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「月子はお前のことが嫌いなのか? シンデレラ」
仕事の合間なので、そう時間はないのだが。
一緒にサイダーを飲みながら、蓮太郎が訊いてくる。
「いや~、どうなんでしょうね。
面と向かって訊いてみたことはないですが。
よくは思ってはいないでしょうね。
子どもの頃、一緒に遊んだこともあるんですが。
なんだかんだで姉妹だからって、お父様が会わせてくださって」
いや、なんだかんだの原因はお前の父では……という顔を蓮太郎はしていた。
「あの頃から、月子は私に対して攻撃的でしたが。
……でも、それも仕方のないことなのかもしれませんね」
月子の目には、自分が正妻の子として、のうのうと暮らしているように見えていたのだろうから。
「だが、お前のことだ。
月子にもやさしく接してたんじゃないのか」
「……やさしくしたいな、と思って、初めて会ったときも、全力で月子と遊びました。
当時、小学校でめちゃくちゃ流行ってて、私がハマってた。
叩いて殴って、じゃんけんぽんで」
「それ、ずっと殴ってるよな」
「……祟って殴って、じゃんけんぽんでしたっけ?」
「より凶悪になってってるな」
「ともかく、あの、じゃんけんで勝ったら、ハリセンとかで相手を叩いて、負けた人がヘルメットかぶって防御するあれですよ。
学校でいつもすごい盛り上がってたので、月子とやっても盛り上がるかなと思って。
二人で新聞紙でハリセン作ったり、兜を折ったりしてやりました」
「ちょっと微笑ましい気もしたが。
新聞紙の兜、防御力ゼロじゃないか?」
かぶったら殴ってはいけないというルールのところもあるようだが、大抵、勢いで殴ってしまう。
「私が一年生、月子は幼稚園でした。
私はおねえちゃんとして、全力で遊んでやらなければと思い」
幼稚園児に全力はやめてやれ、という顔を蓮太郎がする。
「姉らしいところを見せようと、全力で勝ち続けました」
「いや、負けてやれ」
「そのうち、月子がキレて、兜で殴ってきました。
私は姉らしく応戦しました」
いい思い出です、としみじみ唯由は語ったが、
「たぶん、お前の方だけな……」
と蓮太郎は言う。
「それ、帰り際の月子の心情は、祟って祟ってじゃんけんぽんになってないか?」
祟られていたのだろうかな……と思いながら、唯由はスマホの写真をさかのぼってみる。
父親が撮ってくれたそのガラケーの写真を代々のスマホにずっと入れている。
ぼろぼろになったハリセンと兜を手に、笑い合う自分と月子がそこにいた。
特に行くところもなかった月子は周りの車に迷惑をかけながら一周して家に戻った。
帰ると、楽しそうに庭掃除をしていた使用人たちが、ひっ、と固まる。
足を止め、無言で睨んでやった。
落ち葉を運ぶフリをして、みんないなくなる。
みんな私たち母娘がいなくなればいいと思ってるんでしょ、と思いながら、屋敷に入る。
階段を駆け上がり、自室に入ろうとして足を止めた。
突き当たりにある人気のない部屋の扉を見る。
唯由の部屋だ。
『私、出てくから。
みんなを呼び戻して』
覚悟を決めたように言った姉の言葉を思い出す。
姉の決まっていた就職は潰したはずだったのに、いつの間にか別の会社に就職していた。
いや、違うな……。
縁故を頼って就職を決めたフリをしていたが、そっちがフェイクだったんだ。
おじさまに頼んで、そんな風にしていただけで。
本当はちゃんと大学から推薦を受けて就職を決めていた。
全部、最初から計算づく。
私よりお姉ちゃんの方がタチが悪いじゃない。
でもそれもたぶん、使用人たちのため。
父親があまり日本にいないのをいいことに、ここに越して来てから母娘で好き勝手をやっていた。
昔からいた使用人たちを全部辞めさせ、唯由ひとりにこの屋敷の仕事をさせた。
だって、お姉ちゃんは今まで、散々、いい思いしてきたじゃない――。
だが、大学を出た唯由は就職をして、部屋を借り、彼女にとって思い出深いであろうこの家を出て行った。
きっと知っていたからだ。
自分さえ出ていけば、この家事のできない継母と妹は、使用人たちを呼び戻すことに反対しないと。
唯由はクビにした使用人たちを他の親族の屋敷に振り分けて雇ってもらっていたようだった。
だが、長年、ここで働いてきた使用人たち、特にご老人たちは、やっぱりこの屋敷で働きたかったようだ。
住み込みで働いていた人たちにとっては、ここが我が家でもあったのだろうから。
だから、唯由は自分が出て行っても、彼らを呼び戻してもらおうと思ったのだろう。
自分が家事をするのが嫌だったからとかではなく――。
だって、あの人、なんか嬉々としてやってたもんな、床磨きとか。
あれはハマるタイプだ、と月子は思っていた。
なにかひとつのことに熱中しがちなんだよな。
昔、叩いてかぶって、じゃんけんぽんにハマってたみたいに。
『ねえ、叩いて殴って、じゃんけんぽんしようよっ』
と自分によく似ているが、全然違う素敵な笑顔の姉がそう言い間違ったとき、ゾクリと来たのは正しかった。
叩いて殴って全力で姉は勝った。
『おねえちゃん、ひどいっ』
と言いながら、二人でずっと笑っていたのを覚えている。
たかがじゃんけんに必死な姉の狂気がなんだかツボだったのだ。
でも、きっとそれは、姉が本気で自分と遊ぼうとしてくれていたのが伝わってきたから――。
床磨きにも料理にもハマっていた姉。
きっと男の人にもハマるんだろうな……。
これと決めたら、変わらないに違いない、と妹は思っていた。
月子は部屋に入り、窓際のローボードに鍵を投げる。
窓の外を見た。
自分が居なくなったあと、また使用人たちは楽しげにしている。
おねえちゃん、せっかく自分を犠牲にして出ていったのにね。
私のワガママに振り回されて、三条もみんなも嫌そうだよ。
ローボードの引き出しを開けてみた。
そこにある新聞紙でできた兜をかぶってみる。
だが、そのボロボロの兜をかぶってみても、ハリセン持って殴りかかってくる姉はもういなかった――。
来ないな、月子からメール。
缶をゴミ箱に捨てたあと、唯由はスマホを見て溜息をつく。
いや、来なくていいのだが、来ないと心配になる。
実は唯由が家を出ていったのは、使用人たちのためもあるが。
月子たちのためもあった。
あの人たち、私に頼りきりで、なにもしなくなっちゃったもんな。
……ちゃんとやってるかな~、月子とお義母さんたち。
三条さんたちも大丈夫かな。
シンデレラは家を出たあと、不安にならなかったんだろうかな?
