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◆ 高校卒業、そして進路
千葉郊外の小さな駅前。
春の風が、ヒカルの黒色の髪を揺らした。
ヒカルは18歳。
背はロジンより少し高い、
また
大人びた横顔をしている。
ロジン「大学、決まってよかったね」
ヒカル「社会学、ちゃんと勉強したいんだ。
お母さんや、周りの人のこと…もっと理解したいから。」
ロジンは胸が熱くなった。
自分のルーツ、戦場で生きた過去。
それを避けずに学ぼうとする娘の姿に、
誇りと少しの不安が入り混じっていた。
ヒカルの進学先は 東葉川大学・社会学部•現代社会学科。
◆ 大学生活の始まり
大学のキャンパスは緑に囲まれ、学生たちの活気にあふれていた。
オリエンテーション。
ヒカルは自己紹介をする。
「千葉県出身です。家族や移民、社会問題をテーマに学びたいと思っています」
教室の隅で、ある女子学生が声をかけてきた。
美羽「ねえ、あなたって帰国子女?」
ヒカル「違うよ。お母さんが外国出身なの」
美羽「へぇ、かっこいいね。社会学、向いてそう」
新しい友人ができた瞬間だった。
一方で、
授業内容は想像以上に難しく、
レポートも大量。
ヒカル(やば、出だしからめちゃくちゃ大変なんだけど)
そんなとき、
ロジンから励まし
LINE”が届く。
《大学がんばってね。あなたならできる》
ヒカル(ママ…心配しすぎ)
くすりと笑って、ヒカルの疲れは消えていく。
◆ 初めてのスランプ
大学ではグループワークが始まり、
ヒカルは“移民二世の社会的アイデンティティ”をテーマに任された。
だが資料を読めば読むほど、胸が重くなった。
ヒカル(お母さんの過去も戦争も、全部向き合うって言ったけど…
私には重いのかもしれない)
バイトも始まり、疲労はピーク。
夜、家へ帰る電車で泣きそうになる。
家に着くと、
ロジンが玄関で待っていた。
ロジン「ヒカル…どうしたの?」
ヒカル「私、大学、向いてないのかも」
ロジンは抱きしめる。
ロジン「向いてる向いてないじゃない。
あなたが、知りたいと思ったからそこに行ったんでしょ?」
ヒカル「うん」
ロジン「じゃあ、ゆっくりでいいのよ。
過去は重いけど、あなたひとりが背負うものじゃないわ」
ヒカルは泣いた。
母の胸は温かかった。
◆ 成長
数週間後。
ヒカルはグループワークで堂々と発表した。
「“家族”という概念は、社会学的にも揺れ動くものです。
私自身、母が外国出身で…文化や言語の違いに戸惑いもありました。
けれど、その経験が私の強みになっています」
教授たちは大きくうなずいた。
友人の美羽が言う。
美羽「すごいよ、ヒカル。
あなた、めちゃくちゃ強いじゃん」
ヒカルは笑った。
◆ 二人の春
ある春の日。
ヒカル「ただいまー!」
ロジン「おかえり、ヒカル!」
ヒカル「今日ね、ゼミの先生に褒められたんだ。
私、社会学向いてるって」
ロジン「本当に? わぁ…良かったわね!」
二人で夕飯を作り、
テーブルに座る。
ヒカル「ねぇお母さん。
私、いつか“移民と家族”について研究したいんだ」
ロジン「あなたならきっと、できる」
ヒカル「お母さんが生きてきた道を、私も歩きたい」
ロジンの目に、優しい涙が光る。
ロジン「ありがとう、ヒカル。
あなたが私の娘で…ほんとうに幸せ」
ヒカルは母の手を握った。
母と娘の新しい春は、
まだ始まったばかりだった。
◆ ペットショップのヒカル
春の午後。
大学の授業が終わったヒカルは、
駅前のショッピングモール内にある
「PET SMILE千葉店」 のエプロンを身に付けた。
ヒカル「今日も頑張るぞ!」
店長「あ、ヒカルちゃん来た。今日の子犬コーナー、ちょっと騒がしくて大変なんだよ」
ヒカル「任せてください!」
ヒカルは、動物が昔から大好きだ。
子犬、子猫、小動物の扱いが上手で、
動物たちの警戒心をすっかり溶かしてしまう。
