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︎︎◌ 太中
︎︎◌短編
『泡の名を呼んで』
人魚というのは泡から生まれた人間の“幻”であり
人間に見つかった時点で、消えてしまう運命がある
そう、所詮は人間が作った話に違いない
だから人魚というのは儚く、何よりも美しい
分かってしまった時にはもう遅かったのかもしれない
────私はあの日、幻を見てしまったんだと
潮の匂いと、満ち引く波の音に包まれた港町
崖の上にぽつんと立つ灯台は、どこか寂しげな影を落としていた
そこに一人、青年が住んでいる
名は 太宰治
そう、この私だ
私は灯火を守る青年であり
幼い頃からたった一人で
港の整備や灯火の管理
誰とも話さず、ただただ海に向かって生きていた
ある満月の夜──私の世界に“それ”が落ちていた
いつもの様に灯台の見回りをしていると
海風に混じって聞こえたかすかな音に足が止まった
ざざ……ざぶん……──そしてかすかに
ぽこっ…と泡のはじけるような音
打ち寄せる波の向こう
不思議な青年が倒れていた
肌は雨で濡れ、髪は暖かな日の色
そして──深い海のような美しい尾びれ
「……まさか…、人魚?」
息はあった
傷だらけで震えていた体を抱き寄せ、私は灯台へと運んだ
言葉は通じない
青年は、泡のような音を口からこぼすばかりで────
けれど、人魚の瑠璃の瞳が
必死に助けを乞うように見つめてきていることは、私にも伝わっていた
その夜は火を絶やさず、湯を沸かし
人魚の彼を温めた
彼は湯船の中で何度も私を見上げた
まるで、夢でも見ているような表情で
これが、私の初恋になった
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
日が昇った時には
冷えていた身体もすっかり温まっていた彼
「それで?君は…どこから来たの?」
泡。小さく、はじけるような音で答える人魚の彼
「……名前は?」
また泡。私は笑った
「じゃあ、私が勝手に呼ぶとしよう
……“中也”、それでいいかい?」
何故、その名前が思い浮かんだのかは分からない(何となくそんな感じがしただけだ)
赤髪の青年──中也は、じっと私を見て
コクリと1つだけ頷いた
それが中也との、始まりだった
私は中也を、傷が治るまで灯台の風呂に匿った
中也との日々はとても美しかった
中也とどうしても話したかった私は
必死になって中也に文字を教えた
中也は文字を一文字ずつ、なぞるように読む
覚えた言葉をぐにゃぐにゃな文字でノートに書き写す
中也の姿は、どこか健気で────そして可愛かった
彼が少し文字を覚えてきたら
私は、紙に言葉を綴って彼に見せた
「今日は元気?」
「この花、きれいだよね」
「君はどこから来たの?」
まだうまく話せない中也だったが
嬉しそうにしていたのを覚えている
天気の良い日は中也を抱えて海へ行き
一緒に海を泳ぎ
私に”字を教えて貰ったお礼”というように
中也にどこかから探してきた青い貝殻を渡してきた
次は、小石
その次は、光る鱗
私はつい愛らしくなって、笑うと
中也は喜び、綺麗な海のものを拾って私に贈ってくれるようになった
『ぉ、おれ……………す、き…』
「私も、中也が好きだよ」
思いを交わし合ってやっと触れた唇の温もりも
寒い夜に重ねた暖かい体も
それは言葉が少なくとも、想いは育っている証
心が、少しずつ泡のように溶けていくようで
いつも一人で寂しかった私は
いつしか彼の存在に救われている自分に気づいていた
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
そんな日々も、突然終わりを告げた
ある時
中也の目が、悲しみに染まっていた
覚えたての言葉で中也は必死に伝える
『俺……た ち…は。
人…、間の……“幻”から…生、まれた。だか……ら、
長く……一緒…だと、おれ、泡になって消え…る…。』
私が「そんな」という前に、中也が口を開いた
『……で、でも、ぉれ……手前…に、”恋”…しち、まった……』
たどたどしい、けれど真っすぐな人間の言葉だった
私は何も言わずに中也を抱きしめた
あたたかく、消えてしまわないように
「……君が居なくなってしまったら、私も泡みたいに消えてしまいそうだ」
中也はそっと笑って、私の手をほどいた
そして、灯台の窓を開けると
私に向かって振り返り最後の言葉を残した
『愛してる。 だからこそ、手前には生きてほしい』
最初は発音もままならなかった中也が
初めてハッキリと喋った
私が驚く暇もなく──
彼は、窓から飛び降り海へと還った
振り返ることなく、美しい泡の尾を残して
私も分かっていた
このまま一緒に居ると
いつか彼は泡になって消えてしまう
彼が消えてしまえば、私も”泡のように消える”
そう、彼も私と同じように最初から悟っていたのだろう
だから彼は、自分が泡となって消える前に海へと帰っていった────
寂しさと海の残骸を残して
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
時は早くも、数年が経ち
私は立派な”灯台守”になった
あの頃と比べて、背も、顔立ちも、声も変わった
けれど、変わらないものがあった
あの時、あの言葉、あの太陽のようなぬくもり──
私は今でも、ずっと海を見つめている
すると泡のような声が、潮の音にまぎれて聞こえる
私はそっと目を閉じ、呟いた
「……また会いたいな、中也……」
海の底に還ったとしても
言葉がなくても
君の想いは、きっと永遠に残る
夜は明け、灯台の裏手
あの日彼に送ったものと同じ花が置かれ
隣には見覚えのある蒼い貝殻がそっと添えられていた
────まるで、誰かが来ていたかのように
花をそっと手に取ると、小さく微笑んだ
「……また、来たんだね」
海は答えない
けれどその潮風は、どこか懐かしい香りを運んでいた
きっと、”彼”はいつか本当に泡になって弾けてしまう
けれどその時は私も一緒に
君と泡となって消えていくのだろう
コメント
19件
人魚との淡い恋…めためたに好き💗🫶 採用されたのなら凄く嬉しいなって、、思いつつ💭 表現の一つ一つが繊細で語彙力の塊で、、💘✨ 泡になっちゃうのは人魚姫とかの童話がモチーフなのかな、とか考察が捗りすぎる…😇
灯台守と人魚の恋…最高すぎます! 太宰さんが泡になって消えてしまわないように そっと海に帰ってしまった中也さん そして 日々を過ごしつつも また彼に会いたいという思いを募らせている太宰さん…本当に素敵ですし 夏の暑さも しんしんと忘れさせて下さるような小説でした!
宝石のような青色とピンク色が脳裏によぎるような、とっても素敵な小説でした✨️💎🩷 悲しみと儚さが何度も違う言葉や泡で表現されていて、見てて楽しいし面白かった!!!その語彙力はどこから出てくるんすか…😇真似したいくらいです😇😇 ほんっとこういうおとぎ話の世界観好き