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君に出会って、
君を嫌いになって、好きになって、
そして君は俺の元を去った。
滉斗side
その人は突然、バンドのスタジオに連れてこられた。
元貴『今日からバンド加入するから。藤澤さん。』
涼架『藤澤涼架です、お願いします。』
“藤澤 涼架”
美しい口元から紡がれたその名は、まるで俺を包み込む女神の名のような気がしたんだ。
でもどこか繕ったような彼の笑顔に、俺は嫌悪を感じた。
折角出会えたというのに本気で笑わない彼に。
そして、その彼を含めての活動が始まった。
練習の間も彼はずっとニコニコ顔を貼り付けていた。
何をしても怒ることはなく、かと言って会話に混ざって爆笑するというわけでもない。
良く言えば、おしとやかで見守ってくれるポジションの人。
悪く言えばノリの悪い、とっつきにくい人。
そういうのが俺は苦手で鬱陶しかった。
彼が加入して1年くらいのとき、やっとその気持ちをぶつけた。
滉斗『ねえさ、なんでずっと笑ってんの?そんなヘラヘラしてばっかりでいいバンドじゃないんだけど。』
涼架『ごめんね、…………ちょっと、ね…っごめん、泣』
滉斗『え、ぁ…いや、そんなつもりじゃ……』
このとき彼は、初めて涙を見せた。
今まで誰にも拾われることのなかった、宝石のような涙を零した。
そして俺は、彼に泣いてほしくないという気持ちに気付いた。
それが何かは分からなかったけど、
ただ彼が悲しみに暮れているのを見るのが、これ以上なく苦しかった。
滉斗『ごめん…なんか理由、あったの…?』
涼架『ううん…』
『………若井くんはさ、僕のこと嫌い?』
滉斗『え……、嫌いじゃ、ない…』
涼架『…そっか、よかった………っ』
『名前…さ、、………やっぱ何でもない、』
『ごめんね迷惑かけて。もっと頑張るね、、』
『じゃあまた後で…』
滉斗『ぁ……、』
彼は部屋を出ていった。
一度だけ見せた涙をもう押し込めて、また笑顔を貼り付けて。
そして俺はまた気付いた。
まだ彼の名前をまともに呼んでいないと。
藤澤さん。涼架さん。…りょうちゃん。
でも俺は、 “涼架” って呼びたいと唐突に思ったのだった。
“滉斗” って呼んでほしいとも。
滉斗(無理してそうだったらまた話しかけてみよ、)
鬱陶しさを咎めるために話しかけたはずだが、
これが俺の気持ちを大きく変えることになった。
その後はバンドも色々なことが重なり、休止するという結論に収まった。
その上、大切な仲間を失うことが決まった。
元貴『俺のせいだ…ッごめん、泣』
滉斗『元貴のせいじゃねーよッ泣』
俺は泣いた。元貴も泣いた。
綾華も泣いて、髙野も泣いた。
空間が、涙と「ごめん」で埋め尽くされた。
でも彼は、藤澤は、泣かなかった。
綺麗な瞳を寂しげな色に染めて、口をきゅっと結んで、それでも微笑んでいた。
たった5年、されど5年の付き合いをした2人を失う。
そして藤澤は最年長になる。
ぐっと我慢しているようにも見えた。
最後の5人の夜をスタジオで過ごし、元貴と綾華と髙野は帰った。
藤澤は帰ろうとしなかった。
俺は一回外に出たけど、何故か帰れなかった。
部屋に戻ると、彼は窓から夜空を覗いていた。
あの時の、宝石のような涙をまた流して。
滉斗『りょ、うちゃん……?』
涼架『……名前、呼んでくれたね…っ』
滉斗『ぁ…』
涼架『ふふ、ごめん吃驚したよね…』
滉斗『いや……、、泣いてたの?』
涼架『ばれちゃったかぁ……』
『後から来た僕なんかが、泣いてちゃだめなのにねぇ…っ、』
滉斗『……いいと思う、よ』
涼架『え、?』
滉斗『泣いて、いいと思うよ。一緒にやってきた仲間じゃん。』
『りょうちゃんも、大事な仲間だよ』
涼架『っ……泣』
『ふぁっ、うぁぁぁぁっ泣』
彼は、泣いた。
堪えることなく、声をあげて泣いた。
俺はそっと彼を胸に抱いた。
子どものように俺に縋り付いて泣く姿は、
今までため込んできたものを全部吐き出しているようだった。
涼架『うあぁぁっグスッわあぁぁぁッ泣』
滉斗『……、』
涼架『ひぐっ………グスッ泣』
『ご、め……っ』
滉斗『いいよ、全然。』
どれだけ長い間泣き続けただろう、
目を真っ赤にして俺の腕の中で力なく蹲っていて、年上には見えなかった。
俺だって悲しいけど、苦しいけど、
彼の綺麗な涙に、何より彼の温かすぎた心に、
俺はなんだかドキドキしていた。
この人を離しちゃいけない。守ってあげたい。
あぁ、なんだ。
