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「……大丈夫ですかねえ」
「何がだ?」
ウィンベル宝物殿から馬車でギルド本部まで
戻る車中―――
私は心配と疑念を思わず口にし、それに対し
ライオットさんが聞き返す。
「いや、だって……
恐らくこの国で一番の魔法封印の扉を開けて
しまったんですよ?
今後、宝物殿で何かあったら、真っ先に
疑われる事になるのではないかと―――」
その答えに彼は……
片腕で自分のひざをつかむようにし、
また片腕の拳をアゴに当てて、
「あそこまでたどり着く事が出来ればな。
扉だけじゃなく、何重にも分けられた区域と
衛兵がいるんだぞ?」
言われてみれば、王家が保有する宝物殿だけあって
セキュリティレベルはMAXだ。
疑われるかどうか以前に、顔を見られずに
侵入する方が困難か。
「そういえばシン、結局扉ってどうなったの?」
左隣りに座って密着しているメルが、より体を
押し付けるようにして聞いてくる。
「開けた後、『元』に戻しておきましたから―――
引き続き使えるようになっているんじゃないで
しょうか?」
「ああ、それは確認した。
『おんおふ』ってヤツか……
だがこれで王家の方は片付いた。
侯爵家の方からも近いうちに返事が来ると
思うが、それまでは本部で待機していてくれ」
ギルド本部長の言葉に、今度はアルテリーゼが
口を開き、
「侯爵家はどのような用事なのだ?
そちらも扉が開かぬ、とか?」
イタズラっぽく笑う彼女に、ライオットさんは
両目を閉じて顔を天井へ向け、
「まさか連続でそんな用件では無いと思うが……
そうだ、シン。
今回の件で、ナイアータ殿下から報酬が出る事に
なるだろう。
何かお望みの物とかあるか?」
突然話を振られた私は『んー』と考える。
と、窓から外の景色が見え、
「外灯……
と言ったらもらえますかね?」
「高価いが、別にご禁制の品ってわけじゃないから、
大丈夫だと思うぜ。
ちなみにどれくらい欲しいんだ?」
その問いに私はまた考え込む。
ウチの町や東の村にも欲しいし、何より火事の心配が
無くなるので、孤児院に……
「出来るだけたくさん、って感じで。
柱部分は要りませんから」
「わかった。
俺から王家に伝えておくよ。
多分今日はもう何も無いと思うから―――
3人ともゆっくり休んでくれ」
こうして4人とも馬車に揺られながら……
ギルド本部へと帰途についた。
「ふぅ。
2人とも、お疲れさま」
自室にと割り当てられた大部屋で、ベッドに
寝転がるメルとアルテリーゼを見ていたわる。
「というかメル殿。
我らは別に疲れておらぬだろう?」
「馬車で肩が凝る事も無かったし、
そりゃそーなんだけどぉ~……
肉体的にっていうより精神的に?」
妻たちの会話を聞きながら―――
家族が揃っていない事に気付く。
「アルテリーゼ。
そういえばラッチは?」
「む? ラッチか?
ここの職員たちに思いのほか人気のようでのう。
ラッチもまんざらではないようだし」
人の生活、特に冒険者ギルドに馴染むようなら、
決して悪い事ではないだろう。
「それに……
子供がいたら、夫婦らしい事も出来ぬと思ってな」
その言葉に、グロッキーだったメルもガバッと
起き上がり―――
「そーですよねえ。
考えてみれば、新婚生活に必要な物を求めて
王都に来ているワケですから。
新婚、なんですよねえ、私たち♪
シ・ン・コ・ン♪」
ジリジリと2人で獲物を追い詰めるように
私に向かってくる彼女たちに、
「ちょ、ちょっと落ち着きませんか?
ココはそーいう宿泊施設では……」
「えーココで本部長様からの伝言がございます。
『防音はバッチリだけど壊すなよ』だそうです♪」
ライオットさんの気遣いに感謝と、
『何してくれてんのあの人!?』
という感想が混じる中、いつの間にか扉ではなく
壁際へ追い詰められ―――
「シンも悪いのだぞ?
異界のあのやり方……
あんな事を体が覚えてしまっては、もう
それ無しで生きてはいけなくなったのだから」
「そうですよ~♪
こんな体にしてしまった責任、
取ってくださいよねぇ♪」
どういう責任の取り方!?
