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彼らの生活は確かにこの牢獄の中だけで完結しているのだという。畑があり、家畜もいる。宝石や貴金属はあるもので全てで新たな産出はほとんどないというが、大河に挟まれた王国で最も多くの貴金属と宝石を有していたとしてもおかしくない量だ。


神殿や寺院はなく、彼らに拝むべき神はなかった。代わりに自らを脅かす怪物に人身御供を、あの塔に、石の祭壇に捧げてきたのだという。かといって怪物を神と見なしているわけでもない。この度の侵入者が怪物を倒したという報に彼らは大いに喜び、宴が催されることになった。


広い場所はほとんどないので、怪我人たちはいくつかの家に分かれて面倒を見てもらうことになった。町で唯一の広場では宴の準備が始まっている。


ベルニージュやグラタード、その他の魔法使いは怪物に貰った血の呪いにかかりきりになっている。


「思いのほか平和だね」とユカリは呟く。

「そうだね。ここの風は少し不自由そうだけど」とグリュエーは吹き寄せる。

「意外ですか?」とシュビナが言って、ユカリはまた驚かされる。


広場に面した家の壁にもたれ掛かっていたユカリの隣に、宝飾品を身につけない身軽なシュビナは音もなく現れた。

シュビナに話しかけたと思われたのか、独り言だと思われたのかは分からない。


「いえ、意外というか、いや、意外ですね」ユカリはシュビナの青紫の瞳を覗き込む。「失礼ですけど、もっとおぞましい生活を強いられているのだろうと勝手に想像していました。みなさん怪物を恐れてはいるようですが、毎日の営みは滞りなく進んでいくんですね」

「もちろん、そうです。エイカさんの言う通りです」とシュビナは言う。「ここまでたどりつく外の方は滅多にいませんが、みなさんそのように仰るそうですね。でも災厄のない場所なんてありません。そうですよね? 災厄を克服できるならばそれに越したことはありませんが、災厄を克服できなくても生きていかなくてはなりませんから」


「災厄を克服できなくても生きていかなくてはならない。そうか。そうですよね」ユカリは聞かなければいけないことをはたと思い出す。「そういえばシュビナさん。平和の使者、あるいはメイゲルという方はこの町にたどり着いていませんか?」


ユカリはまだ石の祭壇の広場で亡くなっていた者たちがメイゲルと決まったわけではない、と考えていた。

シュビナは首を傾げて記憶の片隅を探すように視線をさまよわせる。


「どうでしょうか。すみません。聞いた覚えがありません。全ての来訪者を把握しているわけではないので。でも、ここ数年は街までたどり着いた方はいないはずです」


となると、やはりあの石の祭壇の広場で亡くなっていたのはメイゲル氏なのだろう。ユカリは出会うことのなかった平和の使者の冥福を祈る。

しかしあの場に魔導書がなかったということは、メイゲル氏に憑依していたわけではないのだろうか。


ユカリのもたれかかっていた家からベルニージュが出てくる。


「ああ、シュビナさんと、ユ、エイ、ユカ」とベルニージュはわざとらしくどもる。


ユカリは子供のように口を尖らせて、ベルニージュを睨みつけた。


「エイカです。お疲れ様です、ベルニージュさん。どうですか? 呪いの方は」

「ワタシならいずれ分かるけど、まだ分かってない」

「また妙な言い回しを。普通の呪いとは違うんですか?」


ベルニージュは難しそうな表情を作る。


「硬化の呪い、石になる呪いなんてのはありふれているけどね。どうにも呪いの進行が遅い。確かに獲物を襲うのに有利になる呪いだろうけどさ。怪我の方がよほど深刻だよ。それにつまらない呪いの割に複雑な力が働いているのか、解呪の手立てが見つからない。もしかしたら不安を煽るためだけの呪いなのかもしれないね」


「この町の方々にも分からないんですよね?」ユカリはシュビナに目を向ける。「怪物の血の呪いについては」

「ええ、怪物の血を浴びた者などいないですから。そもそも怪物に抵抗するということがないので、怪物が傷つき血を流すということさえ誰も知らなかったと思います。怪物を倒すなんて、発想すらしなかったことです」


シュビナは遠くを見るように黒松の森の方へ視線を向ける。


「そもそもの話、生贄を捧げれば襲われなかったんですか?」とユカリは尋ねる。

「はい。数年に一度、怪物がこの街を襲い、男も女も老いも若きも関係なく食べられてしまうのです。なので私たちは特に美しい女を選び、宝飾品で飾り付けて石の祭壇に捧げます。彼女が町に戻ってくることは永遠にありませんが、その後、数年間怪物は鎮まるのです」