俺はりょうちゃんが、好きなんだな。
滉斗『りょうちゃん…』
涼架『ごめっ…』
『も、すこしだけ…このままで、いさせて………っ泣』
滉斗『りょうちゃん、、俺…りょうちゃんが好きだ……っ』
『離れないで…俺もこのままで居たいっ、、』
涼架『若井っ、、』
りょうちゃんは、拒まなかった。
俺の想いを、拒まなかった。
俺はりょうちゃんをさっきよりも強く抱きしめ、
りょうちゃんも初めて俺を抱きしめ返した。
月明かりだけが注ぎ込む古いスタジオで、
2人きり抱き合って夜を越した。
滉斗『んん”…っ』
目が覚めると、月に代わって太陽が部屋を照らしていた。
そして俺の腕には腫れた目をしたりょうちゃんが。
あのまま眠ってしまったらしい。
滉斗『りょうちゃん、起きて。』
涼架『ぅ、んんっ………、』
滉斗『りょうちゃんごめん、もう朝だよ』
涼架『あ、さ…………、』
『え”っ?!朝?!』
滉斗『こんな所で寝かせちゃってごめんね、身体痛くない?』
涼架『ううん、大丈夫…こっちこそごめん……』
昨日の俺の言ったことは覚えてないんだろうか…
覚えていられても恥ずかしいが、やっぱ覚えていてほしかったりはする。
名前…すっかりりょうちゃんと呼べるようになったし。
滉斗『あの…俺んちでよかったら来る?家遠いでしょ?』
涼架『いい、の…?』
滉斗『うん、、全然大丈夫。目もさ、冷やさないと。』
涼架『そうだね…』
俺の家に帰って、軽くご飯を食べて、お風呂に入った。
…違和感に気付いたのは、りょうちゃんがお風呂に入っている時だった。
かれこれ1時間程たつのに、りょうちゃんが出てこない。
いくらなんでも遅すぎる。
ちょっとだけ申し訳なくなりながらお風呂場に行く。
滉斗『りょうちゃん…?』
『…っ、りょうちゃん!!!』
りょうちゃんがお風呂場で倒れていた。
辛うじて服は纏っていたが、真っ赤な顔で蹲っている。
滉斗『りょうちゃんっ!』
涼架『はぁっはぁっ……ぅ、はぁっはぁっ…』
滉斗『あっつ!?熱あるの、?!いつから?!』
涼架『さっき、っ……きゅ、に…ふらってなって、泣』
滉斗『ごめん、気付けなくて…ベッドに運ぶね、揺れるよ………』
熱い身体を姫抱きして俺のベッドに寝かせる。
熱を測ると、39.2℃。酷い高熱だ。
薬を飲ませて、
氷水を準備して、冷やしたタオルでりょうちゃんの額と目元を拭う。
そして頭を撫でてあげながら謝った。
滉斗『ごめん…昨日の夜帰らなかったせいだ、』
涼架『はぁっ…ふぅっ……、わか、いの…せい、じゃないよ…っ』
『きのう…うれしかっ、た……っ』
『いっしょ、に…ッいてくれ、て…すきって、いってくれて……っ』
滉斗『りょうちゃんっ……』
涼架『ぼくも、すきだよ…っわかいのこと、すきだよ、泣』
夢みたいだ。
あんなに苦手だったりょうちゃんを好きになって、
こんなに好きになったりょうちゃんに、好きって言ってもらって。
滉斗『大好きだよ…ありがとう……』
『今日はゆっくり休んで。』
涼架『わかっ…はなれ、ない…?』
滉斗『離れないよ、りょうちゃん……キス、してもいい?』
涼架『うつっちゃう、』
滉斗『いいよ。辛いことも全部、分け合お………』
涼架『ん、』
りょうちゃんは、虚ろで涙に溺れた目を静かに閉じた。
熱すぎる彼の頬を手のひらで覆い、少しずつ顔を近づける。
そして小さく息を吸って目を瞑り、優しく口付けをした。
涼架『はあっん、、』
りょうちゃんの力ない腕が俺の首に回された。
熱を帯びた口内に舌を入れる。
りょうちゃんは、それをも拒みはしなかった。
少したった後、口を離すとりょうちゃんは熱のせいだけではない赤い顔をしていた。
滉斗『好きだよ、おやすみ……』
涼架『うん、ここにいてね……っ』
滉斗『もちろん、』
今度は頬に軽くキスをして、手をぎゅっと繋いだ。
その日をきっかけに、俺とりょうちゃんは共に過ごすようになった。
元貴からも同居を勧められ、休止期間同じ家で暮らした。
だんだんと距離を縮めていった俺たち。
滉斗『りょうちゃん……』
涼架『なぁに?』
滉斗『あの…っ』
『付き合って、くださいッ!』
涼架『えっ?!』
滉斗『絶対守るから!俺と一緒になってくださいっ!!』
涼架『僕で、いいの…?』
滉斗『りょうちゃんがいい。』
涼架『………お願いしますっ、泣』
晴れて一緒になった俺らは、活動再開した後も幸せに過ごした。
それがずっと続くと思っていた。
過去編をいっぺんに。
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