コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
急いで晩ご飯を用意した。
何を作るか考えるのも億劫になってしまって、材料を投げ込んで…。
文字通り投げ込んで鍋にした。
水炊きのような寄せ鍋のような。
ご飯ちょうだいと、タロウがやってきたから、カリカリとスープを出してやると、はふはふと美味しそうに食べる。
そういえば、旦那も昔は私が作る料理を美味しいとよく褒めてくれたっけ。
いつからそんな会話もなくなったんだろ?
ガチャリと玄関が開く音。
どすんと荷物を置く音。
そういえば、一年くらい前まではスーツで出かけることが多かったのに、最近は作業服ばかりだ。
仕事が変わったというのは、そういうことか。
建築資材の営業から建築現場の仕事になったのか。
「おかえり、晩ご飯できてる」
「あ、うん」
「先にお風呂入る?作業服や洗濯物は、洗濯機に入れておいて、中身を確認してから」
「…わかった」
聞きたいことは山ほどある。
でも、一気にまくしたてたら、きっと黙り込む。
言葉は少ないけど優しい人だと思ったのは、勘違いだったのか。
鍋の用意をして待つ。
ビールも出しておく。
酔った方が話もしやすいだろうと、先回りをする。
「ふぅ…」
髪を乾かしながら食卓へつき、缶ビールを開けて飲む旦那。
私も開ける。
いただきますもなく、始まる食事。
「ね、聞きたいことあるんだけど…」
「…食べてからで」
「あ、そうだね、うん、食べてからで」
沈黙での食事に耐えきれなくて、テレビをつけた。
バラエティ番組は賑やかだったけど、今日は笑えない。
そして、あまりご飯が食べられない。
食事はおしゃべりしながら楽しく食べたいのになぁと思うのに、いつからこんな感じだったっけ?
片付けて、リビングでスマホを見ている旦那の前に座った。
「あのさ、仕事、現場になったの?」
「うん」
「それと同時に会社員ではなくなって?」
「うん、この業界、今はどこもダメで…」
「税金の滞納は立て替えておいたけど、ほかにはない?払わなきゃいけないもの」
「…」
「住宅ローンはどうなってるの?」
「それは、会社員のときから天引きだから、払ってるってか、引かれてる」
そこだけはホッとした。
「でも、生活費も入ってなかったってことは、給料がめちゃくちゃ下がったってことでしょ?どうして言ってくれなかったの?言ってくれればもう少し考えたのに」
「なにを?」
「え?」
「なにを考えてくれた?」
「だから、生活費とか」
はぁーと深いため息の旦那。
「なによ、言ってくれなきゃこっちはわからないじゃない!」
2本目のビールを取りに行った旦那。
「去年、いや一昨年かな、一回話したよ。仕事の形態が変わるから給料が減るって」
そうだっけ?と思い返す。
言われたような?
「でも、そのあと誕生日や結婚記念日が続いて、そのたびにプレゼントをせがんだ」
何を買ってもらったっけ?
腕時計とバッグ、それから旅行。
「欲しいって言ったけど、無理ならそう言ってくれればよかったのに」
「その前に給料の話をしてるから、わかってくれてると思ってた。なのに…」
買ってくれなきゃ離婚する!
そう言ったような気がする、思い出した。
私のせい?
「でも、買えなくなってるならそう言ってくれないと、まさかそんなに下がってたとか知らなかったし」
ごくごくとビールが旦那の喉を下りていく。
「俺もまさか、ここまで下がるとは思ってなくて、すぐに挽回できると甘いこと考えてたのもあるけど、でも…」
「でも?」
「フルタイムの仕事に変えたと聞いてから、経済状況をわかってくれて、手伝ってくれるのかと思ってた」
「あ、それは、まぁね」
ホントは違う。
自分で使えるお金を増やして、やりたいことをやりたかったからだとは言えなかった。
「遊びたいとか、欲しいものがあるからなんだよな」
図星だった。
「そ!だから、バイクのお金はもう払っておいたから。私がバイクで遊びたいから」
「知ってたのか…」
「あのさ、いくら私が欲しがるからって、無理して…払わなきゃいけないものを払わないで買ってくれることないし、バイクのお金なんて、私の友達から借りてたんだし」
なんだろう?
