「ほら、早くしなさいよ」
リーゼさんは、冷たい口調で私を促す。
彼女の要求は、私がアーティファクト錬金で作った4つのアクセサリだ。
ここで渡してしまうのは|癪《しゃく》だし、もう同じものは作れないかもしれないけど――
……それでも、ルークとエミリアさんの命には代えられない。
「……分かりました。二人のアクセサリを外すので、少し時間をください」
「早くしなさい?
変な素振りを見せたら、すぐに撃つからね」
「二人の怪我の治療をしても良いですか?」
「ダメよ。全部渡し終わって、私がいなくなってからにして」
……正直怒りでどうにかなりそうだが、ここは我慢しなければいけない。
リーゼさんを下手に刺激して、二人の治療ができなくなってしまうのは、最も避けなければいけないことなのだ。
まずは近い方、目の前のルークの胸元を広げてネックレスを外す。
ルークの呼吸はかなり荒く絶え絶えで、早く治療をしてあげないといけない。
「……アイナ様……、あとで……」
小さく漏れる言葉は意味を成さなかったが、少しでも喋れることには安心できた。
次に、エミリアさんの元に行く。
肩に刺さった矢を中心に、法衣は血で滲み、やはり呼吸をかなり荒くしている。
意識があるのか無いのか、今は分からないけど――
……静かにイヤリングを外そうとすると、すんなりと外すことが出来なかった。
これは……装飾魔法か。アクセサリを落とさないように、私と一緒に、レオノーラさんから教わって覚えた魔法。
無理矢理に外すのは避けたい。
どうしたものかと思っていると、不意にエミリアさんの腕に力が入るのを感じた。
……辛そうではあるが、どうやら意識はあるようだ。
「エミリアさん、ここは悔しいですけど……またプレゼントしますので、イヤリングを外させてもらえますか?」
私がそう聞くと、もう一度腕に力を入れたあと……観念するかのように、その力は抜けていった。
改めてイヤリングに手を掛けると、今度は普通に外すことができた。
ルークのネックレス。
エミリアさんのイヤリング。
そして私の指輪とブレスレットの、合計4つ。
「ほら、さっさとしなさいよ。もう全部、集まったんでしょう?」
私が手のひらに乗せた4つのアクセサリを見ていると、リーゼさんから冷たい催促が飛んできた。
この4つは偶然できたものだけど、何だかんだで思い入れのある――
ドスッ
「……ッ!?」
鈍い音と共に、不意に私の右脚から力が抜けていった。
そしてそのままバランスを崩して地面に叩き付けられる。
慌てて自分の右脚を見ると、1本の矢が突き立っていた。
「い、痛――!?」
「ほらぁ、早くしないからうっかり矢が飛んで行ったじゃない?」
そう言いながらリーゼさんは悠々と、倒れる私の元に歩み寄って来た。
ゴスッ
「――ッ!!」
お腹のあたりを蹴られたような、そんな痛みが走る。
「ふふふ、いい様ねぇ? それじゃ、その4つを渡してくれるかな?
そんなに握りしめてたら、手も潰さなきゃいけないじゃない?
……渡すつもりは、やっぱり無いのかな?」
今、リーゼさんは私の至近距離にいる。
指輪を着けている状態ならクローズ・スタンで不意打ちもできたのだが……残念ながら、指から外してしまっていた。
私に攻撃手段は無く、つまり逆転の目は一切無いわけだ。
そんなことを一瞬の間に考えていると、突然、頭の痛みと同時に吊るされるような感覚を覚えた。
これは髪の毛を掴まれて、上に引っ張り上げられている――
……ああもう! やりたい放題だな!!?
「ほらほら、ご覧よ。ルークさんとエミリアさん、このままだと死んじゃいそうだよね?
あんまりゆっくりしているとさ、私も心変わりして、やっぱり殺しちゃうかもよ?