と一人自分で心の中でツッコムも、それは当然
彼女たちには聞こえず……
すると、突然アルテリーゼが顔を赤らめ、
「……な、なあ、シン。
我らばかりシテもらっても悪いから、
そ、その……」
「あの、アルちゃんと相談したんですけどっ。
私たちも教えてもらったら覚えますからっ」
そしてそのままお互いに体力を使い果たすまで
夜の勉強会に突入し―――
翌朝、本部長からのお使いが来るまで、
3人で泥のように眠っていた。
本部の食堂で、ラッチを含め家族で朝食を取る。
2人の妻はツヤツヤテカテカしたオーラを放ち、
反対に私は年齢からくる疲れを隠せないでいた。
「今日は侯爵家に行くんですよね、シン」
「お昼過ぎに迎えが来るようだから。
それで今回も、ラッチを置いていく事になるけど」
ラッチに目をやると、小さな羽をパタパタさせて、
「ピュイッ?」
「今日も留守番だが、良いかのう?」
「ピュルゥル~♪」
よほど職員の人たちに良くしてもらっているのか、
不満そうな態度は見られず、ひとまずホッとする。
「して、侯爵家はどのような用事なのだ?」
「やはり返礼の品に関わる事らしい。
まさか本当に二回続けて魔法封印の扉かな?」
とはいえ、『返礼の品についての相談』としか
書いておらず―――
詳しくは行ってみなければわからないのだろう。
「まあ、シンに任せておけば問題無いがな!」
「そーですよぉ~♪
シンに出来ない事なんて無いですぅ♪」
「ピューイッ!」
家族の信頼が厚いのはいい事だと思うけど、
過信されるのも困るな……
さすがに原始的な攻撃や物理的な仕掛けは
お手上げなんだし。
その時はドラゴンのアルテリーゼに頼むか。
そんな事を考えつつ、みんなで朝食を平らげた。
「では行ってきます。
ラッチ、ちゃんと職員さんたちの言う事を
聞くんですよ」
「ピュイィッ!」
午後になって―――
レオニード侯爵家から迎えの馬車が寄越され、
私と妻二名は車中の人となった。
今回は急用が出来たとかで、ライオット本部長は
同行しない事になった。
王家はともかく、さすがに本部長ともなれば
多忙なようで―――
また、宝物殿の解決を見た際に、自分たちだけで
十分対応出来る、と見てくれたのもあるだろう。
正直、内心はかなり不安だが―――
ジャンさんが言う通り、いつまでも誰かに
フォローしてもらう事が保証されている
ワケではないのだ。
「ねえ、シン。
また考え事?」
メルが心配そうな表情で、見上げるように
見つめてくる。
「んー……
自分の『力』は秘密だからね。
またうまくごまかせるかどうか」
すると彼女は私の腕をぎゅっと抱きしめる
ようにして、
「いーんですよぉそんな事!
そのためにお偉いさんがいるんでしょ?
いざとなったら全部ライオットさんに
丸投げしちゃえばいいんです!」
「そうだぞシン。
何でも一人で抱え込もうとするな。
我だってメル殿だっているのだからな」
2人の妻の言葉に気がいくぶんか楽になり―――
3人を乗せて、馬車は目的地へと進んだ。
「初めまして。
レオニード侯爵家当主、ヴィッセルだ。
この度は我が三女、フランの婚約の相談に
乗って頂き、感謝する」
応接室らしきところに通された3人は、
当主から丁寧な挨拶を受けた。
50代後半の男性―――
ロマンスグレー、と言ってもいい上品な灰色の短髪、
そして立派にたくわえた口ひげは、それだけで
一般人とは違う気品をかもしだす。
「初めまして。
冒険者ギルド所属・シルバークラス、
シンです」
「お、同じくブロンズクラス、メルです」
「同じくブロンズクラス、アルテリーゼだ」
妻の一人の口調が気になるが、向こうは問題に
していないようだ。
恐縮しながら、話を進めてもらう。
「それで、本部長からの連絡では―――
返礼の品に関わる事、とありましたが」
「そう―――
この度、ドーン伯爵家からワイバーンを献上
されたのだが……
侯爵家としてはそれなりの物を伯爵家に
返礼しなければならない。
それで頭を痛めておって……」
そのワイバーンも元はと言えば自分が用意したもの
だからなあ。
少し責任を感じてしまう。
「シン。
またワイバーンを落としてくればいいのでは
ないか?」
確かにそれが一番手っ取り早い解決法だろう。
しかし、目前の侯爵家当主は首を横に振り、
「同じ物ではいかんのだよ。
侯爵家から伯爵家へと返礼するのだから―――
あれ以上でなければならない。
そうでなければ貴族社会の中で納得が
得られんのだ。
何とも面倒な話だと思われるだろうがね」
軽くため息をつきつつ、正直に語る。
恐らくは本音なのだろう。
「すまぬ。
グチるために呼んだのではなかった。
それで相談なのだが―――
ワイバーン以上の獲物など考えられるだろうか?
