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どうせなら待ってないでそのまま自分の家へ帰ればいいのに。
そう思ったけれど、問答無用で大樹を追い返したらお母さんが怒り狂うのは目に見えている。
睡眠に未練を残しながら渋々ベッドから起き上がる。
まずは着替えようとクローゼット脇の鏡の前に立った瞬間、自分の姿が鏡に映り思わず悲鳴を上げそうになった。
な、なんて酷い姿!
やつれた顔だに、適当に選んだ着崩れたパジャマ、豪快な寝癖。
……これは、人様に見せていい姿じゃない。
クラクラしながらとにかく着替える。
ゆったりした淡いピンクのセーターにデニムパンツ。
髪はふんわり纏めて、顔はメイクをしている暇がないので、化粧水を含んだコットンで拭いて清める。
どうにか人前に出られる状態になったところで大樹に声をかけた。
「入っていいよ」
直ぐにドアが開き大樹が入って来る。
いつも通りに整えられたサラサラの茶髪。
勿論洗顔済みと思われる決め細やかな肌、丁度良い大きさの二重の目。通った鼻筋。薄い唇。
ライトグレーのセーターにブラックのスリムパンツを履いた足はすごっく長い。
……なんか、いつの間にか大樹って容姿レベル上がってない?
今の自分の姿の酷さと比べてしまうから感じるのかもしれないけど。
大樹は、チラッと私の部屋を見回してから、所在無さ気に部屋の真ん中のラグの上に静かに座った。
私はベッドに腰をかけてるから会話するには丁度良い距離だ。
「花乃、本当にごめん。まさか部屋まで上がって行けって言われるとは思わなかったから」
「もういいよ……うちのお母さんが強引なのは分かってるから。帰るって言えなかったんでしょ?」
諦めてそう言うと大樹はホッとした顔をした。
「さっき、電話したんだけど」
「そうなの? 寝てたから気付かなかった」
言いながらスマホを確認する。
朝の九時から大樹の着信は合計五件。
「随分早くから……どうしたの?」
「ごめん、花乃は土曜の朝のアニメ見てるだろ? だから起きてるだろうと思ったんだ。昨日花乃がぼんやりしたまま別れちゃったからもう少し話をしたかったんだけど」
「あの……別にアニメは毎週見てる訳じゃないからね」
録画してるんだし、眠い時に無理して早く起きてまでは見ない。それより、
「話って何?」
「……え?」
私の発言は大樹に衝撃を与えた様で、驚愕の表情になる。
それでも直ぐに立ち直った様で、ついでに姿勢も正して言った。
「俺、昨日花乃に好きだって伝えたよね?」
「……」
黙る私に大樹はスッと目を細め、かなり冷ややかな声で言った。
「花乃……まさか覚えてないって言わないよな?」
「お、覚えてるよ。でも……朝からそんな話すると思わなかったし」
しかも寝起きのこんな酷い姿で恋愛話の続きなんて、ちょっと嫌だ。
ムードも何も有ったものじゃないし。
でも大樹は止める気は無い様で私をまっすぐ見つめる。
「花乃の気持ちを聞いてなかったから」
「え? 私?」
「そう。俺の気持ちを聞いてどう思った?」
どう……思ってるって。
そんな事言われても、かなり困ってしまう。
本音を言えば昨日迄は絶対関わりたくない相手だと思っていた。
中学の時に大嫌いになってそれから高感度は全く上昇してなかった訳だし。
でも昨日真剣に謝られて、それからあの無神経発言の理由も聞いて、更に好きだって告白されて。
自分でも単純だなって思うけど正直大樹への印象は大分変わった。
だからといって好きになった訳でもなくて、異性として意識するって感じでもないんだけど。
大樹はあくまでも幼馴染だし、それに過去の出来事以外でも、普段からの生活態度も嫌だったんだよね。
大人になってから時々みかけた大樹はいっつもころころ彼女を変えて、適当な感じで。
あれ?……そう言えば、大樹って彼女居たんじゃなかった?
私の誕生日に一緒に過ごした若い彼女。あの夜、夜道を二人腕組んで歩いてたよね?
「ねえ……大樹は私の他にも好きな子がいるよね?」
それなのに私に告白するってどういう事? まさか二股?
そんな目で大樹を見つめると、大樹は心外って顔をした。
「居るわけないじゃん。俺は昔から花乃一筋だし。そう言ったろ?」
「い、言ってたけど……それなら私の誕生日に一緒に居た子は何?」
どう見ても友達って雰囲気じゃなかったけど。あの彼女私の事、恋敵って目で見ていたし。
大樹の事が好きで、大樹に近付く女は誰だって許せないって様子だった。
まあ、あの子に限らず今まで大樹と一緒に居た女の子ってみんなそんな感じだったんだけど。
……あれ?
調子の良い事言ってたけど、大樹って全然私一筋じゃないんじゃない?
いちいち数えてないけど、かなりの人数の彼女が大樹の隣を入れ替わり立ち代り存在したはず。
……なんだ。あんな真面目な顔して「昔から好きだ」なんて言うからつい真に受けちゃったけど、他に彼女はちゃんと居たんだ。
そっか。大樹の言う“好き”はそんな感じなのか。
なんて言うか、軽い感じ。
私とは感覚がちょっと違うんだ。
別に私だけを好きでいて欲しいなんて大樹に対して望んでないし、本当に別にいいんだけど……なんだかしらけた感じ。
自分でも良く分らない感覚に陥っていると、大樹が言った。
「あの時一緒に居た子は勝手に突然家に来た子だよ。俺の後輩の後輩みたいで一度何かの飲み会で会ったみたいだけど、俺顔も覚えて無かったんだよね」
「何で顔も覚えてない様な子が突然家に遊びに来るの?」
しかも私達はもう社会人。小学生が近所の家に遊びに行くのとは訳が違う。
じっと見つめながら答えを待っていると、大樹はちょっと気まずそうに口ごもった。
その様子とあの時の彼女の様子から恋愛に疎い私でも事情は察せられた。
やっぱり彼女は大樹が好きだから家まで押しかけて来たんだって。
「ねえ、もしかしてあの子に告白とかされたの?」
ほぼ初対面でそこまではしないかもしれないけど、近い事は有ったのかも。
そう思って尋ねると、大樹はあっさりと頷いた。
「え? 本当に?!」
「でも俺ちゃんと断ったから。好きな人が居るから無理って」
「そ、そうなの?」
「あ、好きな人って当然花乃の事だからね」
「え? いや、それは……」
恥ずかし気も無く堂々と言われると、私の方が気まずくなる。
それにしても……みんな凄い。
突然家迄押しかけて告白する彼女。
その場で無理って、はっきり断る大樹。
そんな関係なのに、多分その後だろうけど、夜の道を腕組みながら歩いてたよね……?