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## 真実の書
旅人の命と引き換えに、永遠に繰り返されるリセットの呪いを打ち破った青年。
彼は生まれて初めて、いつも座っていた机を離れ、書架の奥へと広がる果てしない闇の中を歩いていた。
手にしたランプの灯りだけが、彼の足元を頼りなく照らしている。
どれほど歩いただろうか。
並んでいたはずの黒い木製の書架はいつしか消え去り、周囲は完全な空白――色も、壁も、床の感覚すらもない、純粋な「無」の空間へと変わっていた。
その中心に、それはぽつんと浮いていた。
一つの簡素な台座。その上に載せられているのは、これまで見てきたどんな本よりも古びた、しかし圧倒的な存在感を放つ一冊の書物だった。
青年は息を呑んだ。直感が告げていた。これこそが、この最果ての図書館の核であり、世界のすべてが記された『真実の書』だと。
彼は震える手で、その重い表紙を開いた。
中に書かれていたのは、驚くべき事実だった。
かつて彼が本の中で読んだ「滅び去った世界」の数々。それは外側の世界が滅んだのではなく、**この図書館が作られた瞬間に、すべて同時に消滅した**のだという。
数多の世界、何千億もの人々の命、そのすべてのエネルギーと引き換えにして、この図書館という「完璧な保存シェルター」は誕生した。
そして、頁をめくる青年の目に、見覚えのある名前が飛び込んでくる。
『この永久保存計画の立案者であり、すべての世界を犠牲にするシステムを起動した首謀者――その名を、青年という』
「……え?」
青年の指が止まった。ランプの炎が、彼の青ざめた顔を刻々と揺らす。
『青年は、世界の寿命が尽き、すべてが混沌に還ることを恐れた。ゆえに彼は、すべての世界を“記憶”という不変のデータに変換し、永遠に劣化しない箱庭に閉じ込めることを選んだ。みずからの手を、全次元の血で染めながら』
本に刻まれた文字が、青年の脳裏に眠っていた「本当の記憶」を呼び覚ましていく。
そうだ。彼は被害者ではなかった。
無限ループの檻に囚われていた哀れな管理人などではなく、この悍(おぞ)ましいシステムを作り上げた**張本人(フォース・コーザ)**だったのだ。
『しかし、すべてを終わらせた青年は、自分が犯した罪の重さに耐えかねた。彼はみずからの記憶を消去し、“何も知らない無垢な管理人”という役割を自らに課した。己を騙し、被害者のフリをして、永遠に他人の美しい記憶を消費して生きるために』
青年はよろめき、台座に手を突いた。
涙が溢れ、床のない無の空間へと落ちていく。
「僕は……僕が、みんなを殺したのか……?」
かつて本を読んで胸を痛め、兵士の悲恋に涙し、旅人の死に絶望した、あの瑞々しい感情。それらすべては、自らが滅ぼした犠牲者たちの残滓を、何も知らずに楽しんでいた、この上なくグロテスクな「自作自演」に過ぎなかった。
本の最後のページには、彼に突きつけるようにこう記されていた。
『今や真実は開かれた。創造主よ、選択せよ。
このまま全世界の遺灰である本を抱え、永遠の孤独の中で罪を咀嚼し続けるか。
あるいは、この書を閉じ、この図書館ごと、すべての記憶を本物の“無”へと還すか』
青年は、自分の両手を見つめた。
旅人が遺してくれた、あの温もりはまだ消えていない。だが、その旅人の世界を奪ったのも、他ならぬ自分自身だったのだ。
青年は自嘲気味に、しかしひどく静かに微笑んだ。
もう、誰も彼を騙してはくれない。これ以上、被害者の顔をして、ぬくぬくと生き続けることなど許されない。
「ごめん、みんな」
青年は、そっと両手を『真実の書』に添えた。
そして、愛おしい世界を、自分の罪を、そのすべてを終わらせるために、力を込めてその本をパタンと閉じた。
カチリ、と世界のどこかで、何かが完全に噛み合う音がした。
手元から、台座から、そして遥か遠くの書架から、すべての「色」が失われていく。
ランプの火が消え、完全な闇が訪れる直前、青年は確かに、世界の縛りから解放されたような、本当の安らぎを感じていた。
コメント
1件
うおおおお…最終話…!?いやいやまだ3話目でしょ?!でもこの怒涛の展開ヤバすぎる😭💦 最初は「可哀想な管理人さん」だと思ってたのに、まさか彼自身が世界を滅ぼした張本人だったなんて…衝撃で声出た…。旅人とのやりとりを思い出すだけで切なさ倍増するよ…。 でもラスト、自分で本を閉じて全終わりを選んだのは、彼なりの贖罪と解放だったんだね…。胸がぎゅーってなった。 全3話でこの重厚さ、エコさんすごすぎる…。続編とか別視点とか読みたいけど、この終わり方も美しすぎて、言葉が出ないや…😢💕