いや、ワイバーンだけでも難易度が高いのは
承知している。
それでも、用意出来るのであれば……!」
苦悩に満ちた声で、懇願するように
頼んでくる。
しかしワイバーン以上と言われても
どうしたものか……
こちらも頭を悩ませていると、隣りに座っていた
メルが、トントンと指でつついてきた。
「ね、シン。
確かアルちゃんからもらった物、無かったっけ?」
すると反対側のアルテリーゼも反応し、
「アレか?
シン、今も持っておるか?
無ければすぐはがして用意するぞ」
「あるから! 持っているから!!」
アルテリーゼを何とか止めて、フトコロから
その品を取り出す。
それは手のひら大の、多角形の金属板のような物。
「こ、これは……?」
レオニード侯爵は、目の前のテーブルに置かれた
輝きを放つ物体を凝視する。
「ドラゴンのウロコです。
これではどうでしょうか?」
すると彼は勢いを付けて立ち上がり―――
「ドドド、ドラゴンのウロコだとぉ!?」
と、屋敷中にレオニード侯爵の大声が響き渡った。
「……間違いありません。
竜種の中でも上位種とされるドラゴンのものです」
急ぎ鑑定スキルのある人間が呼ばれ―――
アルテリーゼのウロコに太鼓判を押す。
「(上位種ってそうなのか、アルテリーゼ?)」
「(知らぬのう。
人間が我々をどう称しているか、興味は
無かったし)」
鑑定していた彼がウロコから顔を上げ―――
分析に熱中していたのか、眼鏡を外すと汗をぬぐう。
「しかし、どこでこんなものを―――
もしや貴方は、ドラゴンスレイヤー……!?」
「いや違いますよ」
そのウロコはもらったもの、と説明しようと
した時、隣りでアルテリーゼがくねくねと
腰をくねらせながら、
「まあ確かに、ある意味―――
『討伐』されたようなものだのう♪」
「夜の戦いでは2人とも完敗ですとも
ゲヘゲヘゲヘ♪」
妙な笑いをする嫁二名を見て、レオニード侯爵は
不安そうに、
「お連れの方々はどうかしたのか?」
「侯爵様に優しさがあるのでしたら
聞かないでください」
「お、おう……」
と、微妙な顔になった侯爵様と改めて交渉を行い、
ウロコを譲る事は了承し―――
報酬は、ものがものだけにすぐ確約は出来ないが、
価値が確定次第ギルド本部を通して渡す、という事で
話はまとまった。
そして門の外まで、侯爵様直々に送って頂き、
3人で深々と礼をする。
「(何かこっちの方はあっさり終わったね、シン)」
頭を下げながら、メルがぼそっと話す。
「(いやメル、それフラグ……)」
「(?? 何だ、ふらぐとは?)」
すると屋敷の反対側―――
私たちの後ろから声が掛けられた。
「よーオヤジ! 今帰ったぜ!
ん? 何だそこにいる連中は?」
振り返ると、そこにはいかにもな放蕩息子という
感じの、20代前半と思われるガラの悪い男が
立っていた。
肩まで伸ばしたロングミドルの金髪、顔は悪い
部類ではないと思うが、男性の割には濃い化粧
とでもいうか―――
一言で表現すれば、オラオラ系のホスト、
というところか。
地球でいう中世貴族風のコスプレっぽい衣装も
相まって……
取り敢えず妻2人を私の後ろに回して、彼の前に
立ち、ペコリとあいさつする。
「冒険者ギルド所属・シルバークラス、
シンです」
「何だゴミか。
まぁいいや、どけ」
と、彼の言葉に反応して、後方の2人から
殺気が増幅して発されるのがわかる。
「客人に無礼は許さんぞ、シーガル!
