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異世界へ持っていける所持品は十個。さらに、生前に寺社仏閣へ参拝し続けたことで得た特典として、転生後の出生身分まで自由に設定できる。
閻魔ちゃんから突然そのように告げられた龍之介は、案内された書院造の個室に一人で座り、畳の上へ広げた用紙を前にして慎重に考え込んでいた。
異世界転生を題材にした物語の多くでは、転生する者が神様などからチートスキルや所持品を提示され、その場ですぐに選択を迫られる。しかし、龍之介の場合は違っていた。すでに死者となった彼には時間がいくらでもあり、閻魔ちゃんも急いで決める必要はないと言ってくれている。
そのため龍之介は、思いついた品物をすぐに用紙へ記入するのではなく、それが本当に必要なのか、戦国時代で役に立つのか、別の品物で代用できないのかを一つずつ吟味していた。
百歳まで生きたためか、それとも戦争や仕事を通じて、準備不足が命取りになる場面を何度も経験してきたためか、龍之介は石橋を叩いて渡るような慎重さを身につけていた。
「まず必要なのは、時代と身分に合った服だな。これは当然として記入してよいだろう。さすがに閻魔ちゃんが喜んで言っていたような、裸一貫でチンコをぶらぶらさせた状態では困る。儂は露出狂でもなければ、変態でもないからのう」
龍之介は筆記具を手に取ると、用紙の最初の欄へ「時代と身分に合った服」と書き込んだ。
「次は日本刀だな。戦国時代へ行くうえに、剣術の腕をそのまま持っていけるのだから、刀を持たないという選択肢はない。しかし、『名刀大小』と書いた場合、太刀と脇差で二つと数えられるのだろうか。それとも、大小一組として一つに数えてくれるのか」
持っていける品物は十個までと決められているが、どこからどこまでを一個として扱うのかは聞いていなかった。刀と鞘を別々に数えるとは思えないが、大小二振りを一つと認めてもらえるかどうかは分からない。
「それに、名刀と書くだけで、どの程度のものまで許されるのだろう。せっかくなら国宝級の刀を望みたいところだが、あまり欲張れば閻魔ちゃんに却下されるかもしれん。とはいえ、遠慮してなまくら刀を持っていっても仕方がない。ここは思い切って希望を書いた方がよいだろうな」
龍之介は刀に関する候補を余白へ書き留めると、次の品物について考え始めた。
「刀を持つなら、次は甲冑だ。儂の好みで言えば、伊達政宗が用いた黒漆塗五枚胴具足がよい。黒一色でまとめられた姿は実に格好がよいからのう。しかし、織田信長の南蛮胴具足も捨てがたい。これから信長に会いに行く者が、信長と似た甲冑を着ていくというのも面白いが、真似をしたと思われる可能性もあるか」
龍之介の脳裏には、歴史資料や博物館で見たさまざまな甲冑が浮かんでいた。防御力だけを考えるなら、現代の素材を用いた装備を願うこともできる。しかし、戦国時代で周囲から不審に思われず、なおかつ自分の好みに合うものとなれば、やはり黒漆塗五枚胴具足が魅力的だった。
「次は金だ。戦国時代へ行っても、衣食住には必ず金が要る。出生身分を貴族に設定したとしても、手元に使える金がなければ何も始められないからな。しかし、金子でどの程度と書けばよいのだろう。さすがに戦国時代の貨幣価値を正確に計算することは難しい。ここは『現代の一千万円に相当する金子』と書いておけば、閻魔ちゃんが適当な量へ換算してくれるだろう」
龍之介は用紙へ書き込んだ候補を指で数えながら、さらに戦国時代で役立ちそうな物を考えた。
「次は拳銃だな。戦場へ行く以上、遠距離から身を守れる武器は必要になる。リボルバー式の三五七マグナムと、オート式の四四マグナムでは、どちらがよいだろう。ワルサーP三八も捨てがたいが、故障の少なさや扱いやすさを考えれば、リボルバー式が無難か。『三五七マグナムと銃弾一万発』としておこう」
龍之介は第二次世界大戦へ出兵した経験があり、銃器の扱いにも慣れている。剣の腕に自信があるからといって、敵が遠くから火縄銃を撃ってくる戦場で、刀だけに頼るつもりはなかった。
「拳銃だけでは射程が足りないから、高性能ライフルと銃弾一万発も欲しいな。火縄銃しかない時代に現代の高性能ライフルを持ち込めば、かなり有利になる。しかし、銃弾一万発まで一つの所持品として認めてもらえるのだろうか。銃だけ渡されても弾がなければ使えないのだから、これは一組として扱ってもらいたいところだ」
そこまで考えた龍之介は、さらに欲を出して、用紙の余白へ「九八式戦車一台」と書きかけた。