違う!
話してても価値観とか、お金のこととか考え方がズレてる。
うまく話が伝わってない気がする。
「私が無茶に欲しがったら、止めてくれればよかったのに」
「…好きだから」
「は?」
「未希の喜ぶ顔が好きだから」
プツン。
「それで生活できなくなったら、元も子もない!」
「好きだと言われてもちっともうれしくない。
好きでも抱けないって言われて外でしてこいとか、プレゼントは買ってあげるけど税金は払えないとか、意味不明!」
「その原因は、私のことが好きだから?違うよなぁ。もうダメだ、こんなわけわかんない人と生活するの無理!離婚しよっ」
言ってしまった。
止まらなかった。
他にも言いたいことはたくさんあった。
お義母さんのこととか、お義姉さんのこととか、洗濯物を散らかしっぱなしにしたり、飲みかけの缶をそこらに置いたり、洗濯物の靴下が丸まっていたり、最近は加齢臭も感じてきていたとか、食べる時の咀嚼音とか、無精髭も不潔に見えたりとか…
でも、そんなことなんかより、経済的なことが一番大きいかもしれない。
洋子さんが言ってたことがわかった気がした。
私からの離婚宣言を聞いた旦那は、俯いて黙ってしまった。
怒ってる?泣いてる?
わからない。
「何とか言ってよ!いいの?離婚しても」
「…いいよ」
あれ?
わりとあっさりしてて力が抜けた。
私のこと好きって言ってたのは何だったんだろ?
「じゃあ、もう、その準備するからね」
「準備?」
「だって離婚したら、まず家を探さないと!」
ローンのある家なんていらない。
「家?どうするの?」
聞かれて考えた。
1人で住むにしても、引っ越し費用もかかるし家賃も。
それに、税金とバイク代を払ったせいで私の貯金はもうほとんどないんだった。
「私がここを出ていく…でもまだお金がないから、しばらく待って。それから立て替えた税金分は返してね、できるだけ早く」
「うん、なんとかする」
「なんとかって、またおかしなところで借金したりしないでよ」
「…うん」
にゃうーんとタロウが2人の間を行ったり来たりしてる。
ぴーぴーぴーと洗濯が終わった音がした。
洗濯物はできるだけ早く干さないと気が済まない。
「ちょっと干してくる」
風呂場についてる物干しに、洗濯物を干していく。
ん?白いシャツに紺色のシミが。
「あーっ!ペンをポケットに入れたまま洗濯機に入れたなっ!!」
旦那の分だけの洗濯でよかった。
私の下着とか入ってたら大変なことだった。
こんなちょこちょこしたミスは、昔からやらかしてた旦那。
でも、それもなんだか可愛く思えてたんだけど。
いつから、イライラの対象になったんだろ?
違う。
好きになったばかりの頃は、なんでもよく見えたんだきっと。
恋は盲目とはよく言ったもんだ。
そんなに好きな人だったのに、いつからこんなに気持ちが離れてしまったんだろ?
洗濯物を干しながら、思い出している。
結婚してずっと、キスだけはやたらにしていた、いつも私から。
多分私は、いつも構って欲しい人だから、いつだって旦那にまとわりついていた。
年も少し離れていたから、可愛いと言ってくれてたしそれが愛情表現だった。
いつだったか、仕事から帰ってきた旦那にしがみついてキスしようとしたとき
「もうっ!やめっ」
呆れたように振り払われたことがあった。
それが少なからずショックだった。
なんだか拗ねた気分になって、そっちがその気ならもうキスしないって言った。
その後は私からキスすることはなくなった。
私からしないということは、キスしないということだ。
そしてその頃から寝室を別にしたような気がする。
仕事の時間が不規則だからという理由にしたけれど。
あんなに好きだったのに。
離婚するんだ…。
いつのまにか私は泣いていた。