翌日。良く晴れた日曜日。
うだうだ悩みながらも言われた時間に合うように用意をした私は、鏡の前でメイク済の顔を眺めながら溜息を吐いた。
私、何で結構気合を入れて準備したんだろう。
大樹と出かけるのにこんな頑張ったメイクをする必要なんて無いはずなのに。
先日買ったばかりのオフホワイトのレーススカートは、この前須藤さんとの飲み会の時のワンピースと最後まで迷ったくらいお気に入りのもの。
ベージュのニットを合わせると、かなり女らしい雰囲気になる。
ただ襟元がちょっとだけ寂しいかもしれない。ゴールドのネックレスがあればもっと良い感じになりそうなんだけどな。
なんてついうっかり考えて、ハッとした。
あくまで今日出かける相手は大樹で、デートと言っても私が夢に見ていた様なデートにはならないはず。
ファッションも少し納得がいかないところが有るくらいが丁度いいんだ。
そうやって待っていると約束の時間通りにインターフォンが鳴り、大樹が現れた。
うちの玄関の前に立つ大樹は、私のお洒落なんて霞んでしまう様なスタイリッシュなコーディネイト。
ブラックのグラデーションのコーデに、シルバーのアクセサリーが映えてスマートで洗練されている印象だ。
顔は元々文句無く整ってるし、背が高くて足も長いし、あなたモデルか何かですか?って尋ねたくなる。
大樹と出かけるのに完璧なお洒落なんて要らないと思ったばかりなのに、急に自分の寂しい襟元が気になりだす。
そんな私の気持ちに気付く訳も無く、大樹はここ最近で一番の笑顔を私に向けて来る。
「花乃おはよう」
「……おはよう」
玄関を出て大樹の隣に立つ。大樹は私の姿を見下ろしてから、とっても甘く微笑んで言う。
「花乃、今日凄く可愛い」
「えっ? そ、そう?」
「うん。見てると抱き締めたくなる」
「は? や、やめてよ変な事考えるの」
思わず後ずさりながら言うと、大樹は悪戯っぽく笑って私の手を取った。
「考えるのは止められないけど無理はしないから大丈夫」
大丈夫って、何それ?
全然大丈夫と思えないんですけど。
大樹は警戒度最高潮の私を引っ張り、門を出る。
「花乃は車と電車どっちがいい?」
大樹に言われ、私は迷い無く答える。
「電車!」
あんな変な事言われた後に、車内という密室に入る訳にはいかない。
「じゃあこっち」
大樹は駅へ向かって歩き出す。
毎朝の通勤と同じ道。
でもさっきから大樹の手は私の手を掴んだままだ。
「ねえ、手、離してよ」
「何で?」
大樹は不思議そうに言う。
「だってこんな所知ってる人に見られたら嫌だし歩き辛いでしょ?」
「でも今日はデートだから。手を繋がないとだめじゃん」
「う、嘘?」
いくらデート初心者の私でもそんなルールがある訳ないと分かってる。
もう言っても無駄だと悟り、ぶんぶんと大樹の手を振り払おうとする。
でも大樹はしぶとく私の手を離さない。
おかげでふたりで仲良く手を繋いではしゃいでいる様な形になって、私の恥ずかしさは増すばかり。
家から出て五分でこの状態に私の不安は増すばかり。
電車に乗って一つだけ空いていた席に私が座った事により、ようやく大樹の手を離す事が出来てホッとした。
安心してると視線を感じた。
見上げると私の前に立った大樹が、凄く優しそうな目で私を見下ろしている。
な、何その幸せそうな顔。気恥ずかしくなって目を逸らす。
でも視線は感じるから私は落ち着き無く周囲に視線をさ迷わせる。
すると私が感じた視線は大樹からだけじゃない事にきがついた。
何人かの女の子が大樹をチラチラ見る。
それから私に目を向けて、微妙そうな顔をする。
こ、これは……。
イケメンの大樹が注目を浴び、その連れの私もついでに注目を浴びるといったこの図式。
見ず知らずの女の子達に私がどう思われてるのか想像出来てしまい、私は居たたまれなさに身を縮めた。
「花乃、どうしたの?」
私の様子に大樹が直ぐに気付き心配そうに言う。
「なんでもない」
大樹と一緒に出かけると変な所で気を使う。
この後大丈夫なのか心配だ。
大樹と降りたのは会社と自宅の中間位に有る、特急電車の止まる駅。
三本の路線が乗り入れている駅で、大きなショッピングセンターや少し歩けば自然豊かな公園も有る、退屈せずに過ごせる駅だった。
休日遊びに来る人はかなり多くにぎわっている。
私は平日は買い物も食事も会社近くで済ませちゃうから、あまり立ち寄った事がなかったので新鮮だ。
ショッピングセンターには私の好きなショップが沢山入っていて、見ているだけで楽しくなる。
「あの服可愛い」
ディスプレイされているコーディネイトに目を奪われる。
落ち着いたピンクにカーキのスカートがとっても好み。
見とれていると大樹がくすっと笑って言った。
「花乃に似合いそうな服だよね」
「そう?」
「うん、試着してみれば?」
「うーん……やめとく」
大樹は何で?とでも言いたそうな顔だ。
きっとあの服が私の好みにぴったりだって事を良く分かってるんだ。大樹ってやたらと私の好きなものに詳しいし。
私も正直言えばかなり惹かれるし、凄く欲しい!
でも、今月の私はお金に余裕が全く無い。
須藤さんとの飲み会用に張り切ってワンピースや今日履いてるスカートを買っちゃったから。
頑張って働いてるけどOLのお給料なんてたかが知れてる。
税金を払った手取り給料から、家に入れる四万円と貯金で強制的に引かれる四万円。
その残りでやりくりするのは結構大変だ。
化粧品や洋服、ちょっと贅沢な食事なんてしたらあっと言う間に無くなってしまう。
頭の中で銀行の限りなくゼロに近い残高を思い浮かべる。
……やっぱり無理。
「ねえ、向こうの店も見たい」
私は大樹をひっぱり、可愛い服への未練を断ち切る為移動する。
大樹は文句も言わず、私に付いて来る。
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