Hiromu side .
( モブ男がかなり出現します。 )
何となく俺だけ気まずさを残し、終わったデートから3週間が過ぎた。あれからアイドルとしての仕事が多くなり、オフが取りずらくなっていた。そんな中でもあのデート以来少し会話をする量が増えている気がする。なんとなくだけど。
____ 好き ?
3週間も前のことなのに遊びの記憶の消えなさとあのイヤーマフのプレゼント。心で否定する度に主張するこれは恋慕なんかじゃない。ただ、メンバーの中でも随一の仲良し。それだけのこと。未知の感情に振り回されるのはそれはそれで面倒で、ただの時間の無駄だ。俺はファンを大事にしたい。それは絶対嘘じゃない。
「はぁ…」
何でもいいから気晴らししたい。そうだ、あの植物を見に散歩に行こう。夜だからこそいい物が見えるはず。そう思った俺は、コートと財布を持って外へ出た。2月の夜は凍え死ぬのではないかというくらいにはとても寒い。吐息は白くくもり、顔をさす寒気は表情筋をどんどん凍らせていく。それでも冬のなんともいえない静かな空間は大好きだ。
どれくらい経っただろうか。凍える寒さに気をとられて時間感覚があまり無かった。入口には自動販売機がどんと置かれていて暖を取ろうとポケットから財布を出し、ストレートティーを買った。ベンチに一人の影だけが見えた。目的の為に来たあの植物も見えない。なぜ、夜なのに気づかなかったのだろうか。数十分前、そんな簡単な疑問くらい思いつかなかったんだと自分に驚いた。
「…」
…あぁ、やっぱり思い出しちゃうか。理人に向ける未知の感情が頭をグルグルさせる。なんで、こんな感情に振り回されるんだろう。はぁ。情けな…こんなことで涙を流すなんて。
モブ「お兄さん、お兄さんってば!!…もしかして泣かれてるんすか。僕も泣きたいことあるんで聞いてくれます??」
「ちょ、ちょっと」
ベンチに座っていた一人の男性が、こちらが泣いていたのをみて駆け寄ってきた。そんな男性はお酒を片手に持っていて少し酔っている、いや多分かなり酔っている。
「夜に危なくない…ですか。家に帰らない…と」
モブ「あなただって同じ場所にいるじゃないすか。てゆうか聞いてくれます?」
正直聞けばもしかしたらこの酔っ払いも帰ってくれるかもしれない。
「…聞きますよ、どうぞ。」
モブ「優しいっすね、こんな酔っ払いに付き合ってくれんの。」
いや、この話聞かなきゃまた絡んでくるんでしょ。とは本人には言えない。そんな彼が話す内容はありきたりな恋愛相談だった。
モブ「3年くらい、カノジョと遠距離なんすよ。」
東京と大阪で遠距離恋愛しているカノジョとの揉め事や浮気疑惑、もう嫌になって別れたい…でも忘れられない、そんな陳腐な恋愛話。
モブ「でももう、30になるんすよ。さすがに結婚とか考えたいんすけどカノジョはこっちに戻ってくんのか分かんないじゃないすか。このままずるずるしててもいいんかなー…って。子供のこととか考えたいし、こんなことお兄さんに聞いてもらうのも仕方ないんすけどね。誰かに言いたかっただけです。」
この話、誰かにしたかったんだろうな。だからさっきからお酒を飲んでいるのか。
「……え、と」
モブ「困らないでください。僕があなたに解決してほしい、そんな事言ってませんし。まぁ、結局あなたに話しても根本的な解決にも何にもなんないんすよ。聞いて欲しかっただけっすから。ありがとうございます」
そうやって彼は笑うと、チューハイをくいっと煽った。
モブ「お兄さんも話しましょうよ。悩みがあったから泣いてたんすよね。代わりと言ってはだけど聞きますよ。」
「…え」
