突然現れたオティーリエさんは、そのまま悠然と、王様のすぐ横まで歩いていった。
私との距離もずいぶん近付き、王様とオティーリエさんの威圧感がダブルで襲ってくる。
「――私が呼ばれたってことは、お父様の思惑通りに進んだってことかしら?
まったく馬鹿な人。せっかくの温情があったでしょうに」
お父様……というのは、話の流れからして王様のことだろう。
というと、オティーリエさんって王女様だったのか……。あれ、もしかしてレオノーラさんも……?
いや、お互いの呼び方を考えると姉妹ではなさそうだし、それなら血縁としては少し離れているのだろう。
「まぁ、オティーリエよ。そう悪く言うでない。
おかげで私の理想に、また一歩近付けるのだからな」
「そうね。それにルーク様は、私が頂きますからね♪」
「何故、そこまで目に掛けるかは分からぬが……好きにするが良い」
オティーリエさんは拘束されているルークに投げキッスを送ったあと、王様と一緒に、私に冷たい視線を向けてきた。
「――それではお父様、この虫の処理をしてしまいましょう」
「まったく、この口の悪さときたら……。
さて、アイナよ、待たせたな。これから私の望みを伝えさせてもらおう」
「……それを聞いたら、ルークとエミリアさんを解放して頂けますか?」
「ハッ! エミリア様なんてどうでも良いけど、ルーク様は私が頂くのよ?
アイナさんには選択肢なんて無いんだから――」
「オティーリエ、しばらく黙っていなさい」
「はぁい、お父様。申し訳ございません♪」
王様の注意に、オティーリエさんは人を小馬鹿にするように謝った。
「……話が脱線してすまんな。
アイナが私の望みを聞けば、あの二人は解放してやろう。ただ、オティーリエがあの若者をどうにも気に入っていてな……。
そこは、本人たちの好きにさせてやってくれ」
そうは言っても、ルークはオティーリエさんに何の興味も持っていない。
つまり私はその辺りを気にせず、素直に王様の望みとやらを聞いてあげれば良いのだ。
「……分かりました。それでは、王様のお望みを教えて頂けますか?」
「うむ、約束したぞ。
プラチナカードについてだが……実はもうひとつ、能力があるのだ」
「……別の、能力?」
先ほどは『身分や身元を暴こうとする者に致死の傷を与える』という能力を教えてもらった。
プラチナカードの存在意義を考えれば、これは十分に納得できる能力だろう。
しかし、それ以外となると……?
「特に重大な事件があったとき、どうしてもプラチナカードを持つ者の……身分や身元の確認が必要になる場合がある。
この能力は、そういった特例措置として存在しているのだ」
王様がそう言うと、オティーリエさんはどこからともなくカードを取り出して、自身の口元に静かに当てた。
「あ……」
「うふふ♪ 私もプラチナカードを作ってもらったの。どう? 良いでしょう?
……って、アイナさんも持ってるのよね? まったく、下賤の者が、身分不相応に……」
嬉しそうに言ったり、苦虫を潰したように言ったり、オティーリエさんの顔も忙しい。
まともに取り合っていてはキリがない。私はそんな風に、彼女のことは茶化しながらスルーしておくことにした。
「オティーリエはこの1か月ほど、王族に伝わる試練を受けに行っていてな。
先日、無事に生還したわけだ。その証として、プラチナカードを作ってやったのだ」
「……それは、おめでとうございます?」
王様は誇らしく言ったが、それが一体どうしたのだろう。
確か、王位継承順位が上がる……みたいな試練なんだよね?
「まぁったく、アイナさんは頭が高いわね。
ねぇねぇ、私の王位継承順位はご存知?」
「……確か、第22位だと聞いておりますが……」
試練の後、エミリアさんからのまた聞きで、第22位よりも上がったとは聞いているけど――
そこまで言う必要は無い。下手をすれば、レオノーラさんにも迷惑を掛けてしまう。
「今ね、私の王位継承順位は……何と、第1位なの。次期国王よ?
だからもっとねぇ、口の利き方ってものがあるんじゃないかしら」
えっ!? よりにもよって、第1位!?
っていうか、この国大丈夫なの!?
……こんな場面にも関わらず、何よりもそんなことを思ってしまった。
「申し訳ございません、知らぬこととは言え……」
「まぁまぁ、オティーリエ。そんなに意地悪をするで無い。
第1位とは言っても、すぐに戻るものだからな」
「あら。お父様こそ、そんな意地悪を言わないでくださいな」
まったく、この親子は性質が悪い……。
しかしこの話、今する必要はあったのだろうか。
「――さて、プラチナカードの能力の話に戻そうか。
特例措置として存在する能力とは……プラチナカードの所有者同士による、身分や身元の照会なのだ」
「え?」
……何と言うことはない。
プラチナカードの所有者に対して、一般の人は、その身分や身元を調べることができない。
しかしプラチナカードの所有者同士においては、その身分や身元を調べることが……いや、暴くことが出来るということだろう。
「これはね、プラチナカードの所有者が3人必要なの。
実際に照会し合う2人と、その立会人の1人。そしてその全員の承諾を以って、初めて『白金の儀式』が行えるってわけ」
白金の儀式――
……まぁ、プラチナカードでやる儀式だもんね。
そのまんまというか……いやいや、そうじゃなくて。
しかし結局、王様は私の身分や身元を知りたいだけ……?