お客さん「わぁ、この子、おとなしいですね」
ヒカル「抱っこするときは、こうやって、支えてあげると安心するんです」
お客さん「ありがとう、わかりやすいわ!」
店長(仕事できるし、笑顔いいし、ほんと助かるなぁ)
ヒカルは大学1年にして、
もはや“店のエース”になりつつあった。
◆ ロジン、帰り道で出会う
そのころ。
ロジンは日本語学校での授業を終え、
いつもの帰り道を歩いていた。
夕暮れの住宅街。
ゴミ捨て場の近くで、
か細い 「ミィ……」 という声が聞こえた。
ロジン「え…?」
段ボール箱の隅。
生まれて数週間と思われる白黒の子猫が
震えながら丸まっていた。
ロジン「どうしたの!!捨てられちゃったの?」
そっと手を伸ばすと、
子猫は弱々しくロジンの指を噛んだ。
ロジン「生きようとしてるのね」
胸が熱くなる。
戦場で、必死に生きようとする者の目を何度も見た。
ロジン「大丈夫よ。連れて帰るわ」
娘が動物に詳しいこともあり、
迷わず抱き上げた。
◆ 帰宅
夜。
ペットショップのバイトを終えて帰宅したヒカルは、
リビングのソファで猫を毛布にくるめて
温めているロジンを見て固まった。
ヒカル「え?」
ロジン「拾ったの。ごめんね、相談なしで勝手に」
ヒカル「相談してくれないと困るよ!って言いたいけど。」
ヒカルは子猫を覗き込む。
ヒカル「この子…生後3週間ぐらいかな。
よく生きてたね。」
ロジン「ママ、どうしても放っておけなかったの」
ヒカルはため息をつき、
しかし
すぐ優しい表情になった。
ヒカル「わかった。じゃあ私がミルク買ってくる。
哺乳瓶も必要だね」
ロジン「ありがとう、ヒカル」
ヒカル「もう…かわいいから許す!」
◆ 深夜の看病
その夜。
二人は交代で子猫を看病した。
ヒカル「飲んで、飲んで…そうそう」
ロジン「小さな命ね…。ヒカル、すごいわ慣れてるのね。」
ヒカル「バイトでいっぱい練習したからね。
この子、弱ってるけど強いよ。」
ロジンはヒカルを見つめる。
ロジン「子猫を助けられるあなたは、立派よ」
ヒカル「お母さんこそ、あの寒さの中、見捨てなかった。
私、その優しさ大好きだよ」
二人は顔を見合わせて微笑んだ。
◆ 名前を決める
翌朝。
子猫は元気を少し取り戻していた。
ロジン「名前、決めましょうか」
ヒカル「白と黒のぶち模様
うーん」
ロジン「“レモ”なんてどう? クルド語で『小さな子』って意味」
ヒカル「かわいい! レモ、今日からあなたはレモね!」
子猫は「ミィ」と鳴いた。
ロジン「返事したわね」
ヒカル「ねぇ、お母さん。
私たち、本当に家族が増えたね」
◆ 暮らしの変化
レモが来てから、家はにぎやかになった。
朝。
ロジンが掃除していると、
レモがモップにじゃれつき、
ロジンが「きゃっ」と声を上げる。
ヒカル「お母さん、レモは掃除手伝ってるわけじゃないよ」
ロジン「いたずらがすぎるわ!」
バイト終わりのヒカルが帰宅すると、
レモは必ず玄関にダッシュしてくる。
ヒカル「ただいまー、レモ! !」
ロジン「すごい。完全にヒカルが親ね」
ヒカル「お母さんはおばあちゃんってことで」
ロジン「もう、やめてよぉ!」
◆ ヒカルの変化
レモの存在は、
ヒカルの大学生活にも良い変化を与えた。
・レポートが大変な日、レモを抱いて癒やされる。
・友達にも写真を見せ、「かわいい!」と大人気。
・ペットショップのアルバイトもますますやる気が出る。
ヒカル「お母さん、レモが来て、生活が明るくなったね」
ロジン「あなたが守ってくれているおかげよ」
ヒカル「私たち、いいチームだよね」
ロジン「ええ、最高の母娘よ」
二人はレモを挟んで笑い合った。
◆ 小さな命が運んだ光
夜。
ロジンはレモを撫でながら思う。
──戦場で失ったものは多かった。
──でも、今は得たもののほうが多い。
レモが
「ミー…」
と眠そうに鳴いた。
ロジン「あなたが来てくれてよかったわ」
ヒカル「ねぇ、お母さん」
ロジン「なぁに?」
