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眼前には少女のような軍人が立っている。巨大な剣を片腕だけで構えており、その表情は無機質ながらも眼光の闘志は戦士のそれだ。
二人を取り囲う、多数の軍人達。焦げ茶色の軍服は先制防衛軍の制服であり、彼らは四番目の部隊に所属している。
審判役を務める男こそがこの部隊の隊長だ。
マーク・トュール。長い青髪を揺らしながら後ずさる理由は、避難のために他ならない。
ゴングは鳴らした。
ゆえに、後はどちらが強者かを見極めるだけだ。
多数のギャラリーに見守られながら、睨み合う二人の女性。耳障りな喧騒に包まれてもなお、両者は眉一つ動かさない。それほどに集中しており、だからこそ、牽制代わりの挑発は必然だった。
「あんたが小さいのか、その剣がでかいのか。実際のところどうなの?」
三人の魔女を引き連れる彼女もまた魔女だ。魔眼は灰色の両手剣とその持ち主を交互に見定めており、その一挙手一投足を警戒している。
リリ。眼前の軍人よりも二回り以上は長身ながらも、こちらは素手ということから、体格差はあってないようなものだ。
仲間達の視線を背中で受けながら、仁王立ちを維持している。相手の出方を窺っているのだが、その姿は傲慢だ。
見下してはいない。
しかし、自信に満ち溢れている。
対戦相手が有象無象の軍人でないことは看破しているのだが、自身はそれ以上だと自負している。
ゆえに、おちょくるような言葉を投げかけたのだが、感情を揺さぶるには至らない。
「スチールクレイモアは両手剣。しかもこれは特別なの。羨ましい?」
背が低かろうと軍人として務まる理由は、卓越した身体能力の持ち主だからだ。
コッコ。第四先制部隊の副隊長。
濡羽色の髪は非常に長く、感情を表には出さない女性だ。
軍服の上に灰色の胸部アーマーを装着しており、武器防具共に鋼鉄製ゆえ、その重量は大人であろうと膝をつかせる。
しかし、彼女は腰を落として身構えており、よろめくどころか斬りかかる準備すら済んでいる。
闘志と闘気。そのどちらもが一級品だ。
四人の魔女も、肌でその事実を感じ取っている。
そうであろうと怯まない。リリは不敵な笑みで相手の口車に乗る。
「んなわけあるか。あぁでも、軍の支給品なら高く売れそうだな。負かすついでに取り上げてや……」
その隙を見逃すほど、コッコは愚かではない。
棒立ちながらも警戒していた対戦相手が、一瞬ながらも気を緩ませた。
ならばやるべきことは一つ。
音もなく一歩を踏み出すと、水たまりを飛び越えるようにふわりと浮き上がる。
着地という結果を待つことなく、振り下ろされる灰色の大剣。前進と攻撃を一体化させた、無駄のない一手と言えよう。
対応出来る者などいない。
右へ避けるか?
左を選ぶか?