この方々はフランの婚約の相談に乗って頂くため
呼んだのだ!!」
さらにその後方で、息子の態度を注意する侯爵様の
怒鳴り声が響く。
さすがに父親に注意されてはバツが悪いのか、
眉間にシワを寄せながらガシガシと頭をかく。
そして当主の前まで行くが、さらにそこで
侯爵様が説教モードになり―――
「まったく……!
だからお前には婚約はおろか、見合いの話すら
来ないのだ!
どうせまた女遊びでもしていたのだろうが!」
「そんな事言われてもねぇ~。
どうせ俺は次男だし、跡継ぎじゃねーし……
ちったあ遊んでいてもいいんじゃない?
それに俺、女にはウルサイよ?
だからこーして吟味して回っているワケで♪」
よく口が回るものだなあ、と感心していると―――
私の後ろに隠すように立たせた嫁二名に彼の視線が
向かって、
「おー、ゴミにしてはいい女連れてんじゃん♪
な、それ置いていけよ」
すると後ろにいる妻たちが互いに言葉を交わし―――
「(なあメル殿。あいつ殴っていいか?
無論死ぬまで)」
「(ダメですよ、アルちゃん。
ここにゴミ捨てたら誰が後片づけするの?)」
後方から不穏な会話が聞こえてくる中、
さらに彼は続け、
「オイ、どうせ平民の冒険者だろ?
まさかこの侯爵家様に逆らおうってんじゃ
ないだろうなあ?」
そしてさらに後方からの殺気は膨れ上がり―――
「(なあメル殿。もう殺っちゃっていいよね?)」
「(もうちょっとガマンして。
人気の無いところにどうやって誘い出すか
今考え中だから)」
アカン。段々と後ろで彼の死刑執行計画が着々と
立てられつつある。
「いい加減にせんか、シーガル!!
この方はシルバークラスなれど、一人で
ワイバーンを複数倒すほどの腕前なのだぞ!!
少しばかり腕に覚えがあるからといって……
お前ごときが怒らせていい相手ではない!」
父の言葉に、シーガルさんは目を丸くして、
「冗談だろ?
このオッサンからはほとんど魔力なんて
感じねぇぞ?」
ほとんど、どころか―――
魔力なんて私には『無い』のだが……
「へえ、ならこういう事だよな?
俺がこのオッサンに勝てば―――
俺はそのワイバーン撃墜者よりも上って証明に
なるんじゃねーの?
レオニード侯爵家の名も上がるってものだぜ?」
息子の提案に、父親は『はー……』と深く
ため息をつく。
私はそんな侯爵様に向かって片手を上げて、
「んー……模擬戦なら受けてもいいですよ?
もちろん手加減はします」
その言葉に彼はチッ、と舌打ちし、
侯爵様は顔を上げてまたため息をつく。
「はぁ……
愚息が申し訳ない。
手加減などしなくて結構―――
根性を叩き直してやってくれんか?
一度あいつは、痛い目にあわないと
わからないようだからな」
私の申し出を聞いていたのか、2人の妻も
やってきて、
「シン!
やっちゃうの?」
「まあ、ちょっと試したい事もありますので」
メルの後にアルテリーゼも続き、
「首の一本や二本、へし折ってやれば
いいのじゃ」
「アルテリーゼ、それ死ぬから……
人間の首って一本しかないから」
そんな会話を聞こえているのかいないのか、
シーガルさんは意気揚々と歩き出し、
「ムダ話は終わった?
じゃ、中庭へ行こうぜ。
武器もやり方も選ばせてやるからよ」
そして彼の後へ、私と侯爵家当主、そして
嫁二名がついていく。
さらにその後ろに使用人数名も―――
カルベルクさんってまだマシな部類だったんだなあ、
と、私は歩きながらしみじみ考えていた。
「―――ここだ。
好きなモン使いな。
俺はコレでやるからよ」
木剣を持ちながら余裕そうに語る彼を横目に、
私はその光景に驚いていた。
5メートルほどの上空に屋根があり―――
中庭の半分ほどを覆う。
恐らく、雨天の時でも使えるように
しているのだろう。
そして、ギルドの訓練場にも負けず劣らずの
武器の種類・量。
訓練用と思われる木製の武器も多数あり、財力と
本気の度合いを伺わせる。
「言っておくが、俺はこれでも―――
騎士団の中じゃそこそこの腕前なんだぜ?
