テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
📖 第二章:「曖昧な距離」
翌日。
雨は止んでいたのに、空はまだ重たかった。
教室はいつも通りのざわめきに包まれている。
笑い声、机を引く音、どうでもいい会話。
その中で——
一人だけ、全部から浮いている存在。
○○。
窓際で頬杖をつきながら、ぼんやりと外を見ている。
誰とも話さない。
誰も近づかない。
けれど——
彼女は、時々笑う。
何もないところで。
理由もなく。
「……気味悪」
誰かが小さく呟いた。
聞こえていないふりをしているのか、
それとも本当に聞こえていないのか。
どちらにせよ——反応はない。
「糸師 冴」
名前を呼ばれて、彼は視線を上げる。
クラスメイトが何か話しかけているが、内容は頭に入ってこない。
どうでもいい。
ただ一つだけ——
昨日の言葉が、残っていた。
『壊れてる私、サエくんが見ててよ』
意味が分からない。
分からないはずなのに、
なぜか、視線がそっちに向く。
昼休み。
屋上のドアは、少しだけ開いていた。
普通なら気にしない。
けれど彼は、迷わずそこに向かう。
ギィ、と音を立ててドアを開けると——
風が吹き抜けた。
そして、その中心に——
○○がいた。
フェンスのすぐ近く。
危ない位置に立ちながら、空を見上げている。
冴:「……何してる」
低い声。
彼女は振り向かない。
○○:「あ、来た」
まるで分かっていたみたいに。
○○:「サエくん、来ると思った」
冴:「来る理由がない」
○○ :「でも来たじゃん」
言い返せない沈黙。
風が、少し強く吹く。
彼女の髪が揺れる。
バランスを崩しそうな位置にいるのに——
全く怖がっていない。
冴:「そこ、危ないぞ」
○○:「そう?」
軽い返事。
まるで他人事。
○○:「落ちたらどうなると思う?」
冴:「……知らねえよ」
○○:「痛いかな」
冴:「さあな」
興味がないような声。
でも——
彼の視線は、彼女から外れない。
しばらくの沈黙。
風と、遠くの声だけが聞こえる。
やがて、○○はゆっくり振り向いた。
○○:「ねえ」
冴:「……何だ」
○○:「逃げないでくれる?」
その言葉は、昨日と同じだった。
でも——少しだけ違う。
昨日より、少しだけ弱い。
冴は一瞬だけ目を細める。
冴:「逃げる理由がない」
○○:「ほんとに?」
冴:「ああ」
短い肯定。
それだけなのに——
○○は、少しだけ安心したように笑った。
そして、フェンスから一歩離れる。
○○:「……つまんない」
ぽつりと呟く。
冴:「何が」
○○:「落ちてもいいかなって思ったのに」
一瞬、空気が止まる。
冴は無言のまま、彼女を見る。
○○は、くすっと笑う。
○○:「でもさ」
一歩、彼に近づく。
○○:「サエくんが見てるなら、やめとく」
距離が近い。
昨日より、ずっと。
○○:「だって、約束だもんね」
冴:「……そんなのしてない」
○○:「したよ」
即答だった。
逃げ場のない言い方。
また風が吹く。
その中で——
二人の距離だけが、妙に近かった。
冴はため息をつく。
冴:「……面倒くさいな、お前」
○○:「でしょ?」
嬉しそうに笑う。
その笑顔は、やっぱりどこか壊れていて——
でも、昨日より少しだけ“人間らしかった”。
空はまだ曇っている。
晴れる気配なんてない。
それでも——
彼は、目を逸らさなかった。
END
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!