「あっれ~?
どうしたの? イケメン二人揃い踏みで」
リラクゼーションルームには大欠伸している紗江がいた。
「いやいや、紗江さん。
こいつが蓮形寺さんと付き合ってるっていうから」
と後ろで言う道馬を置いて、蓮太郎は椅子の側に投げていたスマホをとる。
唯由からもう連絡先が入ってるかな、と思ったからだ。
開けてみると、横から道馬が覗き込んでくる。
「お前みたいな変人によく付き合ってくれてるよな、蓮形寺さん」
と言う道馬は、唯由も似たり寄ったりな性格であることを知らなかった。
「月子ちゃんも物静かな感じだけど、蓮形寺さんもおっとりしてるよね」
おっ、と道馬が言ったのは、唯由から連絡先が入ってきているのを見たからだ。
「付き合ってるのに、今、連絡先交換すんの?
あれ?
まだなんか入ってるよ」
そんな道馬の言葉にスクロールすると、
「執事のオオキミさんって、どんな字なんですか?」
と入っていた。
何故、直哉の話……と蓮太郎は思う。
「大王だ。
連絡ありがとう」
と返すと、唯由は笑うスタンプとともに、
「やっぱり。
王様に仕える大王様なんですね」
と返してきた。
返事を打とうとしたが、またすぐにショートメールが入って来る。
「ところで、月子と見合いするって本当ですか?」
「……いや、逆っ!」
と一緒に覗いていた道馬と共に叫んでいた。
なんで先に直哉の名字の漢字を訊いたっ!?
って、俺が月子と見合い!?
身を乗り出して一緒に見ていた道馬が身を起こして言う。
「いや~、すまんすまん。
連絡先来てるじゃん、とからかってやめるつもりが。
吸い込まれるように読んでしまった」
と勝手に見たことを詫びてくるが、その言葉は蓮太郎の耳を素通りしていた。
実家の執事長である、直哉の父から送られてきていたメッセージを読み返す。
『蓮形寺月子』との見合いだと書いてあった。
「何故、月子と俺が……。
いや、その前に、なんであいつ、まず、直哉の漢字を――
いや、それを言うなら、今朝、顔合わせた瞬間、ゴキブリのこと訊いてこなかったかっ!?」
俺の見合いはゴキブリ以下かっ、と叫ぶ蓮太郎に、
「大変だねえ。
珈琲飲む? 道馬くんも」
とコーヒーマシンの側から、のんびり紗江が訊いてきた。
人気のないロッカールームで蓮太郎へのメッセージを送り終えた唯由は、ふう、と息をつく。
月子と蓮太郎の見合いの話がずっと引っかかっていた。
いや、オオキミがどの字なのかもずっと引っかかっていたのだが……。
でも、朝、会社に来て、王様の顔見た瞬間に、なにもかも吹っ飛んでしまって。
まっさらになった心とリセットされた頭にまず浮かんだのはあのゴキブリのことだった。
なんであそこでリセットされたんだろうな、と唯由は思う。
王様の顔見た瞬間、
え? 月子が正妻?
私が愛人?
その場合、愛人は辞退すべき? とかいう不安がすべて消えていた。
すごく遠くにいたのに、王様と目が合った気がして。
いつもは、そんなに笑わない王様の口許が自分を見て笑っているような気がした。
いや、遠かったから、全部気がしただけなのだが……。
なんでだろうな。
あのとき、なんだかホッとして。
それで、口をついて出たのはゴキブリの話だった。
王様と一緒で、私も訊く順番違ってるな、と思いながら、唯由はちょっと笑った。
蓮太郎からショートメールが入ってくる。
「見合いはしない」
短いな。
この人、ショートメールでもそうじゃなくても、話、短そうだな、と思いながら、ホッとしてスマホを片付けた。
「悪の月子との見合いは断った」
いきなり耳許でそう言われ、ひっ、と唯由は自動販売機の前で固まる。
棟から棟へ移動する途中、ちょっと一息、と思い、自動販売機を眺めていたときのことだった。
いつの間にか背後にいた蓮太郎が言う。
「これで俺たちを邪魔するものはなくなったな」
……邪魔する正妻がいるからこその、愛人なのでは。
「それにしても、こんなところでバッタリ会うなんて運命だな」
と蓮太郎は言うが、この自動販売機の向かいが研究棟で。
ここはリラクゼーションルームから見下ろせる位置にある。
「あの王様……」
「王様はもうやめろ。
お前が俺を王様とか言うから、大王が俺に仕えておかしくなるんだろうが。
蓮太郎に仕える大王様なら、おかしくないだろうが」
いや、なんで、今、『様』つけました。
充分おかしいですよ、と思う唯由に蓮太郎は言う。
「蓮太郎と呼ぶんだ、蓮形寺」
「あの……まず、あなたが私を名字で読んでますけど」
「だって、お前を唯由と呼ぶとか、恥ずかしいだろうが」
まっすぐ唯由を見て、蓮太郎はそんなことを言ってくる。
いやいやいやっ。
そうやってまっすぐ見つめてくるのは、あなた的には恥ずかしくないことなんですかねっ!?
「そうだ。
蓮太郎が嫌なら、れんれんでもいいぞ。
紗江さんは最近、俺のことをそう呼んでいる」
もうお前んちに婿入りした気分だ、と言う。
いや、だから、何故、我が家に婿入りしたがる……と思いながら、唯由は言った。
「せ、せめて雪村さんで」
「そうか」
と言ったあとで、蓮太郎は、
「そうだ。
お前の妹の写真、執事長が送ってきたぞ。
全然似てないな」
とスマホに送られてきた月子の見合い写真を見せてくれた。
だが、唯由は、月子の写真の前にある超可愛らしいうさぎのスタンプの方が気になっていた。
これ、執事長さんが送ってきたんですよね?
写真の月子は、ちょっとおとなしそうには見えたが、いつもの月子だった。
「似てないですか?
よく似てるって言われるんですけどね。
腹違いのわりには」
「なにを言う。
お前の方が燃え盛るように美しいぞ」
と真顔で言われ、
「やめてください……」
と視線をそらす。
どんだけ目が曇ってるんですか、と思いながら唯由は赤くなった。
この王様……じゃなかった。
雪村さんは照れるべきところを間違っている、と唯由は恥じらいながら思っていたが。
蓮太郎はすぐ、
「まあ、今は恋のはじまりのようなものだから、あばたもえくぼなのかもしれないが」
と冷静に分析し、褒めたばかりの唯由を谷底に向かって突き飛ばす。
「とりあえず、おごってやろう」
と蓮太郎は唯由にサイダーを買ってくれた。
「あの……」
なんだ? と出て来た缶を拾ってくれながら、蓮太郎が振り向く。
「……月子は別に悪ではないですよ」
そう義妹をかばいながら、なんか今、ちょっとこの続きを言いたくない気分だ、と思っていた。
月子がそう悪な人間でなかったら。
あなたは月子と見合いしてしまいませんか――?
だが、自分が月子を悪だと思っていない以上、黙っているのも卑怯だなと思った唯由は思っていることのすべてをそのまま口にした。
「月子は悪い子じゃないんです。
ただただ、厄介なだけなんです」
「いやお前、それ、なんのフォローにもなってないぞ……」
と蓮太郎には言われたが。
その厄介な月子をそう嫌いでないことが、一番の問題なような気もしていた。
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