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第3話:夏の影を追って
若井side
電車は長いトンネルを抜け、さらに深い山あいを縫って進んでいった。
車窓の景色は、さっきまでの田園風景から、岩肌が目立つ険しい山と、深い緑の雑木林にへと変わっていく。
「ふー、美味しかった!」
涼架が満足そうに、駅弁の空箱をパタンと閉じた。中身は、彼が途中の大きな駅で「どうしても食べたかったんだ!」と衝動的に買ったらしい、地元の名物らしい鰻寿司だ。
「お前、よくあんな朝早くから重いもの食べられるな」
「えー、だって、旅のお供といえば駅弁じゃん!若井も食べればよかったのに。一口あげるって言ったのに」
涼架は心底残念そうに言う。
「俺は朝は軽く済ませる主義だ。それに、お前のその行き当たりばったりな食欲にはついていけない」
「行き当たりばったりじゃないよ!これは計画的な衝動買い!」
涼架はそう言って、再び窓の外に顔を向けた。
その横顔は、都会にいる時よりもずっと生き生きしているように見えた。
「あとどれくらいで着くんだ?」と俺は尋ねた。
「えーとね、次の駅を過ぎて、あと二駅だよ。そこからは、もう海が近いんだ」
涼架の声にはわ故郷に戻る子供のような、隠しきれない高揚感が滲んでいた。
「海か。撮りがいがありそうだな」
「ね!でもね、おばあちゃん家があるのは、海と山の間。静かな場所なんだ」
そして、ついに涼架が示した駅名のアナウンスが流れた。
『次は、終点、藤里、藤里でございます』
「よし、着いた!」涼架は急に立ち上がり、大きなリュックを掴んだ。
「終点なのか」
「うん。この路線はここまでなんだ。さ、若井降りよう!」
俺たちは電車を降りた。ホームに降り立った瞬間、空気が変わったのを感じた。
潮の匂いと、草木の青臭さが混ざった、湿度の高い、濃い空気だ。
駅舎は古く、小さな木造の建物で、改札は駅員が手動で切符を切る方式だった。
ホームには他に誰もおらず、まるで時が止まったかのようだ。
「うわあ……」俺は思わず声が出た。
「ね?すごい静かでしょ」涼架は誇らしげに笑う。
周りを見渡すと、駅の後ろには深い緑の山が迫り、前方には少し開けた集落が見えるが、家屋は古く、点在している。
都会の喧騒とは隔絶された、まさしく『時間がゆっくり流れている』ような場所だった。
俺はすぐにカメラのレンズキャップを外し、駅舎の古びた看板に焦点を合わせた。
この空気感、フィルムに収めておきたい。
「おばあちゃんは迎えに来てくれてるのか?」
俺は尋ねた。
「うん。多分、駅前にいると思うんだけど……あ、いた!りょうちゃんって呼んでるのが聞こえたから、多分あれ!」
涼架が指差す先には、年季の入った軽トラックの横に、小柄で温厚そうな女性が立っていた。
彼女は涼架を見つけると、手を大きく振った。
「ほら、りょうちゃんって呼んでるでしょ?」
涼架は嬉しそうに笑って、彼女に向かって駆け出した。
「ばあちゃん!遅くなってごめんね!」
「りょうちゃん!もう!心配したよ。電車の遅れかと思ってたけど、寝坊じゃないだろうね?」
祖母は少し呆れつつも、涼架を抱きしめるように出迎えた。
祖母の前で、涼架が「りょうちゃん」という子供のような愛称で呼ばれているのを見て、俺はまた一つ、都会の涼架とは違う顔を見た気がした。
俺は少し距離を置いて、その光景をファインダー越しに収めた。
古びた駅舎、青い空、そして、再会を喜ぶ祖母と孫。
この写真、きっと良い作品になる。そう確信しながら、俺はカメラを下げて、二人の元へと歩み寄った。
「ばあちゃん、この人が、友達の若井滉斗だよ。写真部の、 すごくカメラが上手い人!」
涼架が俺を紹介した。
「初めまして。若井と申します。夏休みの間お世話になります」
俺は深く頭を下げた。祖母は優しく微笑んだ。
「まあまあ、遠いところからよく来たね。りょうちゃんが友達連れてくるなんて、何年ぶりだろうか。さあ、早く家に行こうね。すぐに涼架をりょうちゃんに戻しちゃう、あったかいお茶と、美味しいおやつがあるからね」
俺は「りょうちゃん」という言葉に、再び意識を向けた。
この夏、俺はこの場所で、一体どんな「藤澤涼架」を撮ることになるのだろうか。
次回予告
[古民家とりょうちゃんの生活]
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コメント
2件
若井の知らない涼ちゃんが……!?