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アゼルは不覚にも、愛するエリーゼと間違えて妹のセレンをデヴィール国に連れ帰ってしまった。
気を失ったままのセレンを問い詰める事はできない。アゼルはセレンを抱いたまま城の中へと入った。
セレンが目を覚ますと、知らない部屋のベッドの上に寝かされていた。
(あら……私、どうしたんだっけ……ここは……?)
壁も床も天井も、そしてベッドすらも全てが黒で塗られている。夜ではないのに暗い闇に囲まれているようで恐怖心を煽る。
それはセレンが知るウィリアム国の『白』とは正反対の色だった。
(ここは、どこなの!?)
瞬時にセレンは身を起こして体を強張らせる。ここがウィリアム国ではないなら、残る可能性は1つしかないと気付いた。
その時、突然に部屋のドアが豪快に開いて黒衣の男が入ってきた。
「あ……あなたは……!」
「ほぅ、オレの顔を覚えているのか。改めて名乗ってやる。オレはデヴィール国王アゼルだ」
ベッドの前に立って自分を冷たく見下ろすアゼルを見上げて、ようやくセレンは自分の状況を把握した。……いや、勘違いした。
(私、アゼル様に拉致されたの!?)
眠っている間に拉致された形になったセレンは訳が分からずに恐怖に怯える。アゼルは冷酷非道で悪名高いと知っている。だからこそエリーゼを身代わりに嫁がせた。
当然、本物の最強の聖女である自分をアゼルが狙ったのだという考えに行き着く。
「貴様はエリーゼの妹だな。確かに似ているが……さて、どうするか」
アゼルは感情のない漆黒の瞳で淡々と告げる。いくらエリーゼと似ていても心は全く反応しない。
エリーゼが実家で虐待されていた事を知るアゼルは、妹であるセレンは許し難い存在でもある。投獄しても構わないが、やはりエリーゼと似ているだけに気が進まない。
身の危険を察知したセレンは、必死に思考を巡らせて策を思いついた。
「待って! 私は最強の聖女・セレンよ……生かしておけば利用価値はあるはずよ!」
命乞いとも取れる必死な懇願をするセレンに、アゼルは眉をしかめて漆黒の瞳を接近させる。セレンは恐怖で咄嗟に身を引く。
「ひっ……!?」
「……勘違いするな。貴様が最強の聖女だから何だ。オレにとって愛する価値があるのはエリーゼだけだ」
そのアゼルの言葉にエリーゼの心臓は激しく振動する。それは衝撃だけではなく別の高鳴りも相乗効果となっている。
(アゼル様は最強の聖女が欲しい訳ではないの!?)
セレンは自分が最強の聖女だからカインに求婚されたと分かっている。たとえ偽りの愛だとしてもカインに尽くす覚悟があった。
それなのに、偽の聖女であるエリーゼをアゼルは心底愛している。その愛が妬ましく羨ましいと思った。そう思ってしまったのには明確な理由がある。
(本当は私がアゼル様に嫁ぐはずだったのに……)
偽りの聖女としてアゼルに嫁いだエリーゼは本気で愛されて、本物の聖女としてカインと婚約したセレンは本気では愛されない。それが腹立たしくて納得がいかない。
さらに理由はもう1つ。至近距離でアゼルの赤い瞳を見つめていたセレンは、いつの間にか悪魔の瞳の魔力に魅入られてしまった。
(こうして見るとアゼル様ってイケメンなのね……)
そんなセレンの熱い視線を遮るようなタイミングで再び部屋のドアが開く。黒い軍服を着た軍隊長のアーサーが入室してきてアゼルの背後に立つ。
「アゼル様。その者は人質としての利用価値があります。エリーゼ様との交換に使えばよいかと」
根っからの軍人であるアーサーは、アゼル以上に感情のないグレーの瞳に冷酷さを宿している。
セレンがデヴィール国にいるという事は、必然的にエリーゼはウィリアム国に連れて行かれた事になる。両国の聖女が入れ替わった形だ。
最強の聖女が欲しいカインも、セレンとエリーゼの交換を求めてくると予想した。アーサーの考えは、それだけではない。
「それに人質はもう一人います。そこの聖女を返してもこちらが有利に変わりはありません」
「む、そうなのか。さすがアーサーだな。それで、もう一人の人質はどこにいる?」
「地下牢に入れてあります」
「よし。見に行こう」
その会話を聞いていたセレンは、人質となったもう一人の者が誰なのかが気になった。咄嗟にアゼルとアーサーの軍事的な会話に堂々と割って入る。
「私も行かせて! その人質の詳細な情報を知りたいでしょう? 私の身の安全を約束するなら何でも情報を提供するわ」
これはセレンの交渉でもあったが、アゼルもアーサーも特に異論はない。この城にいる限りセレンは逃げられないのだから、むしろ都合が良い。
「ふん、いいだろう。だが虚偽発言をしたら命はないと思え」
アゼルにとっては軽い脅しだが、凄みを含んだ重い声で言うと冗談に聞こえない。セレンは背筋が凍る思いで頷いた。
地下牢は城を出て城壁を辿るように歩くいた場所にある。ウィリアム国と同じで、城の裏側の薄暗い場所に地下に続く階段がある。
セレンは特に拘束される事もなく、アゼルとアーサーの後ろに付いて歩いていく。
階段を下ると、いくつもの牢屋が並ぶ通路を進む。一番奥の牢にその人質は入れられていた。まず、アゼルが鉄格子の隙間から中の様子を確認する。
「……女か。牢に入れる必要はあったか?」
アゼルの言葉に反応したセレンがハッと目を見開く。あの戦場での軍隊の中で女性といえば一人しか思い浮かばない。
続いてアーサーがアゼルの横に立って牢の中を見ながら答える。
「はい。彼女は軍人なので、念のためです」
そのアーサーの返答を聞いたセレンは確信した。そして勝手に牢に近付いて中を覗く。そこには思った通りの人物が冷たい石の床に横たわっている。
セレンは呼びかける訳でもなく、独り言のようにその人物の名を呟いた。
「レミアル……!」
人質として捕らえられた女性とは、ウィリアム国の将軍・レミアルであった。
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