ここはダンジョンの中。みんなで死ねば、ダンジョンの中で一緒になれるねぇ?」
倒れている二人を見たあと、何とかリーゼさんを見上げると……そこには醜く歪んだ顔があった。
これがこの人の本性――
「……ちっ。
その怪我で、まだ起き上がるわけ?」
不意に、リーゼさんの不満そうな声が聞こえた。
彼女の視線の先を見てみれば、ルークが力を振り絞って、何とか立ち上がっているところだった。
「……アイナ様に……触れるな……」
「あら、怖い。
でもこの状況を見て、まだそんな口が利けるのね?」
ルークはゆっくりと、私とリーゼさんの方に歩き始める。
力は無く、何とか進んでいるといった感じだ。……見ていてとても痛々しい。
「おおっと、人質が動いたらダメじゃない。
ルークさんはもう退場ね。それじゃ、さっさと死んじゃって――」
リーゼさんが私の髪から手を放して、ルークに向かって弓矢を構える。
しかしその瞬間、ルークは突然叫んで走り始めた。
「フレデリカ!! ポーションを寄越せ!!」
「何っ!? 仲間が――」
リーゼさんは反射的にルークの視線の向こう、彼女の真後ろを慌てて振り向いた。
しかし、そこには誰もいない。
フレデリカ――
……それは1週間ほど前に、宿屋で生まれた私の偽名。
バチッ
私はとっさに高級ポーションを作り出す。
今回は特製の、瓶入りではなく紙袋入り。つまり中身がすぐに零れ出す特別仕様だ。
リーゼさんの隙を突いて、ルークは私の元に辿り着いた。
私はポーションが零れ出す紙袋をそのままルークに押し付ける。
ポーションは柔らかな光となって、ルークの傷を癒し始めた。
リーゼさんは突然の出来事に私たちと間合いを取る――
「……あはははは!? ブラフだったの!? 最後の悪あがき!?
それにしても、詰めが甘いよ! ルークさん、あなた剣を忘れて来てない?」
慌ててルークを見ると、確かに剣を持っていなかった。
しかし怪我が治り始めた今ならともなく、その前……あの大怪我の状態では、持つことは出来なかったのだろう。
「心配無用ッ!!」
ルークはその返事とばかりに、身に着けていたナイフ……アドルフさんからもらった属性ナイフを、リーゼさんに投げ付けた。
しかしせっかくの武器も、リーゼさんの弓によって敢えなく弾かれる。
「はっ! 唯一の武器を投げ付けるなんて馬鹿なんじゃ――
……何ッ!?」
ズバッ! ズババッ!
リーゼさんの言葉を遮って、彼女の弓を中心として、不思議な真空の刃が舞い踊る。
リーゼさんは浅い切り傷を負い、服も切れ、そして……弓の弦も切断された。
「……ちょ、ちょっと! 何よ、それ!!?」
突然の出来事に、リーゼさんは慌てた。
飛んできたナイフを弓で弾いたら、突然真空の刃に襲われた――
……え? それって?
「『風刃』……? え、何で――」
それはジェラードに渡した『風刃』の効果。
改めてルークの腕を見てみると、ジェラードのブレスレットが着けられていた。
状況はまったく分からない。
しかしどういう経緯であれ、リーゼさんの弓が使えなくなった今、形勢は逆転したのだ。
「ここまできて……? もう少しだったのに――」
「リーゼさん、よくも裏切ってくれましたね……。
アイナ様やエミリアさんに怪我まで負わせて――」
ルークは静かに、リーゼさんの方へ歩み寄って行く。
リーゼさんはルークの迫力に圧され、距離を空けながら後ずさる。
「……ちっ!
いきがってもあんたは丸腰! 私はまだこの短剣があるのよ――
――ぐふっ!?」
リーゼさんが腰に下げた短剣を抜いた瞬間、ルークの横蹴りが炸裂した。
それをまともに食らったリーゼさんは大きく宙を舞い、そして滝つぼに落ちた。
「きゃ、きゃあああああああっ!?」
そしてそのまま、強い水流と共に、ダンジョンの階下へと落ちて行く――
……彼女の悲鳴はしばらく余韻として残ったが、それでも長い時間を掛けて残るものでは無かった。
――やっと終わった?
いや、まだ終わりではない。
早く、エミリアさんの怪我の治療をしないと――
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