テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
早朝五時半起床。布団から這い出しカーテンを開けると、薄紫掛かった空模様だった。六月とはいえこの時間帯だと肌寒さすら感じるほどだ。
朝食準備も並行して済ませつつ、制服シャツとネクタイを結び終えるころには時計の針も七時近くになっていた。
「行こう」
そう思い立ち、玄関を開けて自転車置き場へ向かう途中。視界に入る光景――隣家から出勤準備をしてるオジサンと鉢合うこともあれば、犬を連れてゆく人たちとも遭遇できる時間帯だ。
ただし今日はいつもとは違った雰囲気が漂っていた。道端で話し込む主婦二人組・コンビニ入口付近でスマホを弄る男子高校生の群れ・ゴミ出ししながら会話する近所同士など、全員どこか落ち着かない様子であることに気づく。
「どうしたんだろう?」
疑問を抱えながらペダルを漕ぎ進める。通学路を辿り学校に着くと、更なる異常を感じ取ることになる。
「今日は静かすぎる……」
教室の扉を開け放った瞬間、沈黙の空間だった。
通常であれば朝から賑わいを見せる教室内なのに、誰一人いない様子は非常に奇妙だ。教壇上に置かれているプリント用紙一枚すら見当たらない。
「今日休みだったかな?」と呟きつつ周囲確認しているところへ、生徒が一人入ってきた。しかし何かがおかしい。腕や脚からたくさんの触手が出ていて、口の周りに血がついている。明らかに人間とは異なるものだった。
「まさか……マザーの寄生者?」
マザーとは寄生虫の名前だ。テレビでやっていたから知っている。
僕は思わず身構えた。逃げるべきか戦うべきか迷っている間に、その寄生者は僕に向かって飛びかかってきた。咄嗟に鞄でガードするが、窓際に押し込まれる形になる。
「助けて!誰か!」
教室の扉は閉ざされており、叫び声は届かない。寄生者に左肩を食われた瞬間、激痛とともに意識が薄れた。赤く染まっていく世界の中で、なぜか懐かしい感情が芽生えてきた。
「僕は……生きたいんだ」
自分の身体の中に眠っていた、何かが目を覚ました。それは痛みを超え、逆に全身を包み込んでいくような感覚。次の瞬間、「僕」の意志とは関係なく体が反応した。触手に対抗するように腕から新しい力が湧き出てきたのだ。
体を動かし、パンチを喰らわせる。
「グワァッ!」
寄生者が悲鳴を上げながら僕から離れた。その隙を狙って体当たりし、なんとか扉の方へ進むことができた。
廊下に出ても状況は同じだ。各教室から異様な呻き声や咀嚼音が聞こえ、「マザー」による侵攻が始まっていることを確信する。僕も人間を食べることになるのだろうか。いや、絶対に違う。
僕はまだ完全には寄生されていない。この状況を打開しなければ。
階段を駆け上がり、屋上を目指す。逃げ場はないかもしれないが、少しでも安全そうな場所を探さなければ。それに、どこかで協力者を見つけられれば……。
息を切らせながら屋上の扉を開けると、意外な人物が待っていた。
「悠太くん!?」
そこには幼馴染の優香が立っていた。彼女もまた血相を変えている。
「無事だったんだね!よかった……でも他のみんなはもう……」
「優香こそ大丈夫なのか?怪我とか……」
「私は平気よ!感染してないわ。一緒に逃げましょう」
彼女の目に涙が浮かんでいるのを見て、思わず安堵した。
「そうだな。早くここから離れないと」
僕らは屋上から非常階段を使って降りることに決めた。だが途中で足を止める。
下から聞こえてくる異様な音に耳を澄ませると……複数の足音とともに不規則な呼吸音。何より恐ろしいのは人の肉を引き裂くような音だ。
「悠太くん……あれ……」
優香が指差す方向。非常階段の踊り場あたりから触手が伸びてくるのが見える。
「隠れよう!」
二人で急いで扉に入った。息を潜めている間にも音が迫ってくる。寄生者は階段を登ってくるようだった。このままでは捕まる。
しかも人数が増えているということは……既に学校全体が侵食されていることになる。
「悠太くん……私のせいじゃないよね?私があんな噂話信じちゃったからこんなことになって……」
「それは違う!悪いのは全部マザーだ。君のせいじゃない」
強く言い切る自分にも驚いたが、今はそうするしかなかった。すると再び別の方向から声が響いた。
「おい!そっちは危険だ!こっちへ来い!」
それは聞き覚えのある声だった。