モブ「気になるじゃないすか。あなたみたいなイケメンさんが泣いてるなんて。失恋でもしました?」
「フラれた訳じゃなくて、」
…口が勝手に動いていた。ふと彼をみると、話すのはあなたの番ですよ、そう言われているみたいだった。
モブ「…へぇ。片思い?じゃぁ。」
「いや、片思い…でもなくて。彼は俺にとって特別で。出会ってから俺の人生を変えた、そう言っても過言ではないくらいで。恥ずかしいけど、太陽みたいな人…で。それはきっと数多くの人に思われてて」
彼はチューハイ缶の縁に唇を添え、こちらを黙って聞いていた。ただ、彼の話す姿勢に言葉が溢れ出した。
「…友達の1人を太陽、だなんて例えるなどおかしいのは分かってるんです。俺は彼の親友、相棒。そんな立ち位置で充分だったのに」
モブ「…だったのに?」
「…。…えと。最近、彼を見てると心がざわついて落ち着かなくなるんです。俺を見て欲しくない。でも、彼の声が、彼の顔が、彼の話す言葉が脳裏から離れなくて。」
目の前の男性が言い出すであろう答えはもう分かっている。恋ではいけない、俺は分かっていても否定した。この感情の名前に恋、そうつけてはならない。それだけ必死にとさけんでいた。俺の感情を察した彼に少し思案したあと恐る恐る口を開けて。
モブ「…恋じゃないんすか」
「…。」
モブ「その人の声が頭から離れない…たぶんそれは」
モブ「恋だと思うんです。」
冷や汗が流れた気がした。否定したい、でも声が出てこない。きっとそれはなんとなく分かっていたから。
モブ「好きってことじゃ、ないんすか。」
「…」
モブ「だからお兄さんは泣いてたんじゃないんすか。その人の事をそこまで想うなんて普通じゃありえないっす。」
「恋、なんて。」
モブ「…あれ?初恋っすか??笑」
「…な、そんな訳」
モブ「あはは、冗談っすよ。彼ってことは相手は男性なんですね。」
「…あ、」
気持ち悪い、そう思われてしまっただろうか。そんなことはないとカラッと目の前の男性は笑う。
モブ「そういえば泣いてましたけどその人に恋するのにそんな難しい人なんですか。」
「…どうですかね。たぶん、彼は本心では何とも思ってない。それに俺の職業柄上あまり大きな声では言えないんです。」
モブ「あぁ、そうなんすか…何とも思っていない、そう思うのは…」
「皆に平等に優しくて、皆に好かれてるから。本当に彼は優しいんです。他人と合わせた会話が出来るんで、きっとそれは俺を見ている訳じゃないだろうし。」
モブ「そうなんすか、」
しゅんと少しだけ寂しそうにして彼は頭垂れるが、他人の事の為だろうか、それ以上は何も聞いてこなかった。
モブ「はぁ…お兄さんに話聞いてもらってスッキリしました、感謝っす。」
「あはは…」
モブ「お酒、なくなったんで帰ります。」
「夜風に当たったんで酔い冷めました?」
モブ「そうっすね。明日も記憶ありそう」
「…な、それは勘弁してください」
酔っ払い相手だからこんな赤裸々に話したのに、痴態を覚えられてずっと過ごされるのはなんとも恥ずかしい。
モブ「ではどこかで会えたら。」
「覚えてくれていたら話しかけてください。」
モブ「僕の記憶次第か…」
彼は最後までにっこりと笑い、手を振って帰って行った。足取りは…まぁ大丈夫だろう。次に会う時は今日の記憶を思い出して恥ずかしさで死んでしまうだろうからもう会いませんように、そう祈るだけだ。彼に話したことで少し心が軽くなった。
そして気づく。理人の事が好きだと。親友でもなく、相棒でもなく、一番の理解者でもなく欲しいのは特別な位置。もうこの恋は叶わなくてもいい。だけど、ずっと近くにいさせてください。神様。