「戦車が一台あれば、大抵の合戦には勝てるだろうが、さすがにこれは却下されるか。燃料や整備部品も必要になるし、儂一人でいつまでも運用できるものではない。次に零戦……第二次世界大戦が懐かしいのう。しかし、零戦も燃料と滑走路が必要になるうえ、一機だけあっても長くは使えないだろうな」
龍之介は戦車と零戦の候補へ線を引き、代わりに現代の小型機器へ目を向けた。
「それなら、空から敵の様子を確認できるドローンはどうだ。合戦で使えば、敵軍の布陣や伏兵の位置を見つけられるに違いない。トランシーバーも、離れた味方と連絡を取るために役立つだろう。しかし、充電が切れれば終わりだ。予備の電池や充電設備まで所持品として数えられたら、十個などすぐに埋まってしまう」
役に立ちそうな品物は、考えれば考えるほど増えていく。一つの道具を使い続けるには、それを維持するための別の道具や消耗品も必要になるため、単純に現代の便利な品を持ち込めばよいというものではなかった。
龍之介は腕を組み、しばらく唸ったあと、どうしても譲れない品物を思い出した。
「次はウォシュレット付き洋式トイレだ。これは外せん。和式便所は嫌いだ。絶対に嫌だ。尻はきれいに洗いたい」
戦場で使う武器を選んでいたときよりも真剣な表情になり、龍之介は用紙へ「ウォシュレット付き洋式トイレ」と書き込んだ。
「子供のころ、ぼっとん便所へ落ちて、ひどい目に遭ったからのう。あの暗さと臭いは、百歳になっても忘れられなかった。戦国時代の便所事情を考えれば、ウォシュレットどころか洋式便器すら存在しないだろう。これは何としてでも持っていきたい」
武器や兵器は状況によって代用品を用意できるかもしれないが、快適な便所だけは、戦国時代で簡単に手に入るとは思えなかった。
「それから、『美少女の嫁、料理を完全に習得済み』という希望はどうだろう。品物だけでなく、人間も一人として数えてもらえるのか? さらに『剣術を習得した忍びの部下』も欲しいところだな。儂一人だけでは、情報を集めるにも限界がある。戦国時代へ行く以上、忍びは必ず役に立つはずだ」
龍之介は思いついた候補を次々と書き出し、改めてその数を数えた。
「服、日本刀、甲冑、金、拳銃、ライフル、戦車、零戦、ドローン、トランシーバー、ウォシュレット付き洋式トイレ、美少女の嫁、剣術を習得した忍び……。おっと、これでは十三個ではないか」
龍之介は用紙を見つめ、どの品物を諦めるべきか考えた。
「戦車と零戦は維持するのが難しいから諦めよう。ドローンも便利だが、故障したら直せないかもしれない。これも外すしかない。しかし、ウォシュレット付き洋式トイレは諦めないぞ」
候補を三つ減らしたところで、龍之介は、自分にとって欠かせない武器を一つ忘れていることに気づいた。
「ああ、槍も必要ではないか。儂は剣だけでなく、宝蔵院流の槍術も修めている。せっかくなら、『蜻蛉切』が欲しいところだ。そうなると、トランシーバーを諦めるしかないか」
龍之介がもう一度候補を数えていると、今度は転生後に暮らす場所が決まっていないことに気づいた。
「待てよ。住むところはどうするのだ。貴族の家に生まれる設定なら屋敷くらい用意されるのかもしれないが、そこは確認しておいた方がよい。戦国時代の京都は地震も多かったはずだから、耐震性の低い屋敷では不安が残る」
龍之介は歴史の中心地である京都に住むことを想定し、理想の住居を考え始めた。
「本能寺の変を阻止し、信長とともに歴史を動かすつもりなら、やはり京都に住むのがよいだろう。ぜいたくを言いすぎるのも何だから、控えめに『身分に合った広さの軽量鉄骨造りで、ソーラー充電設備を搭載した高気密高断熱住宅』としておこう。これなら電気も使えるから、ウォシュレット付き洋式トイレも家の設備として一つにまとめられるのではないか」
一般的な感覚からすれば、戦国時代へ軽量鉄骨造りの住宅を持ち込もうとする時点で、まったく控えめではない。しかし、龍之介本人は、必要最低限の希望に抑えたつもりだった。
「馬は持ち物に入れなくても、転生後に金を出して買えばよいだろう。嫁も、戦国時代なら結婚そのものは何とかなるかもしれない。しかし、儂は料理ができないからな。家柄だけで相手を選び、料理のできない嫁だったら、二人で毎日ひもじい思いをすることになる。遊女を身請けして妻にすることもできるだろうが、遊女は家事や料理をできるものなのだろうか」
龍之介は武芸百般と呼ばれるほど、さまざまな武術を極めていた。剣、槍、弓、火縄銃はもちろん、現代の銃器まで扱うことができる。
ところが、料理に関してだけは、どれほど努力しても才能がなかった。