確かに私のルーツが分かれば、何かしら次の行動に繋げられるかもしれないけど……。
……あ。もしかしたら、私が転生者っていうことがバレてしまうのでは――
「さぁ、どうする? アイナは『白金の儀式』に参加するだけで良い。
それだけで、お前と仲間の安全……あとは、今後の平穏な暮らしを約束してやろう」
王様の話は何だかまったく、釣り合いが取れていない気がする。
今までの要求に比べれば、私の生まれを晒すだけですべてが丸く収まってしまう……?
そんなの、選択の余地はないわけで――
「アイナさん!!」
突然響いた声に振り向いてみれば、そこにはレオノーラさんが立っていた。
その場にいる全員が、彼女の方を一斉に振り向いている。
「え? ……レオノーラさん?」
今まで王族は10人ほどいたけど、彼女を見るのは今日初めてだった。
一体、どうしてここに?
「それを受けてはダメ!!
そうすれば、国王陛下の望みなんて――」
「お黙りくださいッ!!」
「――ッ!?」
彼女の言葉は最後まで終わらず、レオノーラさんは騎士によって床に押さえ付けられた。
「……ちょ、ちょっと! 酷くないですか!?」
しかし憤る私の声は、王様の耳には届かない。
「――はぁ、実に嘆かわしい……。ヤツには王族の自覚が無いようだな……。
反逆罪である。レオノーラを投獄せよ」
「私もせっかく目を掛けていてあげたのに……。残念だわ、コウモリちゃん♪」
王様とオティーリエさんの、冷たい言葉が鋭く響く。
レオノーラさんは騎士たちに拘束されて、そのまま引きずられるように謁見の間を――
「待ってください!
儀式でも何でも受けます! だから、レオノーラさんも許してあげてください!!」
「……ほう? レオノーラとの交流もあると聞いていたが、そこまでとはな……。
くくく、良かろう。但し、この場におられては五月蠅いのでな。別の場所に幽閉しておこう」
王様はそう言うと、一人の騎士に顎で合図を送った。
その騎士はレオノーラさんを連れて、謁見の間から消えていく。
――そしてそれと入れ違う形で、別の騎士たちが3つのテーブルを持ってきた。
お皿を1つだけ乗せるような感じの……スマートなテーブル。
実際、それぞれのテーブルには小さなお皿と、綺麗なナイフが一組ずつ置かれた。
……ふと横を見ると、エミリアさんとルークが心配そうにこちらを見ている。
私の生まれがバレるだけなら、そんなに心配することは無い。
転生者だとバレたところで、奇異の目で見られるくらいだろうし……。
「――さて、準備は整ったな。
まずはそれぞれが、プラチナカードの宝石に血を捧げ、儀式の参加を表明する。
オティーリエ、見本をみせてあげなさい」
「はい、お父様。
――白金の儀式、聖なる秤に乗ることを誓います。……オティーリエ・アルナ・トゥール・フォンセ・ヴェルダクレス」
そう言うと、オティーリエさんは自身の指をナイフで少し切って、彼女のプラチナカードに押し付けた。
「アイナよ、同様に」
「は、はい……。
――白金の儀式、聖なる秤に乗ることを誓います。……アイナ・バートランド・クリスティア」
そのまま私もナイフで指を切り、血が出てきたことを確認してから、プラチナカードの宝石に押し当てた。
……これで良いのかな? 何だか宝石が温かくなってきたような気がする……。
「――白金の儀式、中立の座にて全てを見守ることを誓う。ヴェルダクレス王国国王、ハインライン17世」
最後に、王様だけが違う言葉を述べた。
きっと、立会人だけは言葉が違うのだろう。
そんなことをちらっと考えた瞬間、不思議な空気が満ちてくることに気付いた。
何とも不思議な――
寒いのに暑い。
重いのに軽い。
柔らかいのに堅い。
――様々な相反する感覚が押し寄せてきて、気を抜けば倒れそうになってしまう。
そんな中、辺りを見てみれば、私たちの周囲を白く美しい輝きが取り巻いていた。
私たちを囲む人たちは全員、その光景に驚きを隠せない。
しかし王様とオティーリエさんだけは驚くでもなく、醜い笑みを浮かべていた。
「ふっはっは……! 儀式が始まれば、もはやどうにもすることは出来まい……!!
嗚呼、ありがとう。アイナよ、よくぞ儀式を受けてくれた!!」
「お父様、まだ儀式は終わっていませんよ?
ふふふ……、あーはっはっは!!」
……二人の言葉の意味が、分からない。
え……? 一体、どういうこと……?
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