迷う猶予すら与えてはもらえなかった。
ゆえに、鋼鉄の刃が肉を切り裂くのは必然だ。
残念ながら、その必然は彼女にだけは当てはまらない。
「るっ、と……」
巨大なの刃が空を切る。
灰色の刃先が、眼前を上から下へ素通りする。
スチールクレイモアの長さを見極めた上で、必要な分だけ後方へ下がった結果だ。
最低限の後退による、完璧な回避。
それを一発で成功させたことも去ることながら、その俊敏性には観客も息を飲むしかない。
一方、避けられた側は相も変わらずの無表情だ。巨大な刃がドスンと地面にめり込むも、何事もなかったかのようにそっと持ち上げる。
「なかなかやりますね。危うく殺すところでした」
「いや、本当にな! おい、審判! どういういことだ⁉」
リリが吠えるも、その主張は概ね正しい。
この斬撃がもしも当たっていた場合、彼女の頭蓋骨は確実に割れていた。回復魔法による治療すら追い付かない負傷ゆえ、脳しょうをまき散らす死体がそこに出来上がっていただろう。
「コッコ、手加減していたとは言え、今のはやり過ぎだ。狙うなら急所以外にしろ」
「了解です」
上官と部下のやり取りはあっという間に済まされる。
しかし、副隊長のさりげない一言が、魔女の感情を逆なでてしまう。
「あーん? 手加減ー? 私のこと、バカにしてるの?」
「バカにはしていません。ですが、頭は悪そうだなと思っています」
「ふっざけてろ!」
表現が異なるだけで意味合いは近い。
それをわかってしまったからこそ、リリは怒り心頭だ。
もちろん、雄たけびを上げるだけではない。
獲物を視認した獣のように。
睨み、腰を落とす。
予備動作が済んだと同時に、彼女の姿がそこからいなくなる。
「ぐ⁉」
小さなうめき声はコッコのものだ。
体をくの字に曲げたまま、後方へ吹き飛ぶ。
押されたわけではない。
引っ張られたわけでもない。
腹部を蹴られた結果だ。
「魔女をなめんなよ」
ポニーテールを揺らしながら、リリは勇ましく姿勢を正す。
怒りをバネに駆けた。
相手の左側をすれ違う瞬間、ただただシンプルに蹴とばした。
手順としてはそれ以上でもそれ以下でもないのだが、仕返しとしては上出来だ。
一方、コッコは軍人の群れに突っ込んでしまう。
言い方を変えるなら、複数の部下によって受け止められたのだが、もしもこの試合に場外というルールが設けられていたのなら、勝敗が決した瞬間と言えよう。
もっとも、そのような取り決めは存在せず、コッコは部下を労いながら、自分の足であっさりと立ってみせる。
「昼食のオムライスが逆流するかと思いました。なるほど、確かにこれは……」
手ごわい相手だ。
コッコは改めて気を引き締める。
蹴られた部位は無傷ではない。
スチールアーマーは胸元だけを守る防具ゆえ、背中や腹部は無防備だ。
それゆえの痛打となってしまった。焦茶色の軍服を着ているものの、緩衝材の役目を果たすには至らない。
「へ~、今ので気絶しないなんて、あんたもなかなかじゃん」
リリは関心するように首を傾げるも、その表情からは余裕が感じられる。
負傷させた者とさせられた者。
その差が明確な優劣だ。
魔女は満足するように両腕を組んで、改めて仁王立ちに移行する。
「決して見下してはいなかったのですが……、大変失礼しました。ここからは……、本気でいきます」
巨大な剣を引きずる姿はどこか不気味だ。わずかな吐血は内臓を負傷した影響なのだが、彼女の足取りは鈍っていない。
一方でこの発言は負け惜しみのようだ。
しかし、周囲の軍人達が相も変わらず歓声に湧いていることから、虚勢ではないのだろう。
そうであると、これからの行動で証明する。
「アグレッシブモード」
その呼び声と共に、彼女から強力な闘気が放たれる。
こけおどしではない。
はったりでもない。
それをわかっているからこそ、リリは顔を引きつらせる。
「げ、まじ? うおっ⁉」
頭上から振り下ろされる斬撃は、先ほどよりもさらに速い。本気を出した上に戦技が上乗せされた結果ゆえ、当然と言えば当然か。
アグレッシブモード。戦術系という戦闘系統に当てはまる人間が習得する能力。効果時間は一分間に限られるも、自身の身体能力を高めることが可能だ。上昇幅は微々たるものだが、リスク無しに発動可能ゆえ、使い得と言える。
そうであろうと、この魔女はスチールクレイモアを避けてみせた。怯みながらの後方跳躍ゆえ、見栄えは不格好かもしれないが、奇襲じみた一撃はまたも空振りに終わった。
巨大な刃がグラウンドを穿つ光景は先ほどのリプレイだ。
しかし、ここから先は似て非なる。
追撃のため、距離を詰める軍人。
矢継ぎ早に放たれる斬撃を、全てあしらう魔女。
攻撃する側とされる側。わかりやすい攻防だ。
にも関わらず、周囲のギャラリーは目を疑う。
当然だろう。自分達の上官が優勢なようでそうでないのだから、固唾を飲んで見守るしかない。
巨大なスチールクレイモアが、縦横無尽に振り回されている。がむしゃらな斬撃ではなく、その一振りが必殺のそれだ。
それでも当たらない。
正しくは、避けられてしまう。
コッコとしても、ぼやかずにはいられなかった。
「こ、これほど……」
「おう、そういうこった!」
第四先制部隊は伊達ではない。この地に派遣されていることが、その証明足り得る。
その部隊の副隊長ともなれば、精鋭の中の精鋭だ。
才能と努力。その両方に裏付けされた実力を彼女は持ち合わせている。
だからこそ、隊長に次ぐ地位を与えられており、その実力は一騎当千と言う他ない。
そのはずだった。
コッコに関する事実は揺るがずとも、眼前の魔女はそれ以上だ。
なぜなら、対照的に汗一つかいていない。
「く……」
「お、自慢の戦技は時間切れか。勝負ありだな」
リリの言う通り、対戦相手は息を切らすばかりか、圧迫感すらも手放してしまった。
アグレッシブモードによるドーピングが終わった結果だ。
再発動までのインターバルは百二十秒。効果は一分間持続するため、残りの六十秒は素の実力で戦わなければならない。
時間稼ぎではないのだが、コッコはこのタイミングで問いかける。
「あなたの戦闘系統は?」
「教えるかよ。次はあのおっさんをぶっ飛ばすんだから」
(おっさん……、おっさん⁉ オレのことか⁉)
悪意はなくとも、鋭利な発言がその男を傷つける。
マーク・トゥール。
第四先制部隊の隊長。
年齢は三十八歳。
愛妻家であり、自宅に妻と子供が待っていようと、二十二歳の女性からすればそうなのかもしれない。
審判が一人静かによろめく一方、軍人と魔女は問答を継続させる。
「あなたは確かに強い。想像以上だった」
「こちとら地獄を味わったんだ。ぬるま湯に浸ってるような軍人とはわけがちげーんだよ。おっと、あんたらの悪口を言うつもりはなかった。すまなかったな」
リリの悪態は癖のようなものだ。
しかし、眼前の対戦相手を含め、彼らは決して赤の他人ではない。
故郷に残した死者を葬ってくれたのだから、言ってしまえば恩人のようなものだ。
それゆえに、彼女の口からは素直な謝罪が飛び出す。
「お気になさらず。僕もあなたのことをバカっぽいと思っていましたから」
「お、おまえ、さっきから何回それ……、まぁ、いいや。おいらの勝ちでいいんだな?」
「はい。後は隊長にお任せです。構いませんよね? おじさん」
「おい! そ、それ、マジで止めて……。給料減らすぞこの野郎……」
勝負ありだ。
流れ弾が隊長に命中するも、傷ついている場合ではない。
副隊長は決して前座ではなかった。
勝てるだろうと思って推薦した。
しかし、結果はこれだ。
魔女が圧勝した。
ゆえに軍人達に出来ることは一つ。
リリが勝ち誇る姿を、呆然と眺めるしかない。
軍人の実力は本物だ。
その平均値は傭兵以上だと言われている。
しかし、今回は敗れた。
復讐に燃える魔女が、さらなる強者だった。
それだけのことだ。
リリは負けない。
負けるつもりなどない。
後方で退屈そうに見守る仲間達には、応援の一つでもしろと文句を言いたいものの、今は次の戦いに集中する。
まだ終わっていない。
それをわかっているからこそ、魔女は笑みを浮かべて手招きする。
「来いよ、おっさん」
チープな挑発だ。
しかし、効果は抜群だった。
「オレは手加減なんてせんぞ! 歯食いしばれ!」
隊長の怒声を受け、部下達が再び盛り上がる。
リリとマーク。
魔女と軍人。
第二ラウンドの始まりだ。
青空はまだまだ明るい。仮にこの戦いが長引いたところで、太陽が沈む前には終わるだろう。
魔女達の眼前には、多数の軍人と巨大な軍事基地が立ち塞がっている。これらを乗り越えなければ、先には進めない。
ここは森の入り口、ジレット監視哨。彼女らの里はまだまだ先なのだから。