での裏切りの一件で騎士団に提示したとき――
「……あ」
「心当たりがあったか？ そうだ、騎士団より報告があったのだ。
リーゼなる者の懸賞金を懸けたときに、身分証明としてプラチナカードを使ったであろう？」
確かに使っていた。しかしまさか、そんな報告が王様のところまでいくなんて！？
……いや。そもそもプラチナカードを持つのは、『高貴な者』の証明にはなるが、どこの所属かは一切不明なのだ。
そんな人間が国内にいるのであれば、いちいち報告が上がるのは止むを得ない。
クレントスでも見せたけど、さすがにここまでは報告されなかった……のだろうか。
しかし――
「……そのプラチナカードが一体、どうしたのでしょう。
国王陛下のお立場は、この場にいる全ての者が、存じ上げていると思いますが……」
「ふむ……。その表情から察するに、本当に知らないのか？」
「え？」
王様の言葉に、私は以前の鑑定結果を頭の中で呼び起こした。
──────────────────
【プラチナカード】
王族や神職者に与えられるとても貴重なカード。
身分や身元は秘匿され、暴こうとした者には重大なペナルティが科される
──────────────────
……しかし改めて見たところで、王様の真意は何も伝わってこない。
「ははは……！ まさかプラチナカードを、何も知らない者が持っておるとはな！
いや、そもそもそれは……果たして本物なのか？」
王様は、勝ち誇った目で私を見てくる。
私のプラチナカードは、神様が最初に持たせてくれたものだ。
そのため、誰かから説明を受けたということも無く、ざっくりと鑑定した以上の知識が無いのも確かだった。
「不勉強で申し訳ございません……。
……どうか、お教え頂けますでしょうか」
「ふふ、良かろう。何とも滑稽なことではあるがな。
まずはこのプラチナカードであるが、ただのカードではない。
国際規約に則り作成された、魔導器の一種なのだ」
「魔導器……？」
突然の説明に、私は困惑した。
こんなカードが魔法の力を秘めている……？
全体的に白金色で、右上に小さな青い宝石が埋め込まれた美しい外観。
魔法の力があると言われれば、確かにそんなふうにも見えるけど――
「かつて、神が創りたもうた存在。
我らはそれを模倣して作っているに過ぎないのだが――」
……神。
それならば、私が持っているのも納得がいく。
「――つまりは神聖なる存在なのだよ。
そんなものに裏付けられた者の……身分や身元を暴こうとすると、どうなると思う？
持ち主が呪文を使うことで、相手のペナルティを――致死の傷を与えることが出来るのだ」
「致死！？」
……いや、そんな呪文は知らないんだけど？
でも確かに、そういう能力が無ければ……強引に暴かれてしまうだけだもんね。
しかし、プラチナカードが凄いからと言って……ここで、それを出す意味は？
「さて、アイナよ。お前のことは色々と調べさせてもらった。
ガルーナ村で疫病騒動を収束させる前は、辺境都市クレントスにいたそうだな？」
「……はい」
「しかし、その前はどうだ？ いくら調べても、クレントス以前の情報が何も掴めぬ。
もしかしたら、ドルミナス共和国から渡って来たのか？ 確かにあの国には、小さな錬金術国家があると聞いている」
ドルミナス共和国とは、フェリクスさんの話にあった、クレントスの海の先にある別大陸の国だ。
そこから密航したとなれば辻褄は合うけど、間の海を渡るのは至難の業だと聞いている。……しかし、可能性はゼロでは無い。
「――おっと。これ以上追及しては、私の身が危ないな。
突然呪文を唱えられて、私が殺されるわけにもいくまい」
王様がそう言うと、周囲の王族からは笑い声が上がった。
何とも余裕。何とも不遜。……何とも高慢。
「国王陛下は、私の生まれを知りたいのですか？
それが望み……ということでは、無いと思いますが」
「……ふむ、聡いな。その通りだ。
そんなものは後で、どうしても知ってしまうことだからな」
「は……？」
不穏なことを言ったあと、王様は右手を上げた。
このパターン、また誰か来る……？
とっさに、先ほどエミリアさんたちが入ってきた扉を見てみれば――
そこからは見覚えのある女性が、悠然と歩いて入ってきた。
「――ふふふ♪ ご機嫌ね、エミリア様。アイナさん。
こんなところでお会いできて嬉しいわ。何だか庭の蟻に、久し振りに会うことが出来たみたい♪」
その美しい姿。その美しい声。その棘のある言葉。そして身を斬り裂くような、鋭い気配――
……エミリアさんの天敵、王族のオティーリエさんが、こんなときに、こんな場所に登場してしまった。
もう、何が何やら――
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