実家があのあとどうなったのかとか。
いや、私はシンデレラじゃないけどさ。
王子もいないし、と思ったとき、蓮太郎が視界に入った。
いや、この人は王子ではない。
王様だ。
「どうした、唯由。
愛でも芽生えたのか、じっと見つめて」
そのセリフを聞きながら、
今、芽生えたのかと訊くということは、この愛人に愛がないことはご存知でしたか、と唯由は思っていた。
依頼されたのは、ただの愛人のフリ。
本物の愛人ではないはずなのに、時折、行動が暴走しているように思えたからだ。
でも、こんな人が私を好きとかないだろうしな。
褒めたかと思えば、冷静に分析してくるし。
何処もあばたもえくぼになってない、と思ったとき、また蓮太郎が言ってくる。
「冴えない顔をしているな。
いや、冴えない表情でも可愛いが」
褒めているようにも聞こえるが、その目は相変わらず、アメーバでも眺めるように、こちらを見ている。
その鋭い観察眼を私に向かって発揮しないでください。
前髪の下に隠している大人ニキビまで発見されそうなんですけどっ、と唯由は蓮太郎の視線から逃れようと後退していった。
「今日は早く終われそうだ」
いや、あなた、この間もそんなこと言って終わらなかったですよ。
電話を待っていたら、いきなり蓮太郎が窓の外にいたときのことを思い出したとき、蓮太郎が言ってきた。
「景気づけにうちに来るか?」
「え?」
「うちが嫌なら、実家でもいい。
あっちなら、執事の直哉……大王もいるぞ」
唯由の頭の中で、王冠に赤いマントの直哉が、うやうやしく跪き、蓮太郎に靴を履かせていた。
笑ってしまう。
すると、蓮太郎はそんな唯由を見て頷き言う。
「うん。
冴えない顔も可愛いが、やっぱり笑った顔の方がかなり相当可愛いぞ」
いやだから、そういうのやめてください、と唯由は照れたが。
顔を上げた蓮太郎は特に照れるでもなく真顔だ。
ほんとうにただ、見たままを言ったんだな……。
まあ、どんな人間だって、笑ったら可愛いもんな。
褒められたのにちょっと嬉しくない。
唯由は蓮太郎が全力で自分を褒めてくれるところを妄想してみた。
だが、
「よーし、可愛いぞ~っ」
と蓮太郎がちゃんと言うことを聞いた犬猫を褒めるように頭を撫で回して、髪をわしゃわしゃにしてくるところしか想像できなかった。
……人間になりたい。
とりあえず、アメーバとペットから脱却したい。
何故かと問われたらわからないが……。
いや、人間としての尊厳を守るためだろうか。
しかし、こちらばかり褒められたいとか思っててはいかんな、と唯由は思い直す。
雪村さんを褒めてみよう、と思いながら、蓮太郎を見つめる。
頭良さそうな顔だ。
っていうか、そもそも、格好いいよな~。
身長もあるし。
なんだかんだで優しいし。
王様らしく、強引でワンマンなところもあるけど、まあ、許容範囲かな。
「えっ? 許容範囲なんですかっ?」
と大王直哉が聞いていたら、叫んでいただろうが。
月子や義母で慣れているので、唯由的には全然オッケーだった。
……どうしよう。
褒めるところしかなさすぎて、なにを褒めたらいいのかわからない。
「どうした、唯由。
じっと見つめて。
やはり、愛が芽生えたのか?」
と訊いてくる蓮太郎を見て、唯由は溜息をつく。
「いえ、すみません。
一応、褒めていいただいたお礼に雪村さんを褒めようと思ったのですが。
何処を褒めていいのかわからなくて」
あの、と唯由は向き直り、頭を下げた。
「いつもありがとうございます」
では、と溜息つきつつ、唯由は去っていった。
――完全に言葉が足りなかった。