楓弥side
楓「ほんとに、誰にも言わないで…」
楓「はやちんにも…言わないで、」
スタジオの隅。
俺は、縋るように愁斗くんの顔を見上げた。彼に真実を打ち明けたことで、
胸の奥にあった重い石が少しだけ
軽くなった気がしたが、同時に、
秘密が漏れる恐怖で体が震えた。
楓「今彼氏にバレたら、何をされるか分からない。BUDDiiSのメンバーに迷惑がかかるのも、絶対嫌なの」
俺がそう言うと、愁斗くんは少しだけ
目を伏せてから、静かにうなずいた。
その顔に、いつもの明るさはなかった。
愁「わかった。誰にも言わない」
愁「…その代わりさ」
彼は一呼吸置いてから、
絞り出すように次の言葉を口にした。
愁「俺と、付き合ってよ」
楓「……え?」
思考が停止した。頭の中が真っ白になる。「誰にも言わない」という約束と、
「付き合って」という言葉が、
あまりにも唐突すぎて結びつかない。
楓「な、何を…言ってるの?」
愁斗くんは、まるで告白すること自体が
苦しいかのように、顔を歪ませて続けた。
愁「俺、ずっと好きだった。
楓弥のこと。俺の方が幸せにできるし、絶対に傷つけない」
まっすぐな目だった。
ふざけてるわけでも、慰めでもなくて。
その瞳の奥には、ちゃんと“本気”があった。
頭の中がぐちゃぐちゃになった。
心臓の音がうるさくて、
呼吸の仕方すらわからなくなる。
愁「……とか急に言われても困るよね」
愁斗くんが苦笑いを浮かべて立ち上がる。
愁「今の忘れて。変なこと言ってごめん。とにかく、俺は味方だから。連絡する」
そう言って、愁斗くんはスタジオの出口に
向かって歩き出した。
楓「……ちょっと待って」
俺は慌てて愁斗くんの名前を呼び、
その背中を止めた。
今の彼氏に魅力を感じない、
なんてレベルじゃない。
暴力に怯える日々はもううんざりだ。
本当はいますぐにでも別れたい。
でも、できない。
別れを切り出せば、
「お前、裏で何やってるか、みんなに知られてもいいのか?」
「別れたら、お前の写真を、ネットにでも流してやるよ」
彼の口から出るのは、そんな言葉ばかり。
逃げ出せない檻に入れられた気分だった。
そんな、絶望的な状況の中で――
俺は、 最近ずっと愁斗くんのことを
目で追っていた。
レッスン中、目が合うと
優しく微笑みかけてくれる顔。
もし、もしも彼氏があんな人じゃなくて、
愁斗くんが先に告白してくれていたら。
俺は今、心底 愁斗くんに惹かれていた。
楓「…いいよ」
足が止まる。
俺は言葉を探して、唇を噛んだ。
楓「……俺も、ほんとは……もう今の人のこと、怖いだけなんだ」
声が震えてた。
楓「好きって気持ち、もうない。でも、別れられない。
何かされるかもしれないって思うと、怖くて動けないんだ」
愁斗くんは黙って聞いてた。
何も言わないけど、
目の奥が痛いくらい優しかった。
楓「でも……」
少し息を吸って、
楓「最近、愁斗くんのこと考える時間が増えてた」
楓「…だから……いいよ、付き合おう」
俺は、微かに微笑んでみせた。
もちろん、これは秘密の浮気だ。
彼氏との関係が切れていない以上、
誰にも言えない、許されない行為。
でも、彼の優しさに触れたい。
この地獄のような日常から、
少しでも逃げたかった。
愁斗くんは、数秒間呆然としていたが、
次の瞬間、俺に駆け寄って強く抱きしめた。
愁「楓弥…ありがとう。絶対に、絶対に後悔させない」
その腕の強さ、温かさ、
そして何よりも優しさが、
彼の暴力的な抱擁とは全く違うことを
教えてくれた。
俺たちは、この瞬間から、
誰にも知られてはいけない
「秘密の浮気関係」を始めた。
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