もっとも仕事は、思い上がった平民どもの
腕を叩き折るのがメインだけどな」
息子の言葉に、父親は苦々しい顔で答える。
「だからお前は出世出来ないのだ。
その素行の悪さが原因だとなぜわからん?」
ふーむ……
勘違いのお坊ちゃんかと思いきや、それなりに
実力に自信もあるらしい。
「……ひとつお聞きしますが、平民の腕を折ると
いうのは、同じ騎士団の?」
「いいやぁ?
ちょっと街に出ると生意気な平民なんざ
ゴロゴロいるからなあ?
あ、モチロン相手には武器を選ばせてやってるよ♪
今のお前のようにね。
そこまで無慈悲じゃないんでねえ、俺は」
前言撤回。情け無用。
嫁2人に顔を向けると―――
メルもアルテリーゼも両目を閉じて腕組みし、
黙ってうなずく。
「あ、そーそー♪
俺が勝ったらそこの女二人とも借りるぜ?
大丈夫、俺は女には優しいから♪
で、どうすんの?
さっさと武器選べよ」
私はそのまま彼と対峙し、手の平を握ったり
開けたりして、
「いいですよ、このままで」
「は?」
理解出来ない、というように木剣を肩に斜めに
構えて、私の方を見下すように見つめる。
「やり方は決めさせてもらえるんですよね?
では、身体強化と武器による戦闘でお願いします。
……ただし、私に武器は必要ありません」
何を言っている? という顔をする彼に構わず
私は言葉を続け―――
「わかりやすく言えば―――
『お前ごとき素手で十分だ』という事で
ございます」
するとシーガルさんは木剣を構え直し、
「上等じゃねぇか、平民ごときが。
オイ、治癒魔法使いども!
準備しとけ!!
さすがに命まで取る事はしねえが……!
死んだ方がマシだと思うくらい
痛めつけてやる!!」
そして、彼に取っては『制裁』が―――
私に取っては『実験』がスタートした。
恐らくこれも、メルとアルテリーゼ欲しさの
因縁付けなのだろう。
となると、普段どういう理由で平民の腕を
折っているのかも推測出来る。
「(さてと、まず―――
『オフ』にしてみますか。
身体強化など、
・・・・・
あり得ない―――)」
「……?」
シーガルさんは一瞬表情を変えた。
金属製の剣よりは軽いが、木剣でも重みに違いが
生じたはず―――
それに気付いたはずだ。
もっとも、気付いたところで理解出来ず、どうなる
事でも無いだろうが。
「おらよっ!」
手にした得物を振りかぶって無造作に近付く。
こちらが素手という事が、よほど余裕を与えて
いるらしい。
―――身体強化は、こちらの世界では
・・・・・
当たり前だ。
気付かれないよう小声で、『元』に戻してやる。
すると―――
「……っ!?」
彼の手から木剣がすっぽ抜けて、宙を舞う。
やがて大きな放物線を描くと、花壇に落下する。
「……あ?」
ぽかん、と彼はその現象を見つめていた。
言ってみれば、体を重くした状態からいきなり
軽くしてやったようなもので―――
勢いが付き過ぎた状態になったのだろう。
「……どうしたんですか?
貴方も素手で戦うんですか?」
私の声に我に戻ると、シーガルさんは使用人に
怒鳴りつける。
「オイ! ボサッとしてんじゃねえ!!
さっさと次の木剣を寄越せ!!」
恐らくは困惑の段階だろうが―――
こちらの目的は果たされている。
私の『実験』。
それは、宝物殿から帰ってくる際にライオットさんが
口にしていた……
―――ああ、それは確認した。
『おんおふ』ってヤツか―――
私の唯一の能力。
『自分の常識以外の事を起こさせない』もの。
それを短期間で、電気のスイッチのように
オンオフを繰り返したらどうなるのか?
という疑問がふと沸き起こったのだ。
ちょうどそこへ試しても良心の呵責を感じない、
モルモット志願者が現れてくれた、
というワケで―――
そして私は『実験』を再開する事にした。
「……クソッ!!
どうなってやがんだよ!?
テメエ、俺に何をしやがった!?」
何度も木剣を持っては、すっぽ抜け、空振りし、
果ては体ごと空回りして―――
さすがに彼の体力も減少してきたようだ。
「見苦しいぞ、シーガル。
シン殿が魔力を使った気配など微塵もない」
模擬戦を見ていた父親が即座に否定し、息子に
現実を突きつける。
「お酒でも残っていたんですかね?
