テラーノベル
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第2話:ローカル線に揺られて
若井side
来週の火曜日。午後九時。約束の時刻を五分過ぎた。
俺は都会のターミナル駅の、ローカル線乗り場前で待ち合わせをしていた。
重いカメラバッグと、涼架の祖母への手土産が入った小さな紙袋を足元に置き、腕時計を睨む。計画性ゼロの男だ。
スマートフォンを取り出し、涼架にメッセージを送ろうとした、ちょうどその時だった。
「わ、若井ー!ごめんっ!ごめんよー!」
人混みを掻き分け、息を切らした涼架が、大きなリュックを揺らしながら走ってきた。
汗だくで、まるで今起きたばかりのような、寝癖の残るふわふわの髪に目が付く。
「遅いぞ、涼架。九時集合って言ったはずだろ」
俺はため息を隠さなかった。
涼架は立ち止まると、両手で膝を手につき、肩で息をする。
「はぁ、はぁ……ごめん、ごめんって!朝、目覚ましをね、設定したつもりが…休止日モードになってて…」
「休止日モード?そんなものがあるのか」
「うん。便利だよねって思って使ったんだけどまさか今日が休止日扱いになってると思わなくて!」
俺はもう、彼のだらしなさに呆れるのを通り越して、ある種の感心すら覚えた。
よくそれで今まで生きてこられたな、と。
「いいから。早く立て。予定の電車に間に合わなくなる」
「うん、ありがとう、若井!」
涼架はすぐに立ち上がり、にっこり笑う。その笑顔に、俺のイライラが少しだけ霧散した。
「荷物はそれだけか?なんか、すごいデカいリュックだな」
「あ、これ?うん、着替えとか色々。あと、若井に秘密のおやつ用意してきたんだ!」
涼架はリュックのチャックをガサゴソと開けようする。
「いいから、開けるな!駅で変なもん出すな。行くぞ」
俺たちは急ぎ足で改札を抜け、指定されたホームへと向かった。
ローカル線に乗り込み、席を見つけて荷物を置いた。窓の外を流れる景色が、徐々に都会のビル群から緑へと変わっていく。
「ふー、間に合ったね!」
涼架は安堵した様子で座席に深くもたれかかった。
「お前が遅刻しなければ、こんな焦る必要はなかったんだ」
俺はまだ少し皮肉めいた言い方をしてしまう。
「ごめんって。でも、若井とこうして電車に乗ってるの、なんか新鮮だね」
涼架は笑った。
「どこがだ。いつも学校で顔を合わせているだろう」
「うーん、そうじゃなくて。こうやって、遠くに、二人だけで向かってるってのが、なんか旅行って感じがしてさ」
涼架の言葉に、俺は少しドキリとした。「二人だけ」という響きが、妙に意識に引っかかった。
「俺は写真部の課題だからな。旅行気分で来てるわけじゃない」
「わかってるよ。でも、せっかくだからちょっとくらい楽しもうよ。ね?」
涼架は俺の顔を覗き込むようにして言った。
「……勝手にすればいい」
俺は持ってきたカメラバッグから、愛用のカメラを取り出した。
涼架の言う通り、少しでもシャッターチャンス探すことに集中しようと、ファインダーを覗いてみた。
「あ、若井、もう撮るの?早いね!」
「当たり前だろ。カメラはいつも構えておくもんだ」
「そっか。ねぇ、この景色撮る?」
涼架は窓の外を指差した。そこには、田んぼの緑と、遠くの低い山々が広がっていた。
「まだだ。お前のおばあちゃんの家がある場所は、もっと空気が違うはずだろ。お前の言う『時間がゆっくり流れてる感じ』を、俺は撮りたいんだ」
「うん、絶対撮れるよ!僕もね、若井がどんな写真を撮るのか、楽しみなんだ!」
涼架は楽しそうに話す。その屈託のない笑顔を見ていると、遅刻に対する怒りもすっかり忘れてしまった。
電車はさらに山間を走り、電波が徐々に不安定になっていく。俺はスマホの通知が来なくなったことに気づき、これで本当に都会の喧騒から離れたのだと実感した。
涼架はリュックから、件の「秘密のおやつ」ーどうやら地元で有名なレモン味のキャンディらしいーを取り出し、俺に差し出してきた。
「はい、若井。これ、美味しいんだよ」
「別にいらない」と言いかけたが、涼架がすでに一つ包みを開けて口に入れてるのを見て、反射的に俺も一つ受け取ってしまった。
レモンキャンディの酸味が、夏の熱気と電車の振動の中で、妙に心地よかった。
この夏、俺のファインダーに焦点が合う瞬間はこの先待っているのだろうか。
次回予告
[夏の影を追って]
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コメント
2件
あぁ!夏の影がモチーフか!若井さんがちょっと辛辣なのいいなぁ!
続きが楽しみ!