米を炊けば水加減を間違え、魚を焼けば表面を焦がし、汁物を作れば味が濃すぎるか薄すぎる。料理は苦手という程度ではなく、龍之介にとって明確な弱点と呼ぶべきものだった。
「それなら、剣術を習得した美少女忍びを嫁にすれば、嫁と護衛を一人で兼ねられるのではないか。しかし、嫉妬深い忍びの嫁を持ったあとで側室など迎えたら、眠っている間に暗殺されそうだな。戦国時代では側室を持つことも珍しくないが、命を狙われてまで欲しいとは思わん」
龍之介はしばらく考え、嫁と忍びの部下は別々に希望することにした。
「嫁については、普通に料理上手な美少女としておこう。容姿は『司波深雪のような嫁』がよいかな。いや、あれほど兄への愛情が強い娘では、少しでも他の女性へ目を向けた途端、嫉妬で殺されてしまいそうだ。美人で料理ができ、性格も穏やかな嫁と書いた方が無難かもしれんな」
持ち物の候補がまとまり始めると、龍之介は、もう一つの特典である出生身分の設定へ目を向けた。
「次は、儂自身の出生設定だったな。本能寺の変を止め、信長に会って歴史を動かすつもりなら、それなりの身分が必要だ。何の身分もない浪人が突然現れて、明智光秀や織田信長に会わせてほしいと頼んでも、門前払いされるに決まっている」
戦国時代は、現代以上に身分が重い意味を持つ。どれほど武芸に秀でていても、素性の知れない者が天下人へ近づくことは容易ではない。
「やはり、時代を動かせる程度の出生がよいだろう。帝の落胤あたりが妥当か……いや、さすがに贅沢すぎるか。しかし、閻魔ちゃんが自由に設定してよいと言ったのだから、遠慮して目的を果たせなくなっては意味がない」
龍之介は自分の家系について、遠い昔に聞いた話を思い出した。
「たしか、三上家の先祖は名門藤原氏へつながると聞いたことがあった。ならば藤原氏の血筋を持つ中流貴族で、官位は従三位、役職は権中納言としよう。大納言では、さすがに欲張りすぎる。名は『従三位権中納言藤原朝臣三上龍之介正圀』。これなら帝へ拝謁する資格もあり、信長と会う道も開けるはずだ」
龍之介は独り言を口にしながら、用紙の出生設定欄へ自分の希望を書き込んでいった。
転生後の龍之介は中流貴族でありながら、常時、帝への拝謁を許されている。帝の落胤であることは周囲にも知られているが、帝位継承権は持たない。年齢は二十歳で、義父と母はすでに他界しており、藤原三上家の当主を務めている。
さらに、龍之介を慕うブラコンの妹が二人おり、藤原三上家に伝わる陰陽道の力を持つ。そして、前世で百年をかけて鍛錬した武術や剣術の力は、若い肉体になったあともすべて引き継がれる。
「帝の落胤で、従三位権中納言。二十歳の若さで藤原三上家の当主となり、陰陽道の力を持ち、可愛い妹が二人。さらに前世の武術もそのままか……。少しばかり盛りすぎたような気もするが、異世界へ転生するのだから、このくらいは許されるだろう」
どうやら龍之介は百歳まで生きながら、孫たちからライトノベルだけでなく、中二病まで感染させられていたらしい。
本人は大真面目な顔で、帝の落胤や陰陽道といった設定を何度も読み返し、不自然な点がないかを確かめている。戦国時代の身分制度や政治状況を真剣に考えている一方で、美少女の嫁やブラコンの妹という願望もしっかり盛り込んでいるのだから、人間の欲というものは百歳になっても消えないようだった。
龍之介は用紙へ書き込んだ候補を指で数え、所持品が十個に収まっているか、出生設定に書き忘れがないかを何度も確認した。
途中で新しい品物を思いついては書き加え、数が多すぎることに気づいて線を引き、別の品物と一つにまとめられないかと考える。そんな作業を、時間を忘れて繰り返した。
やがて、龍之介は筆記具を畳の上へ置き、完成した用紙を両手で持ち上げた。
「よし、これで決まりだ。多少は欲張ったが、戦国時代で生き抜き、本能寺の変を止めるためには、どれも必要なものばかりだろう」
龍之介は誰もいない個室で満足そうにうなずいた。
独り言をぶつぶつと唱えながら長い時間をかけて熟慮した末、三上龍之介は、異世界へ持っていく十個の所持品と、自らの出生設定をついに決定した。
コメント
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ああ、面白かったです!龍之介さんの「石橋を叩いて渡る」慎重さがもう、年輪の重みって感じで好きですね。刀と甲冑の選択で伊達か信長か悩むところ、すごくリアル。でも一番グッときたのは「ウォシュレット付き洋式トイレは譲れない」って断言したところ。百歳の執念、笑いました。あと、持ち物に「戦車」と書いてすぐ線を引くやりとり、人間の欲の大きさと自制心のせめぎ合いが詰まっていて、読んでいて楽しかったです。