春の匂いがまだ少し冷たい風に混ざっていた。若井滉斗は、新しい制服のネクタイを何度も直しながら、校門をくぐった。
「うわ、マジで始まるんだな……高校生活ってやつ」
思わずつぶやいた言葉は、緊張と期待がごちゃ混ぜになった自分へのエールだった。
体育館へと移動し、名簿の順番に並んで席に着く。
ざわざわとした空気の中、背筋をピンと伸ばして周囲を見渡した。
「……ん?」
視界の左前方に座っているひとりの男子生徒が、ふと目に入った。
整った顔立ち。少し長めの前髪。
真っ白な制服の襟元からのぞく肌は色白で、首筋が細くて、どこか儚い印象だった。
なのに、不思議と存在感がある。
(……めちゃくちゃ顔、きれい)
滉斗は思わず見とれていた。
けれどその少年は、式の進行を静かに見つめているだけで、まったく気づいていないようだった。
名前もわからない、知らない誰か。
でも、心臓がふわっと跳ねるような感覚は、滉斗にとって初めてのものだった。
—
入学式が終わり、各クラスに分かれて教室へ移動。
滉斗は「1年B組」の張り紙を見つけて教室に入った。
席表を確認して、窓側の後ろから2番目の自分の席に向かう——と、その瞬間。
「……あ」
席の隣に座っていたのは、さっき体育館で見かけた、あの男子だった。
彼はこちらに気づき、静かに目を合わせて言った。
「……よろしく」
低くて落ち着いた声。
目はまっすぐこちらを見ているのに、どこか掴めない静けさがあった。
「え、あっ、よろしく!滉斗……若井滉斗です」
「大森元貴。よろしくね、滉斗」
名前を呼ばれた瞬間、心臓がドクンと跳ねた。
声の響き。
距離感。
目の前にあるこの出会いが、一気に現実味を帯びてきた。
—
「…入学式のとき、ちょっと見てた」
「え……あ、まさか、俺のこと?」
「ははっ。周りの景色。……でも、視線が合ったかもって思って」
「まじか……うわ、恥ずかしいな」
元貴はくすっと小さく笑った。
その笑顔に、滉斗はまた心臓を掴まれた。
(なんなんだよ、この人……)
顔も声も、佇まいも、全部が印象に残る。
しかも、笑ったら、また雰囲気ががらっと変わる。
「なんか……話しやすいね」
「そうかな」
「うん。俺、初対面ってめっちゃ緊張する方だけど、元貴とは普通に喋れる」
「じゃあよかった」
言葉少なめなのに、なぜか安心できる空気を纏っている。
それが彼——大森元貴だった。
—
配られた教科書を眺めながら、滉斗はなんとなく隣の元貴をチラチラと見た。
(なんか、今日だけでもう……気になるとこいっぱいありすぎ)
落ち着いた声、視線の柔らかさ、何より、時々無意識に見せる表情が綺麗だった。
これから、毎日この席で隣に座るのかと思うと、不思議と胸が高鳴った。
——まだ名前しか知らない。
でも、確かに何かが、始まりそうな予感がしていた。
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投稿ペース早すぎません? 学パロ×SOIRAさんは禁断(褒めてます)