ヒカル「私たちこれからもっと幸せになれる気がする」
ロジン「ええ。そうね。レモと一緒に」
二人と一匹の静かな夜が、
やさしく流れていった。
千葉県郊外の小さな賃貸一軒家。
夕方になると、ヒカルの帰宅する足音と、ロジンが温めた夕飯の匂いだけが家を満たす。
“父のいない家”に慣れてはいる。
けれど、ヒカルは18年以上の人生で理解していた。
母は誰より強いけれど、誰より壊れやすい。
■就職活動、そして苛立ち
大学4年。
ヒカルは就職活動に苦戦していた。
面接。エントリーシート。落選通知。
社会学部で学んだことをどう活かすか、まだ掴めずにいた。
「はぁ…また落ちた」
履歴書の束を机に置くと、ロジンが心配そうに覗き込む。
「ヒカル、無理しなくてもいいのよ。焦らないで」
「焦るよ。ママだって一人で働いてるじゃん。私も稼がなきゃ」
ロジンは微笑んだが、その目はどこか曇っていた。
■ロジンの悪夢
夜。
ヒカルが寝静まったころ、ロジンはベッドの端で頭を抱えていた。
砂漠の夜。
赤い煙。
倒れるカイ。
胸に広がる血の温度。
泣き叫ぶ自分。
夢はまるで実写のように鮮烈で、息ができない。
「カイ……ごめんなさい」
ロジンは声を押し殺して泣いた。
その夜だけではなかった。
次の日も、またその次の日も。
ロジンは、明け方までずっと泣いていた。
■ヒカル、異変に気づく
ある夜、ヒカルはトイレに起きると、廊下にうっすら灯りが漏れているのを見つけた。
リビングを覗くと——
母が、テーブルに伏して泣いていた。
「ママ…?」
ロジンは驚いて顔を上げ、慌てて涙を拭く。
「だいじょうぶ、ヒカル。ちょっと、昔の夢を見て…。」
「またパパの夢?」
ロジンは小さく頷く。
「あなたには関係ないから。気にしないで…。」
ヒカルはゆっくりとロジンの背に手をまわした。
「関係あるよ。
私はママの娘なんだから」
ロジンは堰を切ったように泣き出した。
母の弱さを知った娘
夜中のリビングで、ヒカルは母を静かに抱きしめ続けた。
「ママ、泣きたいときは泣いていいよ。
我慢しなくていい」
ロジンは震えながら言った。
「あなたに…心配かけたくないの」
「かけさせてよ。
いつまでも子どもじゃないし、
ママの一番の味方なんだから」
ヒカルの言葉は、ロジンの胸の奥に深く響いた。
「ヒカル、ごめんね。
あなたには楽しく大学生活を送ってほしいのに…。」
「ううん。
私、ママが生きてくれてるだけでいいよ」
ロジンは声を上げて泣いた。
その夜から、母娘の距離はさらに近くなった。
■夜な夜な寄り添う日々
ロジンが泣き始めると、ヒカルはそっと布団から出て、母の寝室へ行った。
・背中をさする
・冷たい水を持ってくる
・眠れるまで手を握ってあげる
そんな日が、週に2〜3回は続いた。
ヒカルの大学生活と就活は忙しい。
それでも、ヒカルは弱音を吐かない。
「いいよ。ママを支えるのは私の役目だから」
ロジンは、ヒカルが寝息を立てるたび胸が締めつけられた。
「私よりもずっと、強く、大人になったのね。」
■ヒカルの覚悟
秋の夜、ヒカルはロジンの隣に座りながら言った。
「ママ、私ね。
就職先は“人を支える仕事”にしようと思う」
ロジンは少し驚いた顔をした。
「そんな仕事、大変よ?」
「いいの。
ママが生きてきた痛みを知ってるから。
私も誰かの痛みに寄り添える大人になりたいんだ」
ロジンの目から、また涙があふれた。
「ヒカルあなたは、本当に強い子ね」
ヒカルは照れくさく笑った。
「ママのおかげだよ」
■静かな朝
冬の気配が降りてきたある朝。
ロジンは久しぶりに、「悪夢を見ずに」朝日を迎えた。
キッチンでは、ヒカルがエプロン姿で朝食を作っている。
「ママ、おはよ。今日は顔色いいね」
ロジンは微笑んだ。
「ヒカルがいてくれるからよ」
ヒカルは照れ隠しにフライパンを振って言った。
「ママが元気なら、それでいいじゃん」
静かな朝。
二人の暮らしはまだ続く。
けれど、互いに支え合いながら、確かに前へ進んでいた。