月と街灯の光が車道を明るく照らす夜、仕事を終わらせた教師達は駐車場に車を停めて上機嫌で飲み屋の暖簾をくぐっていった。
「今日は飲みますか」田中先生は上着のポケットに手を入れ込み誰にも気づかれないほどの声量で意気込んだ。
飲み屋の中は賑わっていた。
注文を伝える店員の声と客達の声、皿と皿がぶつかり合う音で溢れかえる店の中は不思議と心が明るくなる気がした。飲み屋に来ると毎回感じるものだ。
「ご案内します」さっきまで接客にまわっていた店員はそれを他に任せて席の案内をした。案内された席は広めの座敷で、自分は通路に近い方へ座った。
「何頼みます?」飲み会の提案をした学年主任の先生がメニューを広げながら全員に尋ねた。
「まずは飲み物いきましょ」同じ学年の担任をしている先生が笑顔を向けながら言った。その先生の笑顔は自然と周りを明るくしそうなほど明るいものだ。
先生たちが各々の飲み物を伝え、自分もハイボールを頼んだ。
「かんぱーい!」全員がグラスを合わせ、一気に沢山飲む人もいれば少し飲んで机にグラスを置く人もいた。自分は少し飲んで疲れきった体に酒が染み渡る余韻を味わった。
「祥平先生ちゃんと飲んでますか〜?もっと飲んじゃいましょー」そう絡んできたのは中ジョッキのビールを一気飲みし、ほろ酔いになった副担任の先生だ。顔は赤く染まっている。もはやそれはほろ酔いの域を超えているのかもしれない。
「ところで先生は恋人いないんすか?俺もいないんすよ」追加で頼んだビールを口に少し流し込み笑顔で聞いてきた。
「なんでいない前提なの」少し笑いながら答える。しかし、 基本的に自分から恋愛事情を話す事はしないので少し気にかかるところだ。
それにいないという印象があるならそれは少し嫌だった。自尊心の問題だ。
「すみませんすみません」先生が吃驚したように謝ると全体に笑いをもたらした。
「実際のところ恋人いるんですか?」物静かに酒を飲み進めていた田中先生が急に意外な質問を飛ばしてきた。
「いないんですよね〜。そろそろ考えないとですけど」苦笑しながら答えた。
“そろそろ考えないと”この言い訳は2、3年前からずっと使っている。今も別に必要は無いと感じている。
「まだ大丈夫ですよ」これもまた意外だった。いつもの田中先生なら「そうなんですね」などの素っ気ない答えが返ってくるものだと思っていたからだ。田中先生という人物はまだ底知れない存在だと再確認しながらジョッキに残っているハイボールを飲みきり、もう一杯注文した。
つづく
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まって大好きあいしてる