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どこからか、蝉の鳴く声がする。Tシャツは汗で濡れ、肌に張り付いて気持ちが悪い。古びた石段を一歩、ニ歩と登っていく。激しく照りつける太陽の下、心底帽子を被ってきてよかったと思った。母さんが持たせてくれた水筒の表面からは、冷たさなんて感じられなかった。むしろ熱いくらいだ。
鳥居が見えてくると、僕は一気に階段を駆け上がった。
「三浦 晴明(みうら はるあき)、とうちゃくしました!」
息を荒げながらも、僕は大声でそう言った。拝殿の前にはいつもの面子が揃っている。後れ毛ひとつなく結ばれたポニーテールを揺れ動かし、こちらを振り向くは、我らが隊長、花藤 杏子(はなふじ あんこ)だ。
「遅いわよ。三浦くん」
眉を顰めて彼女は言った。おお、怖い怖い。
母さんがうるさくて、とか忘れ物をして、なんて言い訳をしたら、長いお説教が始まりそうだ。
僕が一言謝ると、彼女は頷き、僕に向かって手招きをした。お許しが出たみたいだ。ここにいる人物は全員この町の平和を守るべく、非公式に結成された団体の団員だ。団体の名を、『きらきら星の勇士の会』という。かなり独特なネーミングだが、これを考えたのは他でもない、花藤 杏子だった。「ダサい」なんて言えるはずもなく、僕は渋々賛成した。
僕らはこの神社を本拠地として、活動している。その活動内容は、多岐にわたる。ある日はゴミ拾い、またある日は喧嘩の仲裁、たまに猫探し、森の探検、参加者五人の歌唱大会など。この町は守るまでもなく平和だから、僕らの目的に基づいている活動はゼロに等しい。
「隊長、今日の予定をおねがいします」
「えー、ごほん。本日のわれわれの活動は、
町のパトロール、アリの観察、ヒーローのお勉強です。他にやりたいことのある人は挙手してください」
まるで学級活動の時のように声を張り上げる杏子。そこで、田加良 誠太(たから せいた)が手を挙げた。
杏子はギロリと誠太を見た。発言を許可する、ということだろう。目付きが悪いので、睨んでるようにしか見えない。
「僕ね、誰も使ってなさそうな小屋を見つけ
たの。2か月前くらいから目をつけてたんだけど、いつ見ても誰もいなくて。
昨日、思いきって中に入ってみたら、真ん中辺りに箱が置いてあって、その中に猫が
入ってたの。かわいいなって思って取り出したら、気のせいかもしれないんだけど、猫がしゃべったの!だから今日はその小屋
に行きたくて」
そんな話、あの超現実主義の杏子が信じるわけがない。僕はそう思った。
「何それ」
ほうら。
「素敵!」
…ああ。そういえば杏子は『魔法少女!プリリン』というアニメが大のお気に入りだったな。魔法少女ごっこに付き合わされた日もあった。
杏子は拳を高く掲げると、声高に言った。
「そうと決まれば即行動よ。皆、今日の最優先事項です。今から行くわよ!」
まったく、うちの隊長様はお転婆である。
例の小屋は、窓こそ割れていなかったが、所々木の板が破れていて、あちこちに植物が伸びて、なるほどとても人が使っているとは思えなかった。
そして確かに、建物内の中央には段ボール箱が置いてあった。
近づくと、黒猫が入っているのが確認できた。猫好きな僕は、躊躇なくその黒猫を持ち上げた。
「初めましてだニャ」
今、猫から声がしたような。いやいや。誰かがふざけて声を出しているんだろう。
「ちょっと、脅かさないでよ」
と言って、皆の方を見るが、一同きょとんとした顔をしている。
「ミーの名前はダイコン。よろしくニャン」
今、誰も口を開いていないことは確認済みだ。この中にベテラン腹話術師がいるなら話は別だが。
まさか、この猫が?
「ば、化け猫だ!」
僕は猫を段ボール箱に戻し、一目散に小屋から出る。
ふと、肩にずしりと重みを感じた。後ろを振り向くと先程の黒猫が僕の背中にしがみついていた。
「君の名前は何ていうんだニャ?」
「ひっ、誰がお前みたいな化け猫に」
「ミーは化け猫じゃなくて、おしゃべり猫。そこんとこ、間違えニャいでよね」
こっちからしたら、おしゃべり猫でも化け猫でも宇宙人でもそう変わりはないのだが。
杏子がこちらへ向かってきて、僕の背中についている化け猫を引き剥がす。
「ごめんね、あいつ三浦 晴明って言うんだけ
ど、ビビりでさ。私は花藤 杏子。よろしく
ね、ダイコンちゃん。」
「これは杏子ちゃん。どうもニャ」
早くも化け猫と馴染んだ杏子は楽しそうにおしゃべりを続けている。
そこへ、二人目の勇敢な少女が化け猫に話しかけた。
「わ、私は、私はね。岬 紗香(みさき さやか)
っていうの。ダイコンちゃんよろしく」
「よろしくニャ!」
うちの女子二人には度々頭が上がらない。もうすでに自己紹介を終え、次はお前らの番だと言わんばかりに誠太と秀斗に猫を差し出している。秀斗は恐る恐る猫を持つと、
「俺は蒼井 秀斗(あおい しゅうと)。よ、よろしく」
「秀斗くん。よろしくニャ!」
「ぼ、僕は、田加良 誠太。よろしくね…」
「誠太くん!お久しぶりニャ」
男子二人の自己紹介が終わったところで、杏子がゆっくりと口を開いた。
「ダイコンちゃんは何でしゃべれるの?」
そうだ。問題はそこなのだ。猫である化け猫、もといダイコンが、何故日本語を喋っているのか。
「ミーは教えられたから喋れるようになったのニャ。ミーはお空の国からきた、おしゃべり猫ニャ。おしゃべり猫の先生はおしゃべり猫。僕はお空の国の初等教育で言葉を習ったんだニャン!」
ダイコンはそう言った。
僕の見ている世界がどんどん崩れていくようだった。あの白い雲の向こうには、本当にそんな国が存在しているのだろうか。
であればどんな原理で、なぜ猫の知能がその国ではそこまで高いのか、いろいろな疑問が浮かぶが、
「何でここにいるの?」
僕が実際に質問したのは、何故日本という国のこの町に、空の国の住人がいるのかということだった。
「お恥ずかしいことニャんだけど、ミー、そこそこ名の知れた不良だったんだニャン」
黒歴史を話す時のように、恥ずかしそうに言った。その様子からは、不良であったときの面影は全く伺えない。
「不良だったから、もちろん喧嘩もしたんだニャン。その拍子にコロッと奈落の底に真っ逆さまニャ。幸いトラックの荷台がフカフカで怪我はなかったのニャン…殴り合った時の怪我はあったけどニャ」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。誰だ。不良の面影が伺えないなんて言ったのは。
しかしなるほど。これで大体の経緯は分かったというものだ。このダイコンを国に帰すのが当分の目標になりそうだ。
僕は一つ、ため息を吐いた。