「アイナ様、ご無事ですか!?」
リーゼさんが消えたあと、ルークが慌てて駆け寄って来た。
「……うん、大丈夫。
それより、エミリアさんを治療しないと!」
そう思いながら立ち上がろうとした瞬間――
ズキンッ!!
「――ぐぁっ!?」
右脚を走る激痛。そしてそのまま、バランスを崩して再度転んでしまう。
見れば私の右脚はずいぶんと赤色に汚れ、血も多く出ているようだった。
「矢でやられているのですから――」
嘘のように痛みが湧いてくる。
これはいわゆるあれかな? 脳内麻薬が出ていて、今までは痛みが和らげられていたという……。
それにしても、血の量からして動脈がやられていなかったのは幸いか。
……いや、めちゃくちゃ痛いんだけど。
私はアイテムボックスから高級ポーションを出して、覚悟を決めてから矢を引き抜き、すぐに高級ポーションを振り掛けた。
ポーションは柔らかな光となって傷を癒してくれる。
改めて見ると、このポーションっていうのはとても便利なものだよね……。
……なんて感心、今はしている場合じゃなかった!!
エミリアさんの元に急いで行くと、彼女は引き続き呼吸を荒くしながら、とても辛そうにしていた。
ルークに一時的な止血をしてもらってから矢を取り払い、同時に高級ポーションを振り掛ける。
ポーションは柔らかな光となって、エミリアさんの傷を癒していく――
「……む。この矢は……?」
取り払った矢の先端を見たルークが呟いた。
その言葉に釣られて私も見てみると、他の矢とは違い、黒い石で作られているようだった。
これは何だろう……? かんてーっ。
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【衰弱の矢(A級)】
衰弱の呪いが掛けられた矢
※呪術効果:魔法封印
※追加効果:付与効果が0.6%増加する
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……何これ? こういうものもあるの……?
確かにエミリアさんは矢を受けて以降、何も出来ていなかったけど……。
それにしても、傷が治ってもエミリアさんは元気にならない。
やはりこの矢の効果なのだろうか……。
何かがおかしいし、ここは鑑定してみよう。
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【状態異常】
衰弱(大)、魔法封印
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「……エミリアさん、状態異常が2つあるね。片方は解けるかなぁ……」
私はリーゼさんに渡さずに済んだ指輪を嵌めて、ひとまず解除を試みることにした。
「バニッシュ・フェイト!」
それはすべての魔法効果を打ち消す光魔法。
アーティファクト錬金で、私の指輪に宿った魔法の力。
魔法が発動したあと、改めてエミリアさんを鑑定してみる。
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【状態異常】
衰弱(大)
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「……うん、とりあえず『魔法封印』は解けたかな」
「そんな状態異常が、掛かっていたのですか……?」
「エミリアさん、私を庇ってくれたの。
本当はこれ、私が受けているはずだったんだけど……」
私は本来、魔法は装飾魔法しか使うことができない。
アクセサリがあるおかげで、バニッシュ・フェイトとクローズ・スタンは使うことが出来るんだけど……。
……リーゼさんはバニッシュ・フェイトを封じておきたかったのだろうか。
魔法関連であれば、効果を全て消してしまう優れものだし……。
もしくは私を衰弱させておきたかっただけで、『魔法封印』が付いた矢しか持っていなかった……その可能性も、あるにはあるか。
「うぅん……」
「あ、エミリアさん! 大丈夫ですか!?」
「……アイナさん……、ご無事ですか……。
……あの、ちょっと疲れたので……、少し、寝かせて――」
そう言うと、エミリアさんは静かな寝息を立てて眠ってしまった。
衰弱を治す薬を作ることができれば良いんだけど、これがなかなか作れないんだよね。
世の中、うまく出来ていないものだ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――はっ!?」
「うわっ!?」
「おぉ、目覚められましたか」
5階に戻ってからテントを張り、野営を始めてから6時間が経った頃。
エミリアさんが唐突に目を覚ました。
……唐突すぎて、私なんて声を上げて驚いてしまったくらいだ。
「おはようございます――
……といっても、そろそろ夕方のはずですけどね」
「あちゃ……そんなに眠ってしまいましたか……。すいません……」
「いえいえ、こちらこそありがとうございました。
エミリアさんが受けた矢には、衰弱と魔法封印の効果が掛かっていたんですよ」
「えぇ……、何て物騒な……。
……それで、あの人はどうなったんですか?」
エミリアさんが自然と口にした『あの人』という呼び方。
これは間違いなくリーゼさんのことだろう。
「ルークが戦って、それで滝つぼに落ちて……下の階に流されていきました」
「そうですか……。
あ、取られたものは無事でしたか?」
「何とか守りきりましたよ。これもエミリアさんとルークのおかげです」
そう言いながら、私はエミリアさんにイヤリングを返した。
「良かった……。本当に……」
エミリアさんはイヤリングを握りしめて胸に当てたあと、いそいそと耳に着け始めた。
そんなに大切に思ってくれているなら、作った本人としてはとても嬉しい限りだ。
「ルークにも返してなかったね。はい」
「ありがとうございます」
ルークもネックレスを受け取って、そのまま身に着けた。
「アクセサリといえば――
……そういえばルークは何で、ジェラードさんのブレスレットを持っていたの?」
リーゼさんとの交戦中、思いがけず登場した『風刃』の効果。
あれのおかげでリーゼさんの弓の弦は切断されて、彼女の戦闘力を大きく奪うことが出来たのだ。
「実はジェラードさんが、リーゼさんのことを不審に思っていたんです」
「不審?」
「はい。人間の観察力は、私などよりもかなり高い方ですから――
……最初に彼女に会ったとき、そんな印象を受けたそうですよ」
「へぇ……」
「そのため、『風刃』のことも隠していたそうです」
「ああ、なるほど……」
確かにジェラードのブレスレットだけは、リーゼさんの手には一度も渡っていないからね。
リーゼさんとジェラードが会ったとき、どこかに置いてきたって言っていたのは……つまりは嘘だった、ということだ。
「そのあと……、アイナ様が私の部屋を訪ねてきた日ですね。
実はあのときに色々と話して、念のためということでブレスレットをお預かりしていたんです」
「それでリーゼさんとの戦いのとき、最後だけ着けていたってわけね……。
うーん、あれは本当に驚いたなぁ……」
「ジェラードさんを含めて、全員でどうにか撃退した……って感じですね。
わたしは無力だったので、悔しいです……」
「何を言ってるんですか。
私は庇って助けてもらいましたし……ああ、あとはアレです」
「……アレ?」
「偽名も案外、役に立ったよね?
急にルークから『フレデリカ』って言われて驚いたけど」
「あ……。
その節は失礼な口を利いてしまい、申し訳ございませんでした……」
ルークが途端に恐縮する。
……ん? 失礼な口って――
「『フレデリカ、ポーションを寄越せ』……だっけ?
いやいや、あそこで普段通りの口調だったら、リーゼさんもあんなに慌てなかったと思うよ?」
普段と掛け離れた口調だったからこそ慌てたのだろうし、それにあれくらい強く言ってくれなければ、私もとっさに反応できなかったかもしれない。
「……何にしても、私たちの初めてのダンジョン探索は……。
ずいぶん、酷いことになっちゃいましたね……」
「そうですね……」
「……わたしは忘れません。自分の不甲斐なさと共に」
ルークの言葉に、エミリアさんも深く頷いていた。
私も同感であるが、それ以上に強く感じたのは――
今まで、出会う人に恵まれ過ぎていたんだなぁ。
……そんな、思いだった。