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四月二十二日……午前八時……。
ナオト(『第二形態』になった副作用で身長が百三十センチになってしまった主人公)は目を覚ました。
「……う……うーん……お……もう朝か……」
彼はそう言いながら、上体を起こすと大きく背伸びをした。
「さてと……そろそろ起きるか」
彼はスッと立ち上がると、お茶の間に向かった。
「おーい、みんなー。起きてるかー?」
彼がお茶の間にやってくると、涙目になったニイナが彼に抱きついた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……。私のせいで、ナオトは」
彼は彼女をギュッと抱きしめると、優しく頭を撫でた。
「もういいんだよ、別に気にしてないから。それに、俺はもう大丈夫だ。だから、もう泣くな」
「でも……でも……!」
彼女の涙が彼の黒いパーカーにシミを作っていく。彼はそんなことなど気にせず、彼女の頬に手を添《そ》えた。
「ニイナ。俺はこういう時、嘘《うそ》をつくと思うか?」
「……分からない。けど、多分……ナオトはこういう時、嘘《うそ》はつかない……と思う」
「うーん、でも、お前を傷つけないように、わざと明るく振る舞ってるかもしれないぞ?」
「うー、ナオトのいじわるー」
彼女が彼の腹部をポカポカと殴《なぐ》り始めると、彼は彼女の両手を握った。
「は、離して! ナオトも吸血鬼になっちゃうよ!」
「吸血鬼になったら、俺は俺じゃなくなる……。そう思ってるから、お前は俺に触《さわ》られることを拒《こば》むのか? それとも、他に理由があるのか?」
「そ……それは……」
「あと、俺を吸血鬼にしたくないなら、自分から俺に抱きつこうとしないと思うのだが……」
ニイナは、それに気づくと彼から離れようとした。
「あっ! ごめん! 今すぐ離れ……」
彼は彼女を抱き寄せると、耳元でこう囁《ささや》いた。
「もう離さない。お前と離れるくらいなら、死んだ方がマシだ」
「ナ……ナオト……。み、みんなが見てるから、そういうのやめてよ」
「……えっ?」
彼がニイナ(黒いローブでほぼ全身を覆い隠している『人と吸血鬼のハーフ』)より後ろに目をやると、いつものメンバーがそこにいた。
「おはよう、ナオト。朝からラブラブね」
笑顔でそう言ったのは、ミノリ(吸血鬼)である。
「あー、いや、これはそういうのじゃなくてだな」
彼は必死に説得しようとするが、彼女の怒りは噴火《ふんか》寸前だった。
「言い訳できる暇《ひま》があるなら、早く朝ごはん食べちゃって」
「いや、でも……」
「早く食べなさい。じゃないと、あんたの血をあたしの朝ごはんにするわよ?」
「わ、分かりました。すぐ行きます」
彼が肩を落とすと、ニイナは彼女の方を向いて、こう言った。
「ナオトは悪くないよ! 私がナオトに抱きつかなければ、こんなことにはならなかった! だから、ナオトを怒らないで!!」
「……ニイナ」
「はぁ……別に怒ってなんかないわよ。ただ、朝ごはんが冷める前に食べて欲しかっただけよ」
「え? そうなのか? じゃ、じゃあ、いただきます」
「ナーオートー」
「は、はい! 何でしょうか!!」
「あたしのとなり、空《あ》いてるわよ?」
「あっ、はい、すぐに向かいます」
こうして、ナオトたちはミノリ(吸血鬼)が放っている絶対服従のオーラでめちゃくちゃになった『お茶の間』で朝食を食べ始めたのであった。
*
「さてと……それじゃあ『個別面談』を再開しようかな。えーっと、次は誰だったかな?」
ナオトがそう言うと、スーッと襖《ふすま》が開かれた。
「次は私の番だよ。ナオト」
ニコニコ笑いながら、彼の前に現れたのは……ハルキ(青龍の本体)だった。
「おう、ハルキ。元気にしてるか?」
「うん、私は元気だよ。そう言うナオトはどうなの?」
「俺か? 俺はこの通り、元気だよ。今なら地球を何周もできそうだ」
「はははは、それはすごいね」
ハルキの言葉を耳にした直後、彼の中にいる何かが彼の全身に激痛を与えた。
「……くっ!!」
その場で体を丸くするナオト。
急に苦しみ出した彼の元に向かうハルキ。
「ナオト! 大丈夫? いったいどうしたの!?」
彼は自分を心配してくれるハルキの手を振り払うと、彼女の顔を見た。
「……ハルキ……俺から……離れろ……。お前を巻き込みたくない」
「何言ってるの! ナオトは私のマスターで私はナオトがいないと生きていけないんだよ? 離れることなんてできないよ!」
「別に……今生《こんじょう》の別れになるわけじゃねえよ。ただ、今の俺は危険なんだ。俺は自分が意識していないとしても、お前や他のみんなを傷つけたくない。だから、少しの間だけ……俺に近づかないでくれ。頼む」
彼が歯を食いしばりながら、必死にハルキを危険から遠ざけようとする姿を見たハルキは、ほぼ全身を覆っている藍色に近い青色の鱗《うろこ》の一枚を体から引きちぎった。(右腕の手首付近)
「ごめんね、ナオト。私はもう目の前で誰かが死ぬのを見たくないんだよ。だから、私は今からナオトを苦しめている諸悪の根源を突き止める」
「や、やめろ、ハルキ。俺に近づくな……。お前を傷つけたくない」
彼女は彼の手を握《にぎ》ると、彼の手の甲に先ほど引きちぎった鱗《うろこ》を突き刺した。
「さぁ、出てこい。私がこらしめてやる」
鱗《うろこ》から青い光が放たれると同時に彼は数秒間、意識を失った。
彼が意識を取り戻した時、彼の肉体と精神は彼ではない何かが支配していた。
その証拠に彼の瞳は赤くなっていた。
「君は……いや、お前は誰だ?」
ナオトではない何かの体から溢れ出る黒いオーラは周囲の空気を穢《けが》していく。
ナオトではない何かは不気味な笑みを浮かべると、彼女にこう言った。
「我《われ》は神々さえも恐怖し、死に至らしめることができる最悪の蛇神《じゃしん》『|夏を語らざる存在《サクソモアイェプ》』だ」
ハルキは、その名を耳にした瞬間、そいつを押し倒した。
「それがどうした……。今すぐナオトを返せ」
「嫌《いや》だ……と言ったら?」
「そんなの力づくで取り返すに決まってるでしょ?」
「やれるものなら、やってみろ。できるものならな」
「調子に乗るな。私を怒らせたことを後悔させてやる」
彼女の体から溢れ始めた青いオーラと蛇神《じゃしん》の黒いオーラがせめぎ合い始める。
そう、青龍《せいりゅう》と蛇神《じゃしん》の戦いが始まったのである。