テラーノベル
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夕暮れどき。 窓の外は薄桃色に染まっていた。
お風呂上がりのみことは、ふわふわのタオルにくるまれて、ソファの上でぽけっとしている。
髪の先からぽたぽたと水滴が落ち、首筋を伝ってシャツを濡らしていた。
「みこと。 髪、まだびしょびしょじゃん」
すちは苦笑しながらバスタオルを広げ、その小さな頭をそっと包み込んだ。
タオル越しに伝わる温かさと、小さく「ん……」と声を漏らす感触。
その一つひとつが愛おしくて、自然と動きがゆっくりになる。
「すち、くすぐったい……」
「我慢。風邪ひくでしょ」
優しく拭きながら、乱れた髪を手ぐしで整えていく。
みことはその間、すちの膝にちょこんと座って、鏡の中の自分を眺めていた。
濡れたまつ毛、頬の赤み、そして自分を包み込む大きな腕――。
「ねぇ、すち。すちって、なんでそんなにやさしいの?」
「なんでって……みことのこと、大事だからに決まってるだろ」
すちは笑いながらドライヤーを手に取り、コードを伸ばした。
「ちょっと音うるさいけど、びっくりしないでね」
ふわりと温風が流れ、みことの髪がふわふわと踊る。
「わぁ……あったかい……」
「でしょ。動かないでね、すぐ終わるから」
片手で髪をすくい、もう片方の手で温風をあてる。
指が髪をなでるたび、みことは気持ちよさそうに目を細めた。
小さな肩が上下して、ドライヤーの音の中で小さく呟く。
「すちの手、あったかいね」
「そう? 昔からだよ」
「……おっきくて、やさしい」
心の奥をくすぐるような言葉に、すちは思わず笑ってしまう。
「ありがと」と言いながら髪を整え、最後に指先で前髪を整える。
その手つきは、まるで壊れ物を扱うように繊細だった。
「はい、できた。ほら、ふわふわ」
「ほんとだぁ……すち、びようしさんみたい!」
「お世辞上手になったなぁ、みことは」
くすくす笑いながら、すちはタオルでみこの肩を包み、髪を軽く撫でる。
みことはそのまま腕を伸ばして、すちの首に抱きついた。
「すち、ありがと。だいすき」
小さな声で囁かれたその言葉に、すちは一瞬息を飲む。
次の瞬間には、その身体をやさしく抱きしめ返していた。
乾いた髪の香りと、あたたかい体温。
そのどちらもが、胸の奥を静かに溶かしていく。
「俺もだよ。……みことが元気でいてくれるのが、いちばん嬉しい」
「じゃあ……すち、ねるときも、いっしょがいい」
「もちろん。いっしょに寝ような」
みことは満足そうに笑い、すちの胸の中で小さくあくびをした。
そのまま目をとろんとさせ、すちの膝の上で身体を預ける。
すちは髪をもう一度そっと撫でながら、温もりを確かめるように息を吐いた。
――この小さな姿も、泣き虫な声も、甘える仕草も。
全部、愛しい。全部、みことだ。
そして心の中で静かに誓う。
どんな姿でも、絶対に離さない。
みことが笑っていられるように、俺がそばで守るんだと。
部屋の照明を落とすと、カーテンの隙間から街の灯がぼんやりと差し込んでいた。
その淡い光の中で、ベッドの端にちょこんと座るみことが、ふわふわのパジャマの袖をいじっている。
眠そうなのに、どこか落ち着かない様子だった。
「どうした、眠くないの?」
すちは毛布を整えながら声をかける。
みことは小さく首を振って、ぽつりとつぶやいた。
「すちが……いっしょじゃないと、ねむれない」
目をこすりながら見上げる瞳は、少し不安げ。
すちはその視線にやわらかく笑い、ベッドの端に腰を下ろす。
「ちゃんと隣にいるよ。手、つなごっか」
そう言って手を差し出すと、みことはすぐに小さな手で握り返してきた。
指先がひんやりしていて、思わずぎゅっと包み込む。
「……すちのて、あったかい」
「みことが冷たいだけだよ。今日いっぱい泣いたもんな」
「ん……でも、もうだいじょうぶ。すちがいるから」
小さな声が毛布の中に溶ける。
すちは「よかった」と返しながら、みことの髪を指でとかすように撫でた。
そのたびに、みことの肩がほっとゆるんでいく。
しばらくして、みことは体ごとすちのほうへと寄ってきた。
胸に顔をうずめ、ぎゅっと抱きついてくる。
「もっと、くっついててもいい?」
「もちろん。こっちおいで」
すちは腕を広げ、その小さな身体を抱き寄せた。
心臓の鼓動が重なるくらいの近さ。
みことの呼吸が胸の奥で上下して、そのたびに温かい空気がすちの首筋を撫でていった。
「すち……おやすみのちゅぅして」
その言葉に、すちは少しだけ照れたように笑って、小さな額に唇を触れさせた。
「おやすみ、みこと」
「……すち、おやすみ」
みことは満足そうに微笑むと、目を閉じて小さな寝息を立て始めた。
その頬にはうっすらと笑みが残っていて、すちは胸の奥がじんと温かくなるのを感じる。
指先で髪を撫でながら、すちは小さくつぶやいた。
「おやすみ、みこと。明日も一緒だからね」
静かな夜。
窓の外で風がやさしくカーテンを揺らす音だけが、ふたりの時間を包み込んでいた。
コメント
3件
やっぱほのぼのもいいねぇ(*´ω`*)主さん作品書くの上手すぎる!