それとも―――
本能的に危険を察知したのだとしたら……
その感覚を大切になされた方がよろしいかと」
ビクン、と彼は体を揺らす。
このまま降参してくれたら楽なんだけど……
と思っていると、自ら木剣を投げ捨て―――
「チクショウ……ッ!
平民ごときが……!
調子に乗るんじゃねええぇえええッ!!」
と、片手の手の平を上にして、そこへ火球を
作り出し―――
その半径は瞬く間に広がっていく。
「シーガル、何を!?」
「シーガル様!?」
侯爵家当主と、その使用人がざわめく。
嫁二名はそれとは対照的な態度で―――
「恥の上塗りってのはこういう事ですねー」
「もう何でもやってみればよかろう?」
と、涼し気な顔で巨大化した炎を眺める。
「(……フム。
発動前に無効化した事は何度かありますが―――
発動後に本格的に試した事はそれほど
ありませんね。
ここはひとつ、再確認といきましょう)」
確か、ジャンさんが出した火とか、ライオットさんが
発動させた全属性の魔法弾を消滅させた事がある。
ならば、それが手から離れていても―――
消し去る事は可能なはず。
一応、万が一の事を考え、私は腰をある程度落とし、
避ける準備だけはしておく。
「ムダだ平民!!
身の程知らずにも俺に逆らった事を―――
あの世で後悔しろぉ!!」
と、私に向かって火魔法が放たれ……
「(そんな魔法など、
・・・・・
あり得ない)」
と、魔法そのものを『オフ』にする。
すると―――
火球は目の前で蒸発したかのように、少しの熱気を
残して、文字通り消滅した。
「レ、抵抗魔法か!?」
「そんな、あんな一瞬で……」
メルとアルテリーゼをのぞくギャラリーはどよめき、
私は手をパッパッと払うように動かす。
「……少しは温まりましたかね」
どうやら多少は余波が残るらしい。
これは貴重な体験……そして情報。
私とシーガルさんとの間に、冷たい空気が
埋めるように戻ってきて―――
彼はぺたん、とその場に尻もちをつく。
そこへ、侯爵家当主が歩み寄り―――
「大人しく負けを認めていれば、まだ見込みは
あったものを……
このバカ息子め。
レオニード侯爵家当主、ヴィッセルが命じる。
シーガル、お前は今日をもって勘当だ!!」
ぱくぱく、と水面で呼吸する金魚のように
口を開閉させる彼を見下ろし―――
私は片手を父子の間に差し入れるように割って入る。
「お待ちください、侯爵様。
そこまでする必要は無いかと」
「シン殿!?」
「……へ?」
ヴィッセル侯爵とシーガルさんが、同時に私へと
振り向く。
「私だって彼くらいの頃は―――
人の事を言えた義理ではありませんし……
まだ若いのですから、更生の機会を与えても」
「ううむ、しかしそれではこのバカの度重なる
非礼は―――」
当主として、けじめを付けるためにもそう簡単に
許すわけにはいかないのだろう。
そこで、本来の目的を引き合いに出す。
「それにここに来たのは、フラン様の婚約における
相談のためです。
その懸念が解決した、めでたい日だと
いうのに―――
同時に追放者を出すというのは、ちょっと……
私としてもその、後味悪いですし」
すると侯爵様はふぅ、と軽く一息付き、
「すまん。こちらも頭に血が上っていたようだ。
シーガル、シン殿に感謝するがいい。
しばらく謹慎しておれ」
父の言葉を聞いた息子は、手足をもつれさせながら
屋敷の中へ逃げるように入っていった。
「シン殿、この度は礼を言う。
フランの婚約の品を用意してもらった
だけではなく、シーガルの思い上がりも
叩き直してくれた。
バカ息子め、少しはいい薬になっただろう」
そこに妻2人が駆け寄ってきて、
「じゃあシン!
帰りましょう」
「お疲れ様、シン」
そして密着すると、メルとアルテリーゼは小声で、
「(あんなんで良かったの?
もうちょっと痛めつけてやってもよかったのに)」
「(そうだぞ、シン。
我が夫を侮辱したのだ、万死に値する)」
私は2人の妻の肩をぽんぽんと叩いてなだめ、
「(いいんですよ。
それに、ちょうどいい実験も出来ましたからね)」
それから私たち3人は侯爵様の用意した
馬車に乗り―――
ギルド本部へと帰っていった。