テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
最近、カメラを持ち歩くようになった。
もともとは風景や、光のかたちを撮るのが好きだったのに、
気づけばレンズが向かう先は、いつも同じ――すみれ。
放課後、校庭の端でひとりベンチに座る彼女。
図書室の窓際、遠くを見つめる横顔。
昇降口で靴を履く、その小さな仕草。
全部、レンズ越しに見ている。
最初は、ただ「残したい」と思っただけだった。
目の前からいなくなってしまいそうで、怖かったから。
でもいつの間にか、
すみれに見つからないように、距離を取って撮るようになっていた。
(これって、たぶん、よくないことだ)
そう思いながらも、シャッターの音は止まらなかった。
カメラの中にだけ残るすみれは、
何も言わず、笑いもしない。
けれどそこにいてくれる、それだけで少し安心した。
ある日、現像した写真を見返していたとき、
ふと、背後から声がした。
「……それ、私?」
手が止まった。
振り返ると、すみれが立っていた。
彼女の目は、驚きでも怒りでもなく――
ただ、静かに私を見ていた。
私は言葉が出なかった。
どんな説明も、言い訳になると思ったから。
すみれはゆっくり机に歩み寄り、写真を一枚手に取った。
「きれいに撮れてるね。
……でも、私、こんな顔してるんだ」
その声が、ほんの少しだけ、寂しそうだった。
「ごめん……本当は、ちゃんと頼んで撮りたかった。
でも、頼んでも……もう、断られそうで……」
声が震えた。
すみれはしばらく黙ってから、写真をそっと置いた。
「……ねえ、あなたの目には、
私って、ちゃんと“今ここにいる”ように見えてる?」
その問いに、私はうまく答えられなかった。
すみれは微笑んだ。
「もし、私が夢だったら、
ちゃんと終わること、できるのかな」
そして、それ以上何も言わずに去っていった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!