「数年に一度、ですか?」とベルニージュは確認する。

「ええ、その通り。きっちりと決まっているわけではないですが、毎年ではないですし、十数年開くこともありません。まあ、一体あたりの襲撃と考えると十数年開いていることになりますが」


聞き捨てならない言葉をこともなげにシュビナは言った。


信じたくない気持ちでユカリは繰り返す。「一体あたり?」

「何体いるの?」とベルニージュは率直に尋ねる。

「三体いました。過去にそれ以上いたという話もありません。そして今、一体が倒されたので、残り二体の怪物がいるということです」とシュビナは淡々と答える。




街の人々は大いに喜んでいた。その喜びには一片の陰りもなく、心の底から一体の怪物が退治されたことを喜んでいた。


夕暮れになって、そのために開かれた宴は大変に豪華で、畑の広さや家畜の少なさから見て取れる街の窮状を思うと英雄たちは申し訳ない気持ちになったが、町の人々の心づくしのもてなしを精いっぱい甘受することで心映えを示した。


英雄たちはというと、あの老翁の大蛇が三体の怪物の内の一体に過ぎないということを知って、意気消沈していた。一体の怪物によって四分の三の戦士が失われたのだから、とても残り二体に対する勝利など見込めない。それでも怪物の一体を退治することすら稀に見る栄誉なのだが、彼らのうなじの辺りに浮かんでいる冷たい予感は戦士たちが安堵することを拒み、誇りを委縮させていた。


街の人々は暗に残り二体を退治することを期待しており、その期待を戦士たちは言葉にされずとも理解していた。しかし今となっては帰還の望みすら儚く、絶望の壁が彼らの宿命の道に立ちはだかっている。


広場は町の中でも最も財宝が少なかった。しかしそこに敷き詰められたなんでもないはずの敷石は複雑な形に切り揃えられ、広場全体に優美な幾何学模様を描いている。中心には大きな焚火台に火が灯され、闇と恐怖を払い除けんと強く輝いていた。


車座になった戦士たちの中心で町の人々の歌や踊り、楽が披露される。美しい生贄と恐ろしい怪物、そして英雄たちが彼らを解放する物語を見せられる。細い喉を絞り上げて迸るような歌声は怪物の見る悪夢も震わせるほどに高らかで、赤く長い衣を広げた舞踊は嵐の夜の樹冠のように躍動し、張り詰めた弦を掻き鳴らす楽の音は人々の心を直に掴んで握りしめる。


空虚になった戦士たちは無理にでも宴を楽しんでいるように見せた。自分達の心の内を見せまいと、自分自身を鼓舞していた。羊肉のようなものや兎肉のようなものを食らう。ただし葡萄酒ワインのようなものに関しては一切手をつけない者もいれば浴びるように飲む者もいた。どちらの気持ちもユカリには分かった。


ユカリは隣に座るベルニージュに囁く。


「少し突拍子もない話をしてもいいですか?」

「いいよ。ワタシ、突拍子もない話がこの世で一番好きな話だから」


宴の騒ぎで聞こえるはずもないが、ユカリは少し声を落として話す。


「ちょっとおかしいなって思ったんです。数年に一度生贄を捧げるって言ってましたよね」

「うん、そうだね。シュビナも他の人々もそう言ってた。宝飾品を身に纏わせて美女を石の祭壇に捧げるってね」

「でも外で、魔女の牢獄の外で聞いた話も同じなんです。数年に一度なんですよ。毎年生贄が捧げられて、数年に一度逃げられたわけじゃないんです。それってつまり生贄は全て魔女の牢獄の外に逃げ出しているってことになりません?」

「はっきりした年数が分からない以上、確定ではないけど。一考の余地はあると思う」


ユカリはそのまま話を続ける。「そうして逃げ出した生贄は外で魔女の牢獄の中の状況について聞かれるわけです。生贄として捧げられた女性も故郷の人々のことを思って、誰かが助けてくれる可能性に賭けて喜んで話すはずです。普通なら、誰も戻って来ない場所に財宝があるなんて伝承はすぐに廃れてしまうでしょうけど、数年おきに生き証人が現れるのでは話が変わってきます」


「つまり?」とベルニージュが尋ねる。

聞かなくとも、ベルニージュならば自分の言いたいことは分かっているだろうとユカリは確信していた。

ユカリはさらに声を落として言う。「つまり、生贄は外からやってきた私たちの方じゃないでしょうか」

魔法少女って聞いてたけれど、ちょっと想像と違う世界観だよ。

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