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ええ最高すぎません!!?? 上目遣いでシャツとか掴むのは反則技ですね。レッドカードです(?)
「……うわ、思った以上に混んでるな。」
昼過ぎのはずが、なぜか異様に混み合った電車。
観光地へ向かう車両の中、人がどっと押し寄せてきて、逃げ場はどこにもなかった。
「……あっ、ちょ、わ、ちかっ……!」
元貴が、ほぼ押しつぶされるようなかたちで、滉斗にぶつかる。
混みすぎて、どこにも手をつく余裕もない。
車両がガタンと揺れるたびに、その小さな体が滉斗の腕の中へ自然と吸い寄せられていく。
「……お、おい、元貴、大丈夫?」
「ん……だいじょぶ。っていうか……」
元貴がふと 視線を滑らせるように見上げる。
「……なんか、こういうの、悪くないね。」
「……っ!!」
滉斗の鼓動が跳ねたのが、自分でも分かった。
いや、むしろ元貴のほうに全部聞こえてる気がする。
だって——その距離、10cmもない。
「おい、そっちこそ大丈夫?顔、めっちゃ近いけど。」
「うん、でもさ……ぎゅうぎゅうだからさ。動けないし……」
そう言って、元貴は無防備に滉斗のシャツを掴む。
電車が揺れるたびに、自然と擦れ合う肩と腰、ふと触れる指先、
そして、ふいに落とされる——上目遣い。
「……滉斗。」
「……な、なに?」
「こうしてるとさ、思うんだよね。」
「……な、なにを……?」
「……俺って、やっぱちっちゃいなぁって。」
「はぁ!?」
ふわっと笑う元貴。
「……なんか、落ち着くわ。」
「お、おま……」
「なに?」
「お前、自覚ないよな……?」
「ん?」
「そんな顔で見上げてくんなって……」
苦し紛れに視線を逸らす滉斗。
でも、その顔は真っ赤。
耳まで熱を帯びて、視線を合わせられない。
「ねぇ、もしかして、照れてる?」
「……照れてねぇし!!てか、この状況で照れないやついるかよ!!」
「……ふふ、そっか。」
元貴はそのまま、ちょこんと滉斗の肩に額を預けた。
「もう少しこのままでいい?」というように、やさしく。
「……お、おう。好きにしてくれ。」
滉斗は小さくため息をついた。
でも、腕の中にいるこの人が、
電車の揺れに合わせて少しずつ寄り添ってくるたびに——
(……やっぱり、どう考えても、好きすぎる。)
と、心の中で何度目か分からない告白を繰り返していた。
ーーー
「……ふぅ、やっと降りれた……」
駅のホームに降り立った瞬間、元貴は肩をすくめて深く息を吐いた。
滉斗も、そのすぐ横で肩を上下させながら苦笑いしていた。
「いや〜マジで、あんな混んでると思わんかったわ…」
「ね、押しつぶされるかと思った…ていうか、滉斗が盾になってくれて助かったよ。」
「……いや、もう、こっちが助かってねぇんだが?」
「え?」
元貴が小首をかしげて見上げたその顔が、またあまりに無防備で。
ふわっと流れる髪、やわらかく整った輪郭、
そして“何が?”とでも言いたげな、軽く唇を尖らせた表情。
(だめだ……またきた……)
滉斗の心の中で、さっきの満員電車の記憶がフラッシュバックする。
顔のすぐ前で見上げてくる元貴、
すれ違う吐息と、手のひらの中のぬくもり。
もう限界だった。
「……ちょ、元貴。」
「え?」
その瞬間だった。
駅構内の静かな通路、壁際へとぐいっと腕を回され、
次の瞬間には、ドンッと壁に追い込まれていた。
「えっ……な、なに……?」
「……お前、あんな顔で見上げて、くっついてきて……」
「は?な、なんの話……」
「気づいてないわけ?」
滉斗の顔がすぐそこ。
壁に当てられた手の振動が、じんわりと背中から伝わる。
「今ここで、キスしてやるって言ったら、逃げんの?」
「……っ」
元貴の目が一瞬だけ揺れる。
でも、それを否定しなかった。
目を逸らさず、しっかりと滉斗の視線を受け止めたまま、
小さく、でもはっきりと答えた。
「……逃げないよ。」
その瞬間、
滉斗は一気に距離を詰め、
静かに、だけど確かに——唇を重ねた。
混雑も、雑音も、時間の流れさえも、すべて止まったような感覚。
ぴたりと重なる唇の熱に、ただただ、心が溶けていく。
「……俺、たぶん……さっきからずっと我慢してた。」
「……知ってた。」
「……ズルい。」
「……知ってたよ、それも。」
離れたくないと思った矢先、
元貴がそっと、滉斗の胸元をぎゅっと掴む。
「もっと……して?」
「……いいの?」
「うん。」
そのあと、電車じゃなくても乗り過ごしそうなくらい、
ふたりはずっとその場